![]() 友人のお仕事の関係もあって、 インテリアライフスタイル展に御一緒させていただきました。 これが、思っていたより面白くて、 半期に一度のものもらいの目をしばしばさせながら、 小さいブースにところせましと並んだ雑貨、家具を見てまわりました。 かつてインテリアショッップのシボネでみとれた、 「amadana」のブース。 ここの家電、わたしの中ですっごくヒットです。 フラットで、四角くて、シンプル。 オーブントースターの扉の持ち手や電話の受話器のところだけが ウッディなところが、ツボなのよ。(そのふたつを、カタログから切り貼りしてみたのが上のもの) デフォルメされた、記号っぽい愛嬌がある。 だからデザインものに漂いがちな、キメキメ感はやわらぐ。 体温のあるモノは安心する。 センスがいいのはわかる、かっこいいのはわかる、 でも自分にとって居心地は良くなさそう、という家電、インテリアはよろしくない。 ちょっとの背伸びは、自分を引っ張ってくれるが、 とどいていない背伸びは、アキレス腱がつってしまう。 空間において、自分にとっての居心地の良さ、フィット感は重要である。 サイトの「アマダナの哲学」を読んでみると(『amadana/アマダナ』でひいてみてね)、 とてもとても共感できるものがありました。 モノに宿っている作り手の哲学や気持を、 そのモノから、なんとなくでも感じとれる時、嬉しくなります。 モノへの興味は、職人への興味でもあるでしょう。 鞄なり車なり、時計なり、モノをほとんど擬人化して大切にするひとは、 作り手への感謝や尊敬、興味などがより強いのではないでしょうか。 モノが媒体になった、人と人との交流。 料理も空間も、それらが媒体となった、人と人との交流。 意識的に創作されたものには、その人の気が宿っていると思うのです。 自分にしっくりくる哲学が流れているモノは、 持っていて自然だったり、時に気持を盛り上げてくれる。 単なるモノにとらわれるのではなく、人との交わりとして接する。 そう考えるとなおさら、素直に思う、 触れてみたい食べてみたい、一緒に過ごしてみたい。 よく授業中に四角い箱を書いて、「理想の部屋」を書いていました。 初任給では快眠枕を買うと、そのむかし言っていました。 (よほど快眠願望は強かったのか、全国3名様の懸賞で、快眠枕を見事に当てた中学生うりゅう) 理想は年齢や環境によって変われど、「心地よい日常」の追求はずっとテーマなようです。 どんなところで、どんな時間を、どう過ごすか。 たとえ状況の選択権はなくとも、自分がどう感じるかで全て決まってしまう。 お洒落したパーティーーやかりそめの花火大会、 ギュッっと凝縮された楽しみも大好きだけど、 そこだけ夢見て日常を疎かにするのはもったいなさすぎる。 一番長い時間、ともに過すのは、日常です。 しかし、きっと心地よい日常は、 パーフェクトなインテリアに囲まれるということでもないのでしょう。 お部屋に関していうならば、普通に、掃除をして清潔にして、 窓をあけて、陽が差し込んで、 それだけでかなり実現するものです。 プチブーケでも飾ってみれば、もうパーフェクト。 いつかは置いてみたい椅子や家電も、まあ追々ね。 「心地よい日常、衣食住の実現」は今すでに、ほどよく叶わせてもらっているものであり、 これからも長期的に持ち続ける興味であり、夢であることでしょう。 夢を持ち続けるためには、100%は叶わせないことです。 ![]() 今の気分にとてもフィットする ルームフレグランスを買いました。 森林の香りよ。 しゅっとしたら、ああ、しあわせ。
by akiha_10
| 2006-06-17 20:01
| Art
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瓜生明希葉/INFORMATION
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