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ニューヨークジャーナル 157

ご縁があって、NYで活躍する少年少女合唱団YPCが唄う日本語歌唱指導のお手伝いをさせていただきました。
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YPCは1988年に創立され海外ツアーなども盛んに行い、そのユニークなプログラムが注目され「NY市の宝物」とも評されているコーラス団体です。わたしもはじめて拝見した時には、世界中の音楽や民俗音楽を声だけで表現するといった芸術性、実験性の高い試みにも惹かれましたが、なによりも子どもたちの純粋なパワー、意気込み、音楽のすばらしさに、理屈なしにぽろぽろと涙を流してしまいました。


今YPCはアジアツアーに出ていますが7月29日(月)、19時から新宿文化センター大ホールで開催される日本公演のチケットがまだあるそうです。当日券(4000円)でも買えますが、お取置き(3000円)の予約もお電話でできるそうです。日が迫っているのでお電話での受付は今週日曜くらいまでのようです。ぜひニューヨーカー中高生のパワーをご覧下さい!

https://sites.google.com/site/ypcofnycjapan2013/-ri-ben-gong-yanno-ri-cheng/xin-su-wen-huasentanoo-shenshi-ruminitsuite



わたしも中学時代は合唱部に所属していました。朝練や放課後の練習も体育会系並で、全国大会に出場したりと、唄と共に青春を過ごしました。きっとその時の自分とも重なって、こう、ぐっとくるのでしょうね。年齢を重ねて涙もろくなるのは、本や映画、芝居や音楽を観劇する際、自分の体感した感情と結びつく映像(経験)がそれだけ蓄積されていくからなのでしょう。さらに、年齢と共に許せることが増えたり、愛情の形が増えて深くなることも手伝って、もうなにを見ても、いいなぁ、ってなるのでしょうね。って、まだわたしはそこに行き着くには倍の歳月をかけてもいいと思うけども。



今回NYの子どもたちと触れ合って、わたしは子どもや、教えることが、とても好きだなぁと改めて思いました。学生時代から家庭教師もやっていましたが、いつも指導後に元気をもらっていた。去年は元生徒さんがNYに会いに来てくれたのですが、これが先生冥利に尽きるということか!と嬉しかったです。

NYの練習スタジオにて。日本語曲の練習で「ふるさと」の唄の指導になって「ふるさとはHometownだよ、みんなもあるでしょ〜ふるさと」と聞いたときに、みんなが口を揃えて「Here!」「NY.....」と返してきたのが印象的。そう、この合唱団のほとんどのメンバーが生まれも育ちもNY市という、リアルニューヨーカーなのだ。

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「お、お、おっけい…」と後ずさりしながら、その瞬間わたしは、NYのアッパーウエストにある練習場のスタジオからピンっと指で地球議上に弾き出されて、でっかいアメリカ大陸から東の果てのかわいらしい島国、にっぽんの東京に「あ〜れ〜」と飛ばされて、さらにピンっと、関門海峡にパシャーっと打ち付ける波を越えて北九州に弾き飛ばされるアニメーションを脳裏に見た。この子たち、わたしが経てきた九州の田舎娘”上京物語”も、にっぽん女子”単身ニューヨーク物語”も、この年にしてすべて、なんなく飛び越えているんだわっ!!な、なにこのクール感!!と感慨深く思うと同時に、人生はすべて経験と思えば、そんなひとつひとつのドラマも、キャーもワーも、田舎者のわたしも愛おしく思えてきた。(負け惜しみかなぁ?)

話は逸れますが、NYにいるアメリカ人の中でもオハイオだとかミネソタから来た田舎から来た者ほどミーハーで、いかにもNY的なことに興味があったり、お洒落であったり、色々と成し遂げちゃったりする印象にある。NY市にこれほど近いのに、”田舎”の揶揄の定番であるニュージャージー州出身のアーティストもしかり。地方からわざわざ住みにくい都会に来るというステップには目的意識も必須になるし、コンプレックスから来る情熱や野心もついてくる。これは、上京してまずはじめに思った、地方出身者のほうがよりミーハーで東京に詳しく、めきめきと何かに目覚めて◯◯デビューしていくのに対し、東京出身者の多くがなにかとクールで動じない、という印象とまったく同じだ。生まれも育ちも千駄ヶ谷の友人が大学時代「裏原ってなに?行ったことない」と言っていたその余裕に完敗した事を思い出す。同じ場所に行き着くとしても、その過程において真のシティボーイ/ガールはギラギラせずともスマートにやってのけるのだ。


ニューヨークの若者のパワーとその音楽に触れることができた機会に感謝します。ぜひ生のパワーに触れてみてくださいね。
by akiha_10 | 2013-07-26 23:02 | NY Journal

page d-278         おしらせ

おしらせ1
9月12日に東京渋谷でライヴをします!

9/12(木)
『鉄ロックフェスティバル特別編!!!』 ~shibuya gee-ge.オープン3周年記念スペシャル~
会場:shibuya gee-ge.
http://www.gee-ge.net/
開場/開演 18:00/18:30

出演者:
【メインアクト】星羅/中村千尋/瓜生明希葉
【オープニングアクト】Melcy boQue …and more!!!
【MC】川合鉄平(チョイチャック)
チケット代:前売2,300円/当日2,500円/学割1,300円(+1ドリンク代600円別)
ホームページ内の予約フォームでチケット予約受付中です。

久しぶりにみなさんと過ごせる時間を楽しみにしています!



おしらせ2
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舞台『40カラット』の音楽担当します。大地真央さん主演の舞台『40カラット(フォーティー・カラット)』の舞台音楽を担当することになりました。

舞台はわたしの愛するNY!
パリで愛され、ブロードウェイで2年ものロングランを記録した大ヒットラブコメディ「40カラット(フォーティー・カラット)」。年下男性との恋や年の差婚など、いま日本でも話題のテーマが満載。今を懸命に生きる女性と、 彼女たちに恋する愛すべき男たちの姿を描いています。笑って泣いて、たくさんの元気をもらえる、すべての女性にきらめきを贈る極上の舞台です。





『40カラット』
作:バリエ&グレディ
上演台本・演出:福島三郎
出演/大地真央、薮 宏太(Hey! Say! JUMP)、松村雄基、清水由紀、谷川清美、外山誠二、未沙のえる、高林由紀子、植草克秀


2013年9月2日(月)~9月15日(日)大阪松竹座
2013年9月18日(水)~9月24日(火)東京芸術劇場プレイハウス

松竹ホームページ
http://www.shochiku.co.jp
by akiha_10 | 2013-07-26 20:42 | Daily thinking

ニューヨークジャーナル 156

フードコラージュムービー、シリーズ「Hungry Kitty」はじめました!


ニューヨークの街で毎日、大勢の人たちが発する情熱漬けにされていると、自分の好きなことやものについて本気で見直す機会に多く直面します。NYのすばらしいところは、世界の才能が集まっていることでもありますが、なにかの分野がとても好きだったり、極端に詳しかったり、一見変哲と呼べてしまいそうな◯◯マニアがいたり、と才能以前に情熱が結集しているところ。だからそのぶん競争の激しい街ともいえるのでしょうが、それがどうサクセスするか否かに関わらず、生命力の高い人々、愛すべき頑固ものや人間臭い人たちに囲まれ、話を聞いて頷いているだけで「なんて魅力的なんだろう!」とその時間そのものを抱きしめたくなるのです。


そうして真剣に自分を見つめてみると、このブログを見てくださっている方にはもう今更ですが、わたしにインスピレーションを与えてくれるのはいつも「食」だなぁと思うのです。おいしいもの、美しいレストラン、素敵な食器やカトラリー。食に関するすべてがどうしようもなく大好きです。それは、ほとんど毎日欠かさず季節を感じる美味しい家庭料理を作ってくれた母の影響でもありますし、旅が好きでいつもその土地土地の美味しいものを食べに連れ出してくれた両親の影響でもあると思います。振り返るとパンカフェやフレンチレストランでのアルバイトでも、毎朝の焼きたてのパンの香りや、鮮やかで精巧につくられた美しいお皿にうっとりしながら、その空間にいることを心から楽しんでいた自分がいます。


食べることは生きるための活動ですが、それ以上に心の活動だと思うのです。それはなにも、いつも美しいものや高価なものを食べる、という意味ではなく、シンプルなおにぎりひとつでも、真っ青な空の下家族と食べればとってもおいしい。仲間達と食べる夏のバーベキューもいい、真冬にほっと一息つける一杯のインスタントのスープだっていいのです。食べ物はわたしを生かしてくれ、人と人を繋げ、空気を和らげ、笑顔をもたらしてくれる。ワイン自体も好きだけど、ワインがそこにある時間が好きなように、食べもの自体も好きだけど、食べものがそこにある時間がとても好きです。



こうした自分の情熱の元であるフード関連と、どう自分のクリエイションを生かせばいいのだろうと思ったとき、DIY(手作り)ムービーを思いつきました。フードに関わる記録を、スケッチを書き留めるように音楽にしてみよう、自分でムービーにしてみようと。そして、おいしい事はもちろん、食にまつわる美しいモノやコトを意識的に採集していこうと。世界のフードに関わり、フードを通して明るく軽快に世界を繋げることがわたしの夢です。


というわけで、フードコラージュムービー「Hungry Kitty」の第一作目をつくりました!
(一番下に埋め込んでいます。)

「Hungry Kitty」のネーミングは、アメリカ人の友達たちがわたしのことをKittyと呼ぶことからつけました。知り合った当時よくリボンのアイテムを付けていたからだそうです。また、英語に「Curiosity killed the cat」という英語圏では誰もが知っている句があります。「好奇心は命取り」といった意味で、例えば「それ以上詮索しないほうがいいよ」という場面において使われるので、この句そのものは少々ネガティブですが、ネコ=好奇心旺盛、知りたがり屋でどんどん突き進む、のようなイメージで知られています。それがわたしのエネルギーの元でもあり、モットーでもある「Curious/Curieux<仏>(好奇心旺盛)であれ」といったものとリンクしたのです。よく考えるとアラサーでKitty(だって、子猫ですよ!)と名乗るのも、はっきり言ってとんでもないずうずうしさですが、まあこれもNYで培われた大胆力ということで。




またHungry Kittyのfacebookページなるものにトライしてみようかと思い立ち上げました。FBのアカウントを持っていらっしゃらない方でも閲覧が可能です。気軽にコメントなども書いて頂けると嬉しいです!今まで少々はばがられていた「この人、食べてばっかり」を清々しくやっていこうと思いますので、ぜひのぞいてくださいね。だって、Hungry Kittyだからね。お腹すいとるんよ、いっつも。定期的なムービーの更新の他、世界中のフードに関する画像などをHungry Kitty記録ページとしてアップしていこうと思っています。





新しいホームページも立ち上げました。見所はなんといってもプロフィール写真とクロワさんの違和感。英語版ということで今回は現地友人たちから「アメリカではこれくらいじゃないと」評されたアメリカナイズバージョンで。そのうちナチュラルなものに変わっていたらその不評ぶりをお察しください。今回も前回のサイト同様、作成にあたり、わたしのとんちんかんな質問に根気強くお付き合い下さり、HP作成のご指導をしてくださった伊織さんに感謝します。











そういえば先日、ご縁があって戦後の日本と世界をリアルタイムで見てご活躍されていた日本人女性の方と個人的にお話をする機会がありました。もう30年以上ニューヨークに住まれており、世界的企業のプロジェクトのまさに中心となって関わられていたお方なのですが、時に世界と手を組み、時に戦い、国家的機密を保持し、歴史的な瞬間をご覧になった方のお話には、その光景が目の前に浮かぶような説得力があり大変感銘を受けました。70年代における日本の世界との関わり方は本当にエキサイティングだったようです。なによりまだインターネットなどもなく地球が大きく感じられた頃、ましてや戦後まもなく「アメリカでビジネスがしたい」とヴィションをお持ちになった、その女性の心意気にも心を打たれたのです。社会の教科書に出てくるような名の高い方々と直接交渉していた経験やキャリアを持ちながら、なんと気さくなお方で、その時彼女の隣にいるわたしは自分が発する一言一言がいちいち浅はかに感じられて、「わたしはなんたる、こむすめ(若いという意味ではなく、青いという意味で)なんだろう!」ととにもかくにも恐縮してしまいました。彼女はわたしが思うところの、本当のニューヨーカーだと思います。


ニューヨーカーの定義については冗談まじりに色々なことを耳にします。マンハッタンに10年住むことだとか、ロックフェラーセンターにのぼったことがない、個人の洗濯機を持つことが夢である(マンハッタンの大半の住居は洗濯機を置けず、コインランドリーを使う)だとか。わたしが思うに、一言でニューヨーカーをあらわすならば、ボーダレスな意識を持っている人。道徳的な響きが気恥ずかしいですが、言うならば地球人としての意識。人種や国籍を軽々と超えて、みなただ地球人としてそこにいる感覚を持っていること。NYにいると、誰かと知り合う時に異なる肌や目の色、言語はほとんどバリアにならない。会話がひとしきり終わって忘れた頃に「そういえば、オリジナルはどこから来たの?」と聞かれ、はじめて日本人であること話す、くらいのことがよくある。それがとても心地よい。


明らかに不十分な英語やアクセントがあってもだから、これはもはや言語レベルの問題ではなく、”みな同じただニューヨークにいる人”という意識を持つか持たないかの違い、そしてそこからくる振る舞いの問題のようです。誰かと知り合う時には欠かさず自己紹介をするのですが、NYに来てはじめのころ、名前を言った後、なにかの拍子に「日本から来ました」と添えて中学校の英語の教科書の定型文のような自己紹介をしたことがある。それに対し、数秒前に知り合った相手から「それってすごく違和感、みんなどこからか来てるんだから、あえてどこから来たのかを自分から早々に言わなくてもいいんじゃない?」と指摘されたことが今でも印象的に残っている。


わたしが思うニューヨーカーナイズとは、なにも露出に対して多少おおらかになり日中ビーチサンダルを履くことでも、夜な夜なヒールを履くのがうまくなることでもなく(そう、それはもれなくわたしが少しかぶれたことの一例だけど)このような、地球人であることへの共感を寄せることではないかと思います。


日本人としてのよい誇りと美徳は大切にしながらも、どこにいようが関係なく、アジア人だからとかアメリカ人だから、とかいったものを超えて、どこにいたってボーダレスに、身軽に、同じ自分で、自分らしくいられたらいいなぁと思います。普段より感じていたことを再び喚起してくださったこの女性に感謝し、このインスピレーションを大事にして、わたしも進んでいきたいと思います!


by akiha_10 | 2013-07-12 11:34 | NY Journal