わたしを鍛えてくれたお宿もついにラストステイとなるところですが、
今朝起きると共有スペースのキッチンやリビングに あきらかにアメリカ版「ゴキブリ(言っちゃった!)ホイホイ」的なものが ひとつ、ふたつ、みっつ、とそっと置かれていて そうだよね、そうだよね、(もっと早く置いてほしかったぜ、ちぇ!)と 妙に深く頷きながら歯を磨いたのです。 ルームメイトはわたしの他に2人いるのですが、本当におるんかいな?というくらい ほとんど顔を合わすことなく、改めて考えると 空間を共有しているはずなのに、まったく被らないというクールな距離感は独特だなぁと思う。 このまったくの無干渉も居心地がよいのだが。 ![]() 今年春の渡米の時に知り合った (その時は挨拶程度だったけど)チャイニーズの友人とランチにいってきました。 連れていってくれたピッツェリア、Adrienne's Pizza Bar すごくおいしい。パスタもおすすめ。 彼女はアメリカンの旦那様がいて、今はNYで中国人向けのラジオパーソナリティをやっているとのこと。 彼女の番組のプロデューサー、同じくチャイニーズの男性も同席しておしゃべり、 これがとっても面白かったのです。 中国に住む姉から、中国ではfacebookもtwitterもブログも見ることができない!と聞いていたので、 なかなか興味深い中国、とすこし緊張していたのだけど 彼らは驚くほど国際感覚を持っていてリベラル、まったく思考感覚の壁がなかったので とても話し易く多くの事について話すことができました。 これが、誰かが言っていた「ニューヨーク人」なのかなぁ。 わたしの緊張の所以を正直に告白し、 中国でこのような考え方を持つ人はどれくらい居るのかな、と聞くと、 彼らは香港出身らしく、香港は貨幣も違えば言葉も違い(広東語)facebookも見れる、 中国といえどかなりの違いがあるらしく、 他の大都市もそうだが、とりわけ香港の人たちは多かれ少なかれ世界に目がむいている、ということだった。 でもこれって、「アメリカ人の半分はNYの場所を知らない」という著書があるように どこの国でもおそらく、知る事(知ることができる事、知りたいと思う事)、 考える事(考えられる事、考えたいと思う事)の格差で ほんの一握りの都市と、ほとんどの保守的な場所とではまったくポリシーが異なることと同じだ。 わたしはステレオタイプのイメージの先入観を未だなお持ってしまいがちだが、 いつも辿りつくのは「その人、ひとりひとりによる」なのである。 (本当に、◯◯人っぽいな〜という時もたくさんあるけど。特にとりあえず女子に声をかけるイタリア人) 日中、またはアジアと欧米の違いについて「優劣」があるのではなく 「自分の好み」や「違いが在る」があるんだよね、 と聴いた時に言葉と思考に、選択肢の多い方達だなぁと感動した。 中国人作家の楊逸さんの講演でお話を聴いた時に 「ひとりでも多くの中国人にもっと世界を見て欲しい、知って欲しい」と 彼女が嘆いていたことを思い出す。でも規制があるんだなぁ。 人と一時間だけでも話すことは、映画一本もしくは分厚い本を一冊読んだように世界を知ることができる。 ましてやここNYはその出会う人のバラエティの豊富さは世界随一で、 わたしはその人越しに世界を旅させていただいている。 相手の方が辿った歴史と背景、景色を一緒に見させもらえる、 だからお喋りが好きだし、人が好きだし、わたしはとても人に興味があるのだと思います。 出会いをありがとう!NY大好き! ![]() 週末のマンハッタンはひときわ賑わうのですが 友人のバースデーパーティーにおよばれしました。 ミートパッキングにあるJuliet Supper Clubという アッパーでバブリー、マックスギラギラな場所。 わたしはこのナイトクラブのギラギラ感に 「古代より続く生物としての本能」を感じ、見ているだけでも、どうも元気になるのだった。 どうやらこちらでは、自分の誕生日会は自分でオーガナイズして招待するようです。 今時の(という言葉を使い出したらまるで「今時」引退宣言!) 平均的なマンハッタンガールはどんな遊びをするのだろう、と興味津々なのですが でた、平均的ってなによ。 答えは「その人、ひとりひとりによる」なのだ。 踊りやバーに繰り出す絶対数は確実に多いような気がしますが、 「マンハッタンに居る」というだけで、 すでに集まっている人の傾向はある程度絞られているのかもしれませんね。 写真がホーンテッドマンション。こわい。 ただいまNYは夕暮れ、空がオレンジ、とても美しいのです。
by akiha_10
| 2011-09-26 07:52
| NY Journal
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瓜生明希葉/INFORMATION
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