マクドの色のトーンが落ちると、そこは京都。
![]() 「あと二つ上がって、西入る。」 碁盤の道になり、 ピグミンの助手席ナビもなめらかになる。 どうも京都に来ると、人間とか心といった、 ちょっとこむつかしい事を哲学的に考えたくなるのね。 それは歴史ある街並が、脳までトリップさせるのか、 もしかして、なにかそうさせる波動が渦巻いているのか。 龍安寺の石庭は、説明的でないのがいいよね。 その庭と石がなにをあらわしているのか、 どう見えるのか。 国や宗教で、その解釈はさまざまらしいのです。 しかし、グループごとに解釈が違うというより、 もっと小さいレベル、 個人の感覚や経験、その時の環境や心理状況で 見え方が違うといったほうがより正確な気がします。 それは、昔触れた映画や音楽が、すこし経ってみると また全く違ったものに見えたり、 違うところで感動したりすることと同じで。 どちらが正解ということでもなく、優劣もないのです。 だって、あの頃は分からなかった事が分かるようになって、 あの頃可笑しくて仕方なかったことで、もうそんなに笑えないのだから。 15個配置された石は、どこから眺めても一つだけ見えない。 石は煩悩とか、自分をつくっているものとか、そんなふうにも見える。 庭の枠組みは、人生とか、身体といったとこ? 欲とか自分のこととか(ましてや他人のこととか!)把握しきれているようで、 その把握できている、また把握したいという想いこそがすでに欲であって、 それでは見えていた14個も、所詮は欲でできた小さい箱庭で見えていた幻想にすぎない。 それはもっともっと大きな庭の中にある、ちーちゃな箱庭。 ちなみに、石庭の真ん中はぽっかりと空いてる。 「15個絶対さがすぜ!」と見たい見たい、では絶対に見えない。こうなったら、わかろうとして気をもむより、 ここはひとつ、欲とは仲良しになったほうが良さそうよ? 頭が固くなったところで、あっさり食欲と握手をし、甘味よ。 「抹茶パフェ、たべます!」と宣言していたわたし。 寒さがメキメキと骨の間に食い込むその日、祇園にむかう。 ぜんざいをすすってほっこりしている友人を目の前に、 それでも白玉と抹茶アイスが食べたいもん。と頑固にパフェ。 もっと寒くなりました。 その夜、嵐山付近を甘酒で寒さをまぎらわしながら歩いていると、たまたま宝厳院の紅葉がライトアップされていました。暗闇に浮かぶ燃えるような紅葉が、 今回の旅で一番焼き付いています。 桜も好きだけど、紅葉は綺麗、華やかだけでない。 狂気や情熱や諦めがある。豪華に見えて悲しい。だからいい。 錦市場で、だいすき麩喜の麩饅頭も買って、 ばっちり渋滞中の名神→東名に乗り込みます。 ひまつぶしの七文字しりとりも、 わたしは「く」に苦戦し、く、く、く… やっと見つけた「くまのぷーさん!」で あっさりゲームオーバー。 ぷーさんめぇ。 ただ、雲のない水色空に富士山がくっきり浮かぶ天気は 渋滞日和とも言えます。 窓の外の静止画像をいやというほど楽しもーや。 なんだかとってもジャパンな旅でした。 ありがとう。
by akiha_10
| 2005-12-11 21:00
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瓜生明希葉/INFORMATION
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