「毎日さ、いかにめんどくさい事に勝てるか。日々はそれの繰り返しだよねー。」
友人はそう言った。 たしかに、毎日はめんどくさいに溢れている。 いや、よくよく考えたらぜーんぶめんどくさいことなのかもしれない。 もともとめんどくさい事を、心の持ちようで変化させて、 こなしていく事が生活であり暮らしであるかもしれない。 日々襲って来るめんどくさいを、めんどいマンと名付けた。 ![]() めんどいマンはまず、好きなことに関しては、 その姿はとじこめられた状態にある。 私の場合、好きなことと向き合う時はもちろん、 「寝る」とか「食べる」とか。 多忙な現代人用に、食事が全部サプリメントとかになったら、 絶対いやよ。 好きなことの奥にも、多分めんどいマンは存在するのだが、 「好き」のバリアが厚く、表に出てこれない。 次に、めんどいマンは日々のローテンションのリズムになってしまえば、 中立の状態でキープできるのだ。なんなくこなしていける、日々の作業である。 昔、母に「皿洗いたのしい?」と聞いたことがある。 母は「べつに楽しいくはないよ」と答えた。 「じゃあ、嫌い?」と聞くと「好きとか嫌いとかじゃないよ」と、答えた。 「じゃあじゃあ、皿洗いと掃除機と洗濯物、どれが一番すき?」と聞くと なんだこの子は、とめんどくさそうな顔をしながら 「一番とか、好きとかないよ」とさらっとあしらわれて会話は終わった。 当時、子どもの私から見たら、三大家事はなんだかめんどくさそうだ。 母の日にあげた皿洗い券を、フリーパスで使われたらご免だなぁと思っていた。 毎日、それらをさらりとこなしてしまう母に疑問を持ったのかもしれない。 人それぞれだけど、自活をはじめた私にとっても三大家事は好きでもなく嫌いでもなかった。 これは、リズムになってしまった中立の状態かも。 めんどいマンは慣れることで、お行儀よく体操座りをしている。 しかし気分によって「楽しい」に変化させることもできるし、 めんどいマンがむきだしになって現れることもある。 楽しいに変化するの時は、新しいインテリアを買ったりして模様替えなんてする時。 掃除楽しいじゃんね〜ふっふーとのめりこむ。 逆に、めんどくさくなる時は、リズムがずれた時、変化をうめるのに一苦労。 木曜日あたりの朝の電車はどうってことないのに、 休みを挟んだ月曜は、どうもめんどい、ていうやつ。またリズムを取り戻せば楽になる。 また、小さいめんどいマンはどんどんやっつけていかないと、増殖します。 夏休みの宿題の日記で、毎日小さいめんどいマンに耐えなかったら、 8月最後の週に、目も眩むようなめんどいマンと戦わなければならないってやつ。 このあいだ、友人と食事後、ほとんど勢いで深夜の「STAR WARS」を観にいきました。 その日は初日だったらしく、深夜3スクリーンで上映しているにも関わらず立ち見が出るほど。 「みんなおかしい、寝る時間ですよ。」と 自分がそのおかしい人の一人であることは忘れて、眠らぬ六本木の活気にたじろぐ。 終わってもなお、蛍光の棒をぶんぶん振って楽しそうなので 「元気な若者たちよ…」と自分も若者であることは忘れて目を細める。 昨日からの充実した遊びを振り返って、 ![]() 眠気まじりの満足感に浸っていた。 隙をみためんどいマンがニヤリと笑う。 「うわっ、洗濯物干しっぱなしや!」急に思い出した。 その瞬間めんどいマンがいっせいになだれこんできて、 どっと疲労感。 リズムをずらして楽しんだ代わりに、 ほっておいためんどいマンは増殖。 とりこむ事なんて、たいしたことないはずだけどね、 ネムイ、メンドイ… ふぁ〜あ〜。 倦怠に満ちた夜明けの六本木を、あくびをしながらあとにする。
by akiha_10
| 2005-07-24 09:15
| Daily thinking
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瓜生明希葉/INFORMATION
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