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page m-3  マンスリーパンフィクション  08

遠く離れてよくわかる、ウチのにおいがした。
嗅覚から入ってくるものは、音楽よりもさらに速く、「あの頃」に戻す。

帰省の疲れを一息つかせてくれる間もなく、やっぱりはじまった。
おかんは手土産のカヌレを口に運びながら、
噛んでいるのか疑わしい速度で弾丸トークをとばす。
荷物の整理をした後、メイクを落としながら
「ほんまにぃー」とだけ、たまに返した。
子供会で一緒だったけんちゃんが、どこそこの娘さんと付き合っているだとか、
隣のよしこさんが銀行を辞めただとか、正直どーでもいいが
ここでのネットワークのスピードと正確さだけは毎回驚くばかりだ。
ゴシップ回覧板でもまわっているんじゃないか。


page m-3   マンスリーパンフィクション  08_a0028990_11383662.jpg「あー。ちょっとさ、たばこ買ってきてもいい?」
なにかを口実に切り上げないと
このまま夜中コースに引きずり込まれる。
ジャージに着替えたノーメイクの自分をカモフラージュ
するように、気やすめの眼鏡だけかけて外に出る。
「だれにも会いませんように。」といわんばかりに、
そそくさと夜道を歩く。
夜ってこんなに暗かったっけ。

ローカルで薄暗いイメージだった馴染みの商店風のコンビニが
三年見ない間にセブンに変わっていて、複雑な気持になった。
レジで「これ2つ」とたのんだ。
マニュアルの取り引きを終えて、袋に入れてもらう。
店員がチラっとこっちを見た。



数秒の沈黙をはさみ、彼は「としぼー!?」と興奮ぎみに言った。
頭が一瞬混乱して「出会ってきた人ファイル」の中から、
おぼろげな記憶をたぐりよせようとした。
「む、む、ムーミン!?」
本名が思い出せなかったが、ムーミンと呼ばれていた人。
席がえで隣になったら、嬉しかった人の一人。
よりによってムーミン。ジャージをうらむ。
お互いが一致して懐かしさが拡がると同時に、
しょうもない見栄が膨れ上がり、できれば早く立ち去りたいと思った。
その店は深夜帯一人でまわすようで、
次の客が何人か並んだところで話は強制的に遮断された。
ほっとして、また今度ゆっくり、と未定の「今度」をさよならがわりに言った。
事実の表面を舐めるような会話もまた、マニュアルであった。
家に帰って、ムーミンが同級生のミヨと結婚していたことを言うと、
おかんは予想通りくいついて、半目になる私を無視して夜中まで喋りとおした。



滞在最終日の夜、私あてに家電が鳴った。
「おらんってゆうて」と言ったら、久しぶりにおかんは怒った。
実家モードに漬かっていると、すべての行いのめんどくさい度が上がる。
しぶしぶ電話に出ると、聞き覚えのある声がした。
「としぼー?まだおるん?実は今としぼーの家の前やねん。ミヨとアサミと隆もおんでーあそばへん?」
3日前再登録されたムーミンの声と、
妙にテンションの高い空気が聞こえた。
耳をすませば、停車したエンジンの音がかすかにしている。
ここでの人と人の距離感に戸惑う。
しかし、久しいメンバーの名前が魅力的で、重たい腰が上がった。
「いくわ…けどちょっと待って。」と言うのにかぶせて、
「おしゃれとかいらんでーはよ出てこーい」と笑いながらミヨが言った。

ありのまますぎる私で外に出た。
ドアを開けるとすでにあったまっている車内の熱気がモアっと漏れる。
「としぼーやー!」と、ここでの打解けの速さに戸惑ったが、
すぐに馴染んでしまっている自分自身に、もっと戸惑った。
わたし、こんな笑い方をしてたな。




新幹線のホームは混雑していた。
指定席でよかった。今朝まで遊びっぷりが、体にひびく。
しかし新幹線がホームを出ると、休む間もなく会社の後輩の村上からメールが入り、
やり取りしているうちに険しい顔に戻されていった。
さっきまでのことを、ホームに置き忘れてしまったかにょうに。

だから、ふいに届いたアサミからメールが際立った。
手持ち花火のハート作りに苦戦して、大笑いしている眉のない私の写真。
ギョっとした。
絶対誰にも見られたくないな、と苦笑しながら、
保存した。
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わたし、よくこんな顔してたな。
(fin)







今月のパン シェリュイ@代官山
by akiha_10 | 2005-08-27 12:13 | monthly
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