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page m-10  マンスリーパンフィクション  03

深夜の社内は会議室だけが眩しく、
静まりかえった部屋に紙をめくる音が妙に響く。
村上は机の上を指ではじきながら、「考え中」のお決まりのポーズをとっている。
「ちょっと!寝ないでよ!企画書〆切までカウントダウンですけど」
『もうネタ、ナイ。それでもって花粉のくすりで、超ねむい。村上さんたくましいなー』



ここんところ村上は働きまくっていた。page m-10   マンスリーパンフィクション  03_a0028990_1383437.jpg
谷口さんをおくる会の幹事、
部署代え親睦会の幹事にくわえ、
新入社員に任せたはずの花見会も
心配性の村上は首をつっこんでしまっていた。
その上、〆切に追われる担当ページの企画。
2日連続の会社泊である。
溜め息をついて、資料から目を離して珈琲に手をのばす。


「はーあ。ねえねえ、話かわるけど。
年齢差たかだか3つ4つなのに、
下の子と感覚的に大きくギャップを感じることってない?
あ、これっておばさんくさい??」

『軽くおばちゃんですな。「下の子」とか言うあたり』

村上はむっとしながら頬づえをつく。

「いいよね。一之瀬はさ、黙っててもダンディズムキャラ確立されてて。
そのおかげで、後輩指導は全部わたしにまわってくるんですけど。
たまに分からなくなるわけ、自分の位置とか役割とか。
口うるさく言いたくないし、でもどこまで任せていいかわからなくて。
ふったらふったで、これはやるよね?ってことをやってなくて平気顔だから、
怒る気もなくなるし、多分怒られている意味も分からないだろうし。
とにかく、まじで!っていうジェネレーションギャプを感じるのよ」

『ジェネレーションギャップって久々聞いたし!』

「いや、そういうとこじゃないんだけど…」

『それって、とし子さんがうちらにも感じてたことなんじゃないのかなぁ。
そういうもんなんじゃん?』

「そっかー。今難しい位置だなー、全体的な指示はとし子さんが出すし、どこまでしていいのやらだよ。」

『ウエハースですな!』

「なんか一之瀬と話してたら真剣に悩んでる自分がばかみたい…」

『まあ、そういう事に敏感な村上は好きだけど』



氷りつきそうな視線は、うつむき気味に、机に置かれた携帯にスライドする。
「(簡単に好きとかいうな)」
『そうそう、携帯変えたんだよね。かっちょいいっしょ』
デザイン性の高い携帯はいかにも一之瀬らしい選択で、らしいな、と思った。
しかし次の瞬間村上をドキっとさせたのは、一之瀬らしからぬ、
どこかのサファリパークのストラップが揺れていることだった。
でっかく太い字体でサファリ!!と書いてあるビニールのストラップは
その携帯全体のトーンの空気を全く読めていなかった。
「(一之瀬が選んだんじゃない…)」



村上は黙り込んだ。
頑固なプライドやこだわりの厚い壁を持っている人って、全く隙のないようで、
ある特定の誰かに関しては驚く程緩く、容易に入りこませてしまうことがある。
壁を崩して内の世界まで侵食されることをも、時に許してしまう。
サファリストラップに込められた思い入れを、あれこれ推測するのは右脳が拒否した。
それってギャグ?という問いかけも、それ事体ナンセンスな気がした。
ただ、村上は一之瀬とサファリを繋いだ特定の「誰か」にひれ伏す想いだった。
どれだけ自分がその人のことを知っていようが、その壁の内側の世界を理解できようが、
容易に壁を飛び越えて異質を持ち込めてしまう特定の「誰か」には、完敗していると思ったのだ。



「ねえねえ、一之瀬って、自分よりも他の人を好きになることってあるの?」

『なに突然??そして失礼だし!まー、「同じくらい」、はあるかもね』

「ふーん」






「あ。そうだ、次の企画はデートコースにしたいパン屋、ってどう??」

『んー、春だしね。イベントとか展示とかやってるパン屋とかいいかもね』

「よしっ、骨董通りの買物ついでにデュニュラルテ。あたりからあたってみるかな!
さてと、しごとしごと!」

村上は珈琲を一口すすってニコっと笑った。(fin)


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今月のパン デュニュラルテ@南青山
by akiha_10 | 2006-03-31 00:36 | monthly
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