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page d-26  スターター

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スカートをひるがえした強い南風に運ばれ、春が上陸する。
季節に惑わされた心地よい感傷。
ほらまた、今までの私と、これからの私の、物語りをつくりはじめる。
こんなふうに綺麗にアルバムにおさめ、
新たなドラマを仮想する作業も嫌いではないけれど、
まとわりついた感情や自分に媚びた解釈をそぎ落としてみるのもたまにはいい。
暴風に吹かれて舞い込んできたさまざまな感情を、
目を閉じてじっと見つめる。
落ち着かない揺らぎの中で、
一点だけまっしろい所がある。
台風の目だ。
そこは防音されているかのように、しんとしていて、
いままでも何も起こっていないし、これからも何も起こらない気がする。
季節が騒いでいるより、今は淡白な気分でいる。
たかが「はじまり」、されど「はじまり」。
新しい「はじまり」になにを想おう。



ひとつ前の、「はじまり」に遡った。
四年前、わたしが掲げた目標のひとつは「強くなる」だった。
漠然と手帳に書きとめた「強くなる」。
「強いってなんだ」という意味の問いかけが先立った。
「強い」とは、上下の関係に位置する権力でもなくパワーではない。
鈍さゆえの強さともまた、違う。
ではいったい?
「強いひと」というのは、これでこれでこういう人とは、きっと説明できない。
というか、強いひとなんて居るのか、という疑問すら浮かぶ。
自分なりであれ「強い」の明確な正体を、実はいまだつかめていない。
概念がわからなければ、その形容詞を自分の内へとりこめるはずもない。
では四年間というと、今まで以上に自分の弱さを目の当たりにしてきただけである。
「強くなくたっていい、弱くてなにがいけないのか」。
冗談ばかりの友人が久し振りに真剣に言った言葉は、
ちゃかす隙も与えず、ぶわっと心に拡がる。
本質は、変われないのかな、と嘆いた。
とはいえ、回数と慣れで習得できるものもある。
ダークサイドの接近をセンサーでキャッチするのが上手くなった。
自分を保っているネジがゆるんできたら、外れて崩れる前に、
修復工事をおこなえるようになる。
美味しいものを食べる、綺麗なものを観る、おもしろい人に会う、
居心地のいい空間で微睡む、
オールナイト映画祭を開催してみる、
靴を買う、友人宅にスイーツ持っておしかける、などなど。
瞳ファイルに保存されている、あの時の風景を思い浮かべてみるのもいい。
なんてわたしは、ちっぽけ。
自分のちいささを知ることは、おおきな安堵を取り戻すことだ。
まるで母のお腹の中、その宇宙に包まれ揺られているような、あの平和。

僅かな陽の力は絶大で、
ほんの小さな陽が、長時間心を這っていた陰をおっぱらってしまう。
だから、こうして日々は過ごしていける。
わたしの場合、特効薬である、「飲んで食べて大笑い」をすれば、
全然だいじょうぶじゃんね!となることも分かってきた。
「信じがたい回復力…」呼び出された友人は呆れるが、
滑稽なまでの自分の単純さも、この時ばかりは有り難い。
自分を知るということも、
ひょっとしたら「強くなる」ことのステップといえるかもしれない。



もうひとつ、具体的に掲げた目標は「旅に出る」ことだった。
なんのためでもない。
衝動的に突き動かされる瞬間は、
なにかを得るためとかいう、結果的な目的すら計算されていない。
まるで恋のような、純粋な欲求のみ。
たんに、異文化の空気を渇望していた。
衣食住への純粋な興味が沸騰していた。
叶っている最中は、心が冴えていた。
知りたい欲は感じたい欲になり、感じている自分を味わいたい欲へと、
贅沢に連鎖していく。
だから旅に出る。
毎回、わくわくして、興奮して、うわーってなって、じーんってなって、
高揚と平穏が交互にわたしを襲う。
そんなLRを、さかんに行き来していると、
真ん中にぽっかりと、ニュートラルな「台風の目」があることに気付く。
LでもRでもない、陰でも陽でもない。
そこは、やっぱりまっしろくて、
しんとした音が鳴っている。
旅に出たら、ふしぎな、体験に、たびたび出会う。
日常も充分に旅であるが、
努めて環境を整えれば、旅はさらに鮮やかになる。
これは今の気分でもあるが、
インスパイアされる環境や素材に、傾向があるのことも分かってきた。
なにかが湧き出ている土地(空間)がすき。
さらに欲張れば、時をまたいでいる土地(空間)がすき。
理屈をならべるよりも、もっと強力な力に突き動かされて、
きっとまた、「旅に出る」。

「ところで学校、行きよった?
来週からどこどこ行ってくるね、を何度聞いたことか」
卒業式に現れた親がいぶかし気に漏らした言葉を、
四年間の目標達成の証として誇らしく胸にしまおう。(あ、ちがう?)
ありがと。





新しい「はじまり」に持ち越された「強くなる」と「旅に出る」。
そして、日常もすでに旅であることも忘れてはならない。
「せっかく来たんだから!」と旅行を充実させようとするお決まりのフレーズを
「せっかく生きてるんだから」とそのまま置きかえることはできないだろうか。
だんだん話は壮大になってきて照れてしまうが、
努めてでも、生きた時間を過ごしたら、旅甲斐がある。
それもまた、死んでるかもしれない明後日のためでもなく、
誰のためでも、なんのためでもなく。
なるべく笑っていられる「今」のために。
壮大ついでにいうと、そうして生き抜くことが、「強さ」であり、
その実感は死ぬ真際にやっと手に入るもののような気がする。




観れるものは観ておこう、
想えることは想っておこう、
伝えたいことは、伝えておこう、
感じられるものは感じておこう、
通じ合えることは通じ合っておこう、
創れるものは創っておこう。



そんな具合に。
by akiha_10 | 2006-04-03 15:26 | Daily thinking
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