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page m-1  マンスリーパンフィクション  06

昼か夜か。

境目のない2日間は体内時計をくるわせた。page m-1   マンスリーパンフィクション  06_a0028990_11474969.jpg
目覚まし時計を手に取って身体を起こす。
血がまわっていないことがすぐに分かった。
よろめきながら鏡の前に座る。
覚悟していたより最悪。
目が半分、顔がむくむくしてる。
化粧をしても無駄な気がする。
ふと一週間前にもらった
コスメのサンプルを思い出した。
夏のブロンズ系のアイシャドウ。
たいして興味はなかったので
そのへんに出したままのはずだ。
散らかった雑誌を足でどかすと、それはあった。
人さし指にすくって、
ベースも塗らずに目蓋においてみる。
知らない私ができてきた。
どんどん知らない人になっていくことは、
心をすこしマシにさせた。
決して楽にはならいが、ほんの少しマシになった。
自分の単純さに救われる。
昨日までのいろんな出来事は、どっかの誰かに起こったこと。
今日はこの常夏きどりの女として生きよう。
女優肌がキーワードの日焼メイクは、
窓の外の様子と、テンションが違いすぎる。
その極端さが、変身させる作業を助けた。



たったの二日間外に出てないだけで、外は随分懐かしい風景だと思った。
バスは動く。道は工事。
低い雲と、はりつくような気候。
三日前と同じだ。
ここまで何も変わらないと私は社会の歯車のほんの一部にもなっていないのかと淋しくなる。
でも、そんなちっぽけな存在に起こったちっぽけな出来事だと思うと妙に安心できた。



渋谷を歩く。この人たち、どこから湧いて出てきてんだ。
じっとりとしたこの季節は、人口超高密度の街を一層憂鬱にさせる。
サヨリが好きなパン屋、VIRONの前を通る。
本場パリジャンも認めるクロワッサンは絶品だという。
パリVIRON社の粉を使っているらしい。
サヨリは豆知識を添えてパン屋を紹介するのが得意だ。
そのおかげで、知らぬまにインプットされていたりする。
サヨリがとびつくクロワッサンで、とりあえず導入の話題はできる。
めずらしく急に呼び出したので、構えて来るかもしれない。
実はね、というまでのせめて5分くらいは
何もなかったかのように振舞いたかった。
クロワッサンをふたつ買う。

待ち合わせまで時間があるので近くのコーヒショップに入る。
そこに居る旨をサヨリにメールする。
手が濡れないように指先で傘を留め、傘袋を引っ張る。
ピアノの音が聞こえてきた。
チェーン展開しているコーヒーショップで、ピアノの生演奏とは驚いた。
プロのピアニストだろうか。
聞いたことのある曲をむりやりメロディアスにして弾いている。
メロディがおぼつかないので、プロではないと判断した。
全く癒されない音は私に優しい。
つまずくメロディは、空気を感傷的にすることを防いだ。

サヨリからの駅到着メールを確認する。
携帯をたたむ音と共に、相変わらずのぎこちないメロディが入ってきた。
ぞくっとした。
あのひとが使っていた着信音のメロディー。
なんかの映画の音楽。
流行歌ではなく、これをずっと使っていることがカッコイイんだと、
格好わるい事を言っていた。
あのひとが電話に出る前に、必ずそれに合わせて鼻歌を歌うから、
「早く出ろよ」といつもつっこんでいた。それだ。
その度に二人は同じ笑い方をする。
くだらなく楽しい、暗黙のお約束だった。

いやだ。ほんとにいやだ。透明な手で耳をふさいだ。
常夏女の仮面がひらりひらりと落ちていくのを感じた。
それは、とても静かであっけない。


「もう死んでもいい」と思う程の幸せの瞬間をくれる人は
「もう死にたい」と思う程の痛みをふっかけてくる。
継続時の不安や嫉妬、そして終わりの苦しみも。
100のプラスをくれる恋は100のマイナスによってゼロになる。
一体なにが残るのだろうか。
最悪な終わりを知っていながら、幸せだった時の思い出を
その時で区切ってアルバムにできるほど大人ではない。
人間的な成長、とかすぐに思えたら、それはたいした事ではなかったという証だ。
嫌悪するほど幼児化していく自分の姿は、それはたいしたものだったという証である。
心身ともにエネルギーを消耗させただけだった。
だんだん腹がたってきた。

耐油紙に入ったクロワッサンをとりだした。
他店で買ったパンを堂々と頬張った。
まわりを気にしない大胆さと、悲しみをかばう虚構の苛立ちがそうさせた。
無心に噛む。
バターの豊かな風味が鼻を抜けるが、体内水不足で口の中はパサパサだった。
デニッデユ生地が口にはりついた。
むりやり喉まで運ぶが、扁桃腺が腫れている時みたいに、呑み込む時に痛い。
食べるのを諦めて、かじったクロワッサンを見た。
こんなに重なりあっても、スキマだらけだ。



どうしようもなく埋められない空洞を互いに知りながら、
それでも綺麗な形を成型し合う。
ふたりして、無駄に思い出とか、折り込みながら。
どちらか一方の、楽しさが虚しさに覆われそうになる時、雲行きが怪しくなる。



傘をたたみながら小走りで店内を見渡すサヨリと目が合った。
パンパンになった目から、また降りだした。



梅雨明けは当分先になりそうだ。
               (fin)




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今月のパン VIRON@渋谷
by akiha_10 | 2005-06-25 00:53 | monthly
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