トシボーが7回目の欠伸をした。
いつもより、さらにだるく感じる、始発電車を待つファミレス。 二人とも互いの目を盗んで時計に何度も目をやる。 話が合わないんじゃんなくて、 「わたしたち、もう話もいっぱいしたし、疲れてるんです」 って装おうために、大袈裟に欠伸をするのだ。何回も、わざわざ声をだして。 トシボーは昔の友達。 家が近いこともあって、小学校、中学校の時は一番仲のいい友達だった。 のんびりしているトシボーはすごく話しやすかった。 高校で別になったが、トシボーがその後東京の大学に行ったという話だけは耳にしていた。 私が地元の専門を出て一度就職した後、会社を辞めて上京したという噂を どこからか聞きつけたらしく、友人をつたってメールをくれた。 トシボーは大手企業に就職して、今「超忙しい」らしい。 ずっと会っていなかった昔の友達と会うのは、あまり得意ではない。 ある所まで同じ道を歩いていたのに、 ある時Y字路の分岐点に立たされ、 そこで分かれて、またそれぞれのY字路が訪れ、さらに別れる。 音沙汰なしに進むべき小枝を選んでいるうちに、 いつのまにか随分離れてしまっている気がして。 その距離をわざわざ確かめるのは悲しいだけだし、 いつまでもあの時のままです、 と気をつかい合うのもおっくうなのだ。 トシボ−に会おうと言われた時も迷ったが、 具体的な日時をいくつか提案されたので断りにくく、 結局会うことにした。 トシボーは細みのスーツを着て現れた。 黒縁の眼鏡をかけなおして「とりあえずアイスコーヒーくれる?」と メニュ−も見ずに店員にいった。ひとつひとつの動作が忙しそうだった。 すでに違和感。左右に伸びきった小枝を持つ、一本の木を思い出す。 「ごめんねーこんな時間に。ひさしぶり。サヨリ変わってないねー なんかまじ懐かしいよー、今なにやってんの?」トシボーはおしぼりを開けながら言った。 トシボーの違和感をほどけないかと、私はちょっとテンションあげて答えた。 「実は、いっぺん就職してんけど、なんかちがうと思って東京きてん。 今はカフェでバイトしてねんけど、この生活もけっこうええよ。」 「へーそーなんだー。」トシボーは携帯とシガレットケースを机の上に置きながら答える。 私の言葉はほんとにトシボーに届いているのだろうか。 その後も、バイト先の話とかどこに住んでいるかとか、休日の過ごし方とか、 「今」に関するいろいろを聞いてきたけど、ずっと「へーそーなんだー」の姿勢は崩さなかった。 「昔」の話になれば、いくらかその場があったまるが、誰がどうしただのこうしただのに対して 「まじで?それうけるー」とほとんど笑わずに言った。 「今」にちゃんと立てる人はまぶしいし、羨ましい。 人はどんどん成長もするし、失速もするし、変化する。変化していい。 目の前にいるのは、トシボーであってトシボーでないかもしれない。 だからといって私の中のトシボーを押し付けるのは、トシボーにとって迷惑極まりない。 トシボーに違和感を感じる自分が幼稚におもえた。 「へーそーなんだー」と私も心の中でつぶやいて、なんとか自分を納得させた。 「そろそろ駅むかいますか。」トシボーは伝票を持ってレジに行く。 お財布を探している間に「あ、いいよいいよ、今日来てくれたし。」とスマートに支払いをすませた。 「ありがとお」お礼を言って同じ駅にむかう。 真昼のあつさからクールダウンしきった夜明けの道路を歩き、しんとした駅で切符を買う。 まだ時間があるので、ホームの椅子に座った。 静けさの中、トシボーのお腹がかすかに鳴ったので、はははとクールに笑った。 「トシボーお腹すいてんの?あ、昨日買ったおいしいパンあるで。 この店やったらチョコパンがいちばん旨いねんけど、きのうは売り切れやってん。 でもこれもオススメやねん、クランベリーとナッツのライ麦パン。さっきのお礼、あげるわ。」 バッグからパンを取り出して、トシボーにあげた。 「へー、ありがとお。」トシボーは早速パンをちぎって食べはじめた。 電車がくるまでの数分、パンを食べながら、 大学で何をしていたとか、何で今の会社に入ったのかを話してくれた。 枝分かれの経過を話す間、私の知ってるトシボーが何度か見えた。 それに、話しながらクランベリーやナッツを パンからぬき出す手遊びは、 昔給食のぶどうパンのレーズンだけを ほじり出して食べていたトシボーと なーんも変わってなくておかしかった。 人はどんどん変わるけど、思っているほど変われない。 (fin) 今月のパン 黒繪(スミノエ)@新宿
by akiha_10
| 2005-07-29 00:39
| monthly
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瓜生明希葉/INFORMATION
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