風船100個に、ワインを3ダースも買い込み、でっかいラザニアを焼き準備、
一体何人来るのかとたずねると、親戚、友人含めて50人くらいは来るとのこと。 ![]() バースデーボーイが到着するやいなや、映画でおなじみ「サプラーイズ!」を経験し、 ケーキにロウソクと思いきや、ほぼ花火がぶっささっておりまして(はげしい)、 アメリカのビッグファミリーのホームパーティーを体験しました。 友達のノラとアリソン。 ![]() 風船を浮かばせたリビングは終盤 ほぼダンスフロアと化していたのですが、 息子のダンスに負けじとばかりに お父様もがんがんビートにのっていらっしゃる親子がいて、 踊ることの歴史が根付いているなぁ、 とあらためて思ったのでした。 ジャズコーラスの発表会で父が踊っていた 「スイング」らしきソーラン節とは、 やはり違うなと。 そういえば、たまたまテレビでやっていた映画「Back to the Future」を久しぶりに観たのですが あれは1985年から1955年に戻るという設定だったんですね。 1955年って。 もちろんその通りではないだろうし、かなりの脚色があるにしても、 その1955年の描写があまりにもモダンで (1985年との対比で、ふるーいださーい!を表現する狙いであるにも関わらずなお)、 男も女もお洒落をしてバーで踊って、あいつが好きとか嫌いとか、すでに現代に近いアメリカ。 「もはや戦後ではない」にしろ当時戦後10年の日本を想像してみては、この違いたるや、と愕然としました。 そして、この半世紀の追いつき方、そのスピード、欧米化というべきか、 日本だけでなく、全世界に拡散した各国の共通項の多さは凄まじくないでしょうか、と 再びしみじみと思ったのでした。 お父様といわず、おじい様の世代からノリノリで踊っていたからね、 身体にビートがはいってるもの、環境と歴史が違うもの、そりゃソーラン節とは違うわよ。 ![]() 翌朝みんなで食べに行った、 地元の、友達の言葉のニュアンスを訳すならば 「残念な」「リアルな」アメリカンダイナー。 量だけは自信あるから、とその通り フレンチトーストをたのんだら 三枚の厚切り食パンででてきて(しかも謎の一枚ずつ別皿) メニューに載っていたカプチーノをオーダーしたら メニューには書いてあるけど、ない、と言われ(じゃあ書くなよ) そんなスカした飲物はありませんで、と暗に言われているような気さえし、 もはや他のカフェイン摂取の選択肢なし、 お馴染みの、でっかいマグに薄ーいアメリカンコーヒーをば。 そしておばちゃんはぶっきらぼうに「モア コーヒー?」とやや機械的におかわりコーヒーをたずねに巡回。 嫌いじゃないなぁ、この日々の変哲のないルーティンと、ちょっとした倦怠と安堵。 今のわたし向きではないけれど、良さの片鱗はよくわかる。 よく映画で見るよ、こういうアメリカンダイナー。「パルプ・フィクション」思い出します。 NYCがいかに洗練されているか、そして、いかにNYCがアメリカではないかがよくよく分かる。
by akiha_10
| 2011-11-28 16:04
| NY Journal
|
瓜生明希葉/INFORMATION
以前の記事
カテゴリ
その他のジャンル
画像一覧
|
ファン申請 |
||