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page m-6   マンスリーパンフィクション 11

手の甲からじんわり血がでた。a0028990_0271860.jpg
水揚げ作業をする。
新しい色のピンクッション。
水揚げの後の流れが
「キーパー清掃」から「切花」に昇格したが、
水のあつかいすぎで、この季節、手のカサカサがひどく、
ハサミを持つ手が痛い。動かした皺の間から赤いのが滲んだ。
アレンジもするようになった。
やっと小さいブーケの作り方を教えてもらった。
花と葉の向きのバランスが重要で、留めがゆるいと格好わるい。
ひとつ、我ながら惚れ惚れのパーフェクトブーケがあった。
心をこめて作ると、やっぱり綺麗なものができる。
今日はとてもいい日かもしれない。



「ああ!ミヨちゃん、それじゃはっきり言って遅いからねー。ほらあ、ここぉ、茎の長さも違うし。同じ時給なんだからね、やっぱりみんなと差が出たら困るんだよねー。わかってるよね?」
店長が水をさす。
「いつまでやるつもりなん?ねーちゃんみたいに、ちゃんとした職を探してみてん?いつまでもねーちゃんとこに住めると思ったらあかんよ?だいたい先は見えてへんのやろ?毎日変化のない生活ちゃうん?あんたはなにが目標なん?」
いつかのおかんが水をさす。
「ミヨはさ、ほんまにそれが好きなんちゃうくて、そういうのが好きってゆうてる人になりたいんちゃうん。むかしっからミヨはそーやった。」
昨日のおねーちゃんが水をさす。
わたし、水は散々浴びせられ、もう吸い込みません。
だぶだぶの鉢にしんなり漬かった植木のようになる。

花のあれこれをしている時はプールの水中にいれる。
息はあるのかないのか忘れるほどに熱中して、まわりが聞こえなくなる。
まわりがミュートになっていて、水上の現実を夢にさせる。
わたしを見張るわたしも居なくなる。
身体がかたまるまで我慢して、
がばっとプールの水面に出てみたら、弾丸のように音がはいってくる。
耳がびびる。
運の悪いときなんか、ふざけた男子の足とか顔面直撃したりで
鼻がキーンってなる。
そうそう、現実は荒れている。


「これが好き」って簡単に言えなくなったのはなぜ。
少し好きで、それを口にしてしまったら、
もっともっと好きな人から知識ミサイルであっという間に攻撃されて、
私はあっさり消えてしまう。
でも、花をあつかっている間は水中にいれて、一日ぶんのアドレナリンがでるのは確かのはず。
それについて知っているからそれが好きなのか、
それが好きだからそれを知っていくの?
まったくまったく私は花を知らなくて、それは本当には花が好きじゃないの?
「田口さーん、ポインセチアとヤマツツジ取ってくれる?」
「スミマセン…ヤ、ヤマツツジって、どれですか…?」
「あーあーもーいいから。リボン同じ長さに切っといて。」
店長は雪でコーティングされた枝みたいなのを、ささっとひっこぬいていく。
全然ついていけない。好きだけど、好きだけじゃだめなのかもしれない。
あ。やばい。谷底にくだる前に、楽しいことを考えなきゃ。

えっと、えっと、帰りに同じフロアにあるディーン&デルーカに寄ろう。
それで、明日は給料はいるし、思いっきり買おう。
ディーン&デルーカではスコーンがお勧めだとおしえてくれたのは
けんちゃんさんだ。
おしごとでパン特集をやったおかげで、パンにくわしくなったと言っていた。
けんちゃんさんはおねーちゃんの会社の後輩で、
たまにうちに酔ったおねーちゃんを肩に担いで連れて帰って来てくれる。
おねーちゃんは気丈な日常とバランスを取っているかのように、
お酒を飲んだらひどくなる。
「健一のな、足りないとこはな、」とベロベロにもたれ掛かっている。
けんちゃんさんは「はいはい、」と言いながら出来上がったお荷物を下ろす。
腰をかがめた時、グレープフルーツみたいな香りがフワっとする。

いつも少しだけ話す。
「なんかね、ほんとに好きかどうかなんて、周りに圧倒されていつも自信がなくなるよ。でもね、なんか花を見ているときとかね、包んでいるときは安らかになれるの。だからね、多分好きなんだと思うんだけどね。」
「いーじゃん、好きって一番大事かもよ。知ろうとしてる時点で、かなりいいとこに居ると思うし。人に知識チップは埋めこめないし、知識ソフトをインスト−ルもできないんだしね。やっていくしかないんだよ。それにさ、あるにこしたことはないけど、知識は権力じゃない。俺もだんだんわかってきたし!
はじめから出来る人なんていねーよな。まあ、みよちゃんのねーちゃんは、特別デキルから、あんま気にしないほうがいーぜ。この人揺らがないしね。ま、ここに倒れている姿を見たら説得力ゼロだけどね。」
笑いながら言う。
最近、心配してメールをたくさんくれるけんちゃんさん。
今日は昨日みたいに電話くれないかな。
でも明日も早番だからな、うーん。うーん。
「てぇ、とまってるよー。ぼーっとするのやめてね、ラッシュくるから急いでー。」
店長が水をさす。

キーパーで待機している紅色のピンクッションの輪がa0028990_0423931.jpg
一時間でひとまわり確実に大きくなっていた。
それって、重大な変化なんじゃないのかな?
どうなの?
それなら、だーれも気付かなくても、
今日のわたしは、昨日とじゃちょと違うはず。
                   (fin)

今月のパン DEAN&DELUCA@渋谷
by akiha_10 | 2005-11-29 00:55 | monthly
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