こんな時に限って早起きだ。
![]() 昨晩、というかさっきまで焼酎を飲みつづけ、 もうほとんど何もできない状態で こってりと眠りについたはずだった。 予定と願望では、起きるのは夕方頃であった。 ぱちりと開いた目で天井をみつめた。 体の奥底でキリキリと神経が片足で立ったままである。 たぶん、眠っている自分を、側で見ていた。 白雪姫であり、小人であった。 海の表面をかするような眠りは、 妙にすっきりとした目覚めで陸にあげる。 身体はぐったりしているのに、うまく沈めない。 だから起きた。 久し振りの休みは晴れていた。 こんな時間に起きてどうすんだよ、と とし子はコーヒーを持ってベランダに出てみる。 道路の工事をしている、ビルが改装中である、 新しい看板がある、コンビニは繁盛、サボテンは茶色くなっている。 太陽は、左斜め30度くらいのところから、昇る。 ああ、まぶしい…と顔をふにゃっとさせた。 ボアのラグマットを洗って干し、加湿器をしまい、 衣替えをし、身のまわりの季節を入れ替えた。 丁寧に暮らそうとすると、それだけで時間は膨大にかかると思った。 網戸にろ過された風が、ベッドに横たわった膝のところにちょうどよく当たる。 携帯のメモリーの「あ」から下にボタンを押し続けて、 友達が少ないことをあらためて思い知った。 村上呼び出そうかな、ああ、出張か。あーどうしよう。 この空気を破るには、すこし思いきったことをするくらいがいいと思った。 一年くらい会っていなかったが、サヨリの番号はなぜだか易しく見えた。 ほとんど期待はしていなかったが、勢いで押す。 朝っぱらから繋がるサヨリの声に逆にびくっとした。 サヨリもこちらの意外な電話に驚いたようで、 今バイト行くところやから…と、話は急展開し、 サヨリの仕事終わりで会う事になった。 今日の自分の状態は、 久し振りのサヨリと会うにしてはエネルギー不足であったが、 今日はとりあえず誰かに会ったほうがいいと思った。 昼過ぎにサヨリが働く池尻のカフェに着いた。 ガラス張りの店内をのぞいているところを、サヨリが気付いて ギャルソンエプロンをほどきながら近寄って来る。 「トシボー!今終わるところやんねん、ちょっと待ってて」 上京したての一年前より洗練されたサヨリであるが、 全く変わり無い空気に、 ガラスに映ったくたびれた今日の自分も、 言い訳しなくていい気がしてきた。 「一年ぶりちゃう?元気してんのー、今日は休みなん?」 「そうそう、そうなんだ、なんか急に人と会いたくなってさ。 サヨリは続いてるんだねーカフェ」 「いっぱいいっぱいやねんけど。 まあ、嫌なことはないから、なんとなくここまできてる、って感じ。 自分でカフェ経営、みたいな淡い夢はどこにいったんやろ、 ってゆうのはあるけどね…ステキライフとは程遠いで、あは」 「まあねー幻想を脳内で夢見ているうちが一番楽しいよね」 「トシボー、なんか雰囲気変わった??」 「ああ、今日はね、衣替えして学生の時の洋服がでてきてさぁ。 あーこんなの着てた!と思って、まだいけるかどうかと着てみたわけよ」 「どうりで。ハイブランドのイメージのトシボーが古着って、めっちゃ新鮮やわ」 「いやね、なんか洋服とか、かもす雰囲気とか、 結局その環境になじむためだったり、多少見栄をはるためだったり、 なりきったりするためのもんだと思って。 自分が弱ければ弱い程、洋服で武装してたってのはあるんだよね。 それを楽しんでいた部分もすごくあるけど、結局それどまり」 「はぁ、よう分からんけど、やっぱトシボーいろいろ考えてるんやね。 まあ、でも、正直一年前、すごい緊張してん。 一年前、トシボーすごい大人に見えたし、忙しそうやし、 なんか、ごめん、あの時めっちゃ居づらかった」 「あーあー。ピリピリしてたかもね。そういう自分も好きだったし。 でももう、そういうの最近減ったかもね。 そう見せなきゃいけない時もあるけど、まあ、成長、成長。 自分を大きく見せるより、こんな小さいけどひとつ宜しく、みたいな方向転換よ」 「でも、なんで今日突然?なんかあったん?」 「あーあー。もうさ。天気いいから吐いちゃうけどね、昨日ね、私ふられちゃったのさ」 「えー」 「なんかね、前の彼女と戻るんだって。もう、ぜんっぜん知らなかった。 会ってるのとか、連絡してるのとか。 映画監督目指すからって半ば転がりこんで、あまり働かずでさ。 私が仕事を持ちこんじゃ気分害すと思って、 夜ドトールで企画書書いたりして帰ってたんだよ。 仕事も楽しくないふりをしてたんだよ! もう、ほんっとカチーン通りすぎて、ガビーンまで戻って、閉口。ありえん!」 「ほんと最低…でも、なんでそんな奴好きやったん?」 「…わからへんけど、こういう時、理由とか、なくない?…」 眼鏡を外して、とし子は両手で顔を覆った。 鞄が震え、モリコーネが奥で鳴った気がした。 「一緒にいるの、むこうは楽しかったんかなぁ…」 サヨリはなにも言えずに、灰皿の縁に置かれた、煙草の、 火が侵食していく部分の、距離をのばした先っちょが、 くたっと落ちるのを見た。 店を出るとき、夕立ちが降り始めた。 「沈黙に付き合ってくれてありがと、また連絡するね」 「ああ、トシボー、すっごい美味しいパン屋があってん、 ちょっと遠いけど、今から行くつもりやけど一緒来いへん?」 「サヨリもパン好きだねーせっかくだけど、雨だからやめとく」 「うわ、そういうとこ全然変わってへんな。 えー絶対うまいから、いかへん??」 「んー、ま、考えるより動くほうがいいか。いこっかな」 「そこはねー、ラウンドっていう筒のパン、食べ出したら止まらんでー …あとね、惣菜パンも激うまやで…」 「うわっ、でた、折り畳み傘。心配性サヨリ、も変わらないねー」 「そんなんいうなら、いれないっすよ」 そしてふたりは、押し合う傘の中で、めずらしく虹を見る。 (fin) ![]() 今月のパン Michi@横浜市青葉区
by akiha_10
| 2006-05-31 13:13
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瓜生明希葉/INFORMATION
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