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石畳の配置に靴を合わせて意識的に歩いてみる。page  t-38       into  Snow  10  (last)_a0028990_21492513.jpg
昔からよく横断歩道の白いところだけを踏んで渡れるか、
というようなことをやっていた気がする。
車に注意しなきゃなのにね。
よ、よっ、よっ、っと区切りの線を
踏まないで進むためには、
相当の集中力がいって、きっとこれ、筋力もいる。
おっっと、とよろめきながら、
ベルリンで、とても阿呆、でも、なんて心は平和…、
いったん止まって感謝した。



一人でいることと、孤独は違う。
一人で旅して、夜とかなにすんの?とよく聞かれる。
ごろごろする、日記を書く、本を読む、ぼーっとする。
これらの、ひとつひとつの行動が、驚くほど冴えて楽しいのです。
孤独どころか、とても穏やか。
べつに自分とか人生とかを積極的に見つめなくても、これらのことで忙しい。
一人旅の場合、瞳メモリへの栄養補給にくわえて、
この時間も楽しみなのだ。



東京はいつも水がコップから溢れ出ています。
大きな流れを見ようとすると、大波にのまれてうまく留まれないこともあります。
留まれないし、だからといってうまく乗りきれないし、ああどうしよう。
集中力が散漫になる。
可能性に満ちている街だから、パワーがあれば最高に楽しい。
可能性に追われている街だから、パワーがなければ最高にきつい。
そんなところよね。
可能性が狭められると自ずと集中します。
旅先では、できることが、制限される。
そうすると、それしかないから、力の注ぎ口は絞られる。
テレビも携帯もPCもお菓子も漫画もない図書館では頭が冴えたように。
目の前に集中すると、落ち着きますね。
不足しすぎず、与えられすぎない、という超微妙なバランス、贅沢なライン。
いったんあったものを自ら削ぎ落とすことはなかなか、難しいけど。



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そんな大洪水の東京にそなえて、
頭と心を切り替えつつ、帰りの便。
御飯も終わって、機内消灯時間。
毛布をかぶって目をつむっていたら、
まわりからピッピコピッピコ聞こえてきました。
誰かの腕時計のアラームかしら…と半分意識が遠のく中、
ピッピコの行方を、もう半分の意識が追跡する。
まわりの人たちも、止まぬピッピコに集中している気がする…
みなさん、ひそひそ、迷惑そうに、ワッツ??とかなんだか言って、顔をしかめる。
………はっ!!
ま、さ、か。
腕時計を忘れた今回の旅、
チェコでお買い上げの、
あの最安値の「いけてない目覚まし時計」を
ミニバッグに入れてまわってたよね?
そしてそのミニバッグは、手荷物として、真上の収納の中に。
まさか、あやつ?


しれっと立って収納を開けたら、
それはもう、殻をやぶった蝉のように、ここぞとばかりに鳴りわめく。
ぴっぴこぴっぴこ!!!!
やっぱり!
最悪。
背後に刺すような視線を感じる。
そろそろっとミニバッグのファスナーを開けたら、
さらにもう一段階大きい音で高らかに鳴く。
びっびこびっびこっっ!!!!
あたふたしながら時計をさぐりあて、必至で手で覆った。
アラームを止める時計の上のでっぱりを押そうとしたら、
なるほど、でっぱりがもげてる…それで時計が狂った。
いけてない時計は、どこまでもいけてないよ!けちったわたしのばか!
なにもこのタイミングで壊れなくてもいいのに…
なり止まないアラームは、わなわなさせる。
後ろの電池を外してやっと静まるが、
とっても焦って電池入れの蓋がなかなか外れない、というのはシナリオ通り。
迷惑かけまくった周囲の人たちに手を合わせる。
御迷惑おかけしました。

今すぐ、消えたい…
どんだけコントだよ…
頭から毛布をかぶって、寝たふりをした。








成田着陸後、わめききった蝉の抜け殻のような、
電池ぬきの壊れた時計を手にとった。
おもちゃどけい、アラーム音量だけはいっちょまえ。
たくさんのドラマを、どーもありがとおぉーございましたぁー


時の感覚を失った身体と、時計を忘れた旅路、
時計のないホテルと、時計に縁深いカフェ、
一歩一歩に集中した高濃度な今たち、狂った時計、
舞う雪、積もる雪、手の上触れては消える、感じては消える、今あったのにもうない、
今がおわる、たび、今が降る、時間は、今の蓄積、
それは低い空の、グレーの街の、
たった今、舞った、ひと粒の雪の中のまぼろし。


いけてない時計は、空路で察した。
いままでの場所と、これからの場所。
時の感覚の変化に戸惑い、狂った。
器用でない時計は、ゆっくりとした、雪の中だけで機能したのだ。
by akiha_10 | 2006-05-08 22:51 | Trunk
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