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page a-16  インテリアライフスタイル展

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友人のお仕事の関係もあって、
インテリアライフスタイル展に御一緒させていただきました。
これが、思っていたより面白くて、
半期に一度のものもらいの目をしばしばさせながら、
小さいブースにところせましと並んだ雑貨、家具を見てまわりました。




かつてインテリアショッップのシボネでみとれた、
「amadana」のブース。
ここの家電、わたしの中ですっごくヒットです。
フラットで、四角くて、シンプル。
オーブントースターの扉の持ち手や電話の受話器のところだけが
ウッディなところが、ツボなのよ。(そのふたつを、カタログから切り貼りしてみたのが上のもの)
デフォルメされた、記号っぽい愛嬌がある。
だからデザインものに漂いがちな、キメキメ感はやわらぐ。
体温のあるモノは安心する。
センスがいいのはわかる、かっこいいのはわかる、
でも自分にとって居心地は良くなさそう、という家電、インテリアはよろしくない。
ちょっとの背伸びは、自分を引っ張ってくれるが、
とどいていない背伸びは、アキレス腱がつってしまう。
空間において、自分にとっての居心地の良さ、フィット感は重要である。






サイトの「アマダナの哲学」を読んでみると(『amadana/アマダナ』でひいてみてね)、
とてもとても共感できるものがありました。
モノに宿っている作り手の哲学や気持を、
そのモノから、なんとなくでも感じとれる時、嬉しくなります。
モノへの興味は、職人への興味でもあるでしょう。
鞄なり車なり、時計なり、モノをほとんど擬人化して大切にするひとは、
作り手への感謝や尊敬、興味などがより強いのではないでしょうか。
モノが媒体になった、人と人との交流。
料理も空間も、それらが媒体となった、人と人との交流。
意識的に創作されたものには、その人の気が宿っていると思うのです。
自分にしっくりくる哲学が流れているモノは、
持っていて自然だったり、時に気持を盛り上げてくれる。
単なるモノにとらわれるのではなく、人との交わりとして接する。
そう考えるとなおさら、素直に思う、
触れてみたい食べてみたい、一緒に過ごしてみたい。





よく授業中に四角い箱を書いて、「理想の部屋」を書いていました。
初任給では快眠枕を買うと、そのむかし言っていました。
(よほど快眠願望は強かったのか、全国3名様の懸賞で、快眠枕を見事に当てた中学生うりゅう)
理想は年齢や環境によって変われど、「心地よい日常」の追求はずっとテーマなようです。
どんなところで、どんな時間を、どう過ごすか。
たとえ状況の選択権はなくとも、自分がどう感じるかで全て決まってしまう。
お洒落したパーティーーやかりそめの花火大会、
ギュッっと凝縮された楽しみも大好きだけど、
そこだけ夢見て日常を疎かにするのはもったいなさすぎる。
一番長い時間、ともに過すのは、日常です。




しかし、きっと心地よい日常は、
パーフェクトなインテリアに囲まれるということでもないのでしょう。
お部屋に関していうならば、普通に、掃除をして清潔にして、
窓をあけて、陽が差し込んで、
それだけでかなり実現するものです。
プチブーケでも飾ってみれば、もうパーフェクト。
いつかは置いてみたい椅子や家電も、まあ追々ね。


「心地よい日常、衣食住の実現」は今すでに、ほどよく叶わせてもらっているものであり、
これからも長期的に持ち続ける興味であり、夢であることでしょう。
夢を持ち続けるためには、100%は叶わせないことです。






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今の気分にとてもフィットする
ルームフレグランスを買いました。
森林の香りよ。
しゅっとしたら、ああ、しあわせ。
by akiha_10 | 2006-06-17 20:01 | Art
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