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ニューヨークジャーナル 145

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毎週土日にやっているブルックリンのフリーマーケットに行ってまいりました。
この時期野外でやるのは寒いため、屋内でやっております。



ブルックリンに行くと急に街行く人のお洒落度があがります。ある一定方向の「ブルックリンスタイル」を装う群衆が集っているため、それはもはや没個性でお洒落とは言えないのでは?と言う方もいるとかいないとか。

ブルックリンのお洒落さんのことを度々「ヒップスター」というのですが、ヒップスターを構成する要素としては、「古着、ニット帽、分厚いヴィンテージサングラス、ハット、オーガニック、ポマードリーゼントまたは七三の髪型(男性)、普段着でもお洒落タイまたは蝶ネクタイ、ペタンコ靴、真っ赤なリップ」のような雰囲気です。


この演出的なお洒落は、個人的には下北沢、すこし大人っぽく洗練されると中目黒あたりに近いものを感じています。重ね着をし工夫をしたり、女性ヒップスターの場合、セクシーよりキュート、着崩して中性的な恰好をする方もおおいので、このお洒落の方向性は日本の感覚からすると親しみやすく感じます。わたしも好きです。


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会場食べ物コーナーでは日本食が大注目されておりました。
ライス&ミソ エヴリデイさんと ユージ ラーメンさん。
どちらも食させていただきましたが、ソウルフードでした。
ラーメンにムール貝とは洒落てたよ。







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かわいい生地を発見!!
綺麗な生地を見たら、どうするかはさて置き、とりあえず我がものにしたい衝動にかられてしまう。色使いと織の細かさ、素敵な生地です。うれしいうれしい!

クッションカバーかな?

バッグかな?











a0028990_4551637.jpgメトロポリタン美術館でDJ SPOOKYのパフォーマンス×映像上映の機会があったので行ってみました。DJと美術館、という取合せにクラブなの?美術館なの?とドレスコード迷走。どんな空気でも対応できるようクラッシィ・スラティー(上品でやや猥雑)でのぞんでみました。METにはこじんまりとしたコンサートホールがあり、そこで開催。「DJ」のほうにフォーカスした若い層と、「美術館」のほうにフォーカスしたインテリ大人、どっちつかずのクラッシィ・スラティーが混じりあい、この客層こそが面白かった。クラブ音楽と弦カルテットの生演奏、社会問題を問いただす映像を見ながら、そのうち大統領演説がラップになるんじゃないか、なんて思いながら鑑賞。なんでもミックス、その試みはNY的。
by akiha_10 | 2013-01-26 05:04 | NY Journal

ニューヨークジャーナル 144

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Language Exchange(わたしは英語が学びたくて、相手は日本語が学びたいという友達つくりの場)で知り合った、生まれも育ちもアッパーイーストサイドの五番街という生粋ニューヨーカーの友人との付き合いも長くなって来た。



NY、ユダヤ人で弁護士という、絵に描いたようなニューヨーカーの彼は理屈っぽく議論好き、ややシニカルで神経質「まあ肩の力ぬいて」と言いそうになるが、若きウッディ・アレンとも重なるパーソナリティーは世界をシャープに観察する情熱として映り、アメリカ人にはめずらしいくらい(というと失礼だが)繊細で魅力的な友人だ。感性豊かで、心のディティールを汲み取るのがあまりに上手なことを本人も知ってか知らずか、自分自身に対してのゲイ疑惑を検証しているところだという。最近会ったら、彼が描いている夢の香港勤務が叶うかもしれない、ということだった。






今やその目的よりも友情のほうが色濃くなってきているが、言語習得という点においても言語交流フレンドは双方にとって多少は効果的なようだ。

わたしは英語が特別得意でも好きでもなく(子音の多いその響きは好きだが)、大学で受けさせられたTOEICでは「つまらん。」とその場の空気に耐えられず開始20分で退出して原宿に出向いた。その日は、窒息寸前になる鬱蒼とした教室に二時間座っているにはあまりにももったいない金木犀の香る初秋だった。どうやらキャンパスの前から出ているらしい都営バスに、原宿を通る路線があることを以前からマークしていて、ずっと乗ってみたかったその念願の夢を叶えてみた。明治通りは無駄に混んでいて、地下鉄を乗りついだ方が遥かに速いだろう、馬場から原宿まで一時間強を要したが、よく晴れた午後、貸し切りの最後部座席でゆったりと東京見物する心持ちといえば、今まさに出所したところ、というほど清々しかった。目的地より、過程だ。くだんのTOEICといえば、マークを潰すため鉛筆を転がすことすら面倒で、スコアは言うまでもなくあえて履歴書に書いたほうがインパクト大になりそうな、なげかわしい惨憺たる結果であった。





一人旅が好きで、せめて旅行英語くらいはと、喋らざるを得ない状況は多少英語へと興味をむかわせた。「言語」という壁だけで、興味のあるもの、ツアーやレストラン、はたまた友達つくりやちょっとした恋の駆け引きなどに参加できない、またチャンスを逸してしまうことが自分で許せない。これはペラリーノになって言うべきことなので気がひけるが、「たかが」言語で世界の扉が閉じてしまうのが、自分にとって非常に悔しい。なぜなら「言語」は習得のスピードの差こそあるが、先天的な身体能力や才能を求められているものではなく、厳密に言えば「できない、喋れない」のではなく、「やるかやらないか」という自分の選択だと思っているからだ。いや、NYの逞しい人々に触れていると、向き不向きの資質はあるに越したことないが、言語に限らずほとんどのことは才能よりも「やるかやらないか」の問題だということを思い知らされる。






とにかく喋る環境をつくろうとバーヘ、レストランへ果敢に飛び込んで、机上ではなくストリートで、あくまでもFunやJoy、興味とセットで習得したわたしの英語といえば、今やコミュニケーションにはほとんど困らないが、文法や時制にあまりにも無神経な、ひどいJenglish(Japanese English:日本語の発想、通常英語ではそのような言い方をしない、日本語から直訳したようなセンテンスのこと)である。その口調といえば、おそらく日本語でいうところの「〜みたいな〜、っていうか〜じゃーん?」という、決して洗練されているとは言えないものだと自己採点している。ある時、とある知り合いのご紳士から「君はきちんと、美しい英語を勉強しなさい」と言われたことは印象的に胸に突き刺さった。しかしながら今のところ、頂いた推薦図書、シェークスピア原文は1ぺージ目を開いた瞬間速攻深い眠りへと落としてくれる超強力サーブの魔法の書となっている。奇しくも「マクベス」は前衛的移動型芝居「Sleep No More」と題して未だNYでロングランの最中であるが、わたしにとっては間違いなく「Sleep More」である。




携帯電話のマナーなど皆無のNYのバスに乗っていると、皆電話ごしに激しく喋り続けている。聴こえてくる言語といえば英語、スペイン語(かなり多い)、中国語、フランス語、イタリア語、よくわからない語、と一斉にバス車内に何カ国語も響いているのだ。NYでは英語を第二ヶ国語としている人があまりにも多く、よって聴く方もブロークンイングリッシュを聞き取るのに慣れていて、非常に寛容である。





興味深い話を聞いた。
ネイティブ以外で英語を喋る(レベルは関係なく)外国人で、こんなにも申し訳なさそうに英語を喋るのは日本人だけなのだそうだ。たとえばフランス人やメキシコ人、中国人は、どれだけひどい英語でも、「僕たちは母国語以外に、英語も喋れちゃうんだぜ」と自身満々なのだそう。一方、わたしもその気持は分かるが「わたしの英語、充分でなくてすみません、これって間違ってますよね?」という、謙遜や相手への配慮ともいえるが、ほとんどの場合心理的恐怖といえるものが私たちについてまわる。些細な差だが同じスキルでも「少しだけど英語が話せる!」と思うか「少ししか英語が話せない」と思うかの違いだろう。いかに言語を効率的に習得できるかは、いかに精神的、心理的な壁を克服するか、と例のご紳士の指摘。勢い良く言語習得するには、間違えて当たり前、という厚かましいくらいの態度のほうが丁度いいのかもしれない。まずはなんとか通じればよいのだ、という「英語を喋る」という意識より、「コミュニケーションを図る」ということに重きを置くのは悪くないと実感している。




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友人の彼の家のリビングに飾ってある、伝説的レストランのメニューの数々。食いしん坊のわたしにとってはあまりにも奇跡の巡り合わせだが、彼のお母様が世界で名の知れたレストランジャーナリストで、NYのみならずフランスをはじめ世界のトップシェフと顔見知りなのだそう。どうりで彼がレストランに詳しいわけだ。幼少期からジョエル・ロブションやジャン・ジョルジュと面識があるという、どこまでもゴシップガールならぬゴシップボーイっぷりについ笑ってしまう。それは表面的なスノビズムではなく、本物のおぼっちゃんだと度々知らされるのだ。






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彼が「明希葉っぽいから」とくれた本「小麦、水、塩、イースト菌」は非常にナイス。これなら勉強文献として悪くない。って、パン用語ばっかり妙に詳しくなって実用的でなかったりしてねぇ。










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食べ物ついでにいうと、ヘルス、クオリティコンシャスなNYでは洗練された駄菓子が多いのだが、大好きなのはFOOD SHOULD TASTE GOODのチップスやSIMPLY 7のシリーズ。POMEGRANATEのチップスの美味しさには思わず声をあげた。POMEGRANATEはザクロのことだが、実感として今NYでホットな人気食材だ。以前にも紹介したBruce Costの生ジンジャエール、Mast Brothersのチョコレートなど、食品に関して生産者や創業者が大々的に表に出るのはアメリカらしさだと思う。













今週はブルックリンでライヴ!
ザックのプロジェクトイメージが「スタイリッシュ」なので、お得意のりぼんも、森(もう古い?)的要素も封じてみたんよ。
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by akiha_10 | 2013-01-23 14:31 | NY Journal

ニューヨークジャーナル 143

美しいものを見ると、それらを側に置いておきたいという欲求に降伏せずにはいられない。
とりわけ帽子とジュエリーとなるとイタリア艦隊なみにあっさりお手上げだ。

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ヴィンテージジュエリー。
60年代のものらしい。そういえばブローチってあまり付けている人っていないような気もする。わたしのたからもの箱を開けるとブローチが多い。アクセサリーというより、ものとして立体的で綺麗なものが多い。だからたのしい。美術品のような感覚だ。








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ヴィンテージのものは留め具の部分が弱く外れやすくなっているものも多い。大好きなブローチを二度も落として無くして泣いたことがある。なにかよい工夫を知らないか、と店員さんに聞いてみた。ピンを洋服に通したあと、厚みのある輪ゴムを切ったものを針に通しておくと、金具が外れてもゴムがストッパーになるから落とす確率が減る、ということだ。このショップに通う、ヴィンテージジュエリー好きのマダムの教えだとか。実際にお店でやってくれた。金具を外した状態でぴょんぴょん跳ねてみてもゴムががっちり守ってくれる。こりゃいいや。ゴムの欠片もサービスしてくれた。










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帽子。
Selima New York
眼鏡デザインSelimaOptiqueも積極的。デザイナーセリマがなんて素敵なこと!リヴィエラア出身のとても可愛いらしい、ジュリエット・ビィノシュを思わせる女性だ。
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靴。
レインブーツを探していた。
いかにもスウェードの見た目なのにラバーだという面白い素材を発見。
しかもプラスティックのりぼんが付いていてキッチュ。
かわいい!と思ったら夏に心酔していた
ヴィヴィアン×メリッサの同シリーズであった。
履き過ぎてパーツがもげてしまったサンダル。
このブーツは雪の日もたのもしい。











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タイツ。
GiGiKというタイツ、靴下専門店。
精巧に編まれたもの、膝上だけレース、という可愛さとセクシーのちょうど真ん中をゆく、気の効いたデザインが豊富。ANTIPASTの靴下よりはマニュファクチュアを感じるけれども、アンティパストの靴下を手に取った時以来の感動を体感させてくれる。
行く度に「わお!!」と興奮するのだが、この緻密さと可愛さはMADE IN JAPAN。ということは日本でも買えるのか。オーナーはコリアンの女性、センスよいです。ただ、興奮して買ったレース編みも、ディスプレイのスラリとしたおみあしが履いたのと、わたしが履いたのとでは柄の幅が随分ちがう。様子がおかしい。



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でも履いちゃう!
自分らしく自分の好きなものを存分に楽しむNYでは
よしということにしておこう。













好きなものに囲まれる恍惚感、
ふんわりとした幸福感は誰にとっても聖域だと思っている。
今は亡き門司の祖父は、帽子と金のジュエリーと杖を
コーディネートし、誰に会うわけでもなく
しゃれた喫茶にひとりで珈琲を飲みに行っていたらしい。
幼少の記憶をたぐれば、
彼は芸事が好きでいつもニコニコ、
社会的存在として、また夫や父としての評判は
いまひとつ、いや、いまふたつだったが
大好きな帽子とジュエリー、杖にかわってバッグを身につけて
ひとりでコーヒーを飲むとき
「おじいちゃん、わかるよ。」とわたしは宙と交信しているのだ。
わたしたちはいい友達になれそうだ。
by akiha_10 | 2013-01-13 08:04 | NY Journal

ニューヨークジャーナル 142

明けましておめでとうございます!
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アメリカのニューイヤーは31日が半日営業、1日がお休み、2日から始業というあっさりとしたものでしが、ニューイヤーズイヴ(大晦日)は街中が盛り上がっておりました。


タイムズスクエアのカウントダウン、ゲストは今年の顔、ということでCall Me MaybeのCarly Rae Jepsenさん、江南スタイルのPSYさん。カーリーのCall Me Maybeは去年の春頃から、お店やレストラン、ラジオから聴かない日はないといっていいほど毎日必ずどこかで流れていたような気がします。実感として、意識せずとも昨年一番耳にした曲でした。

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Call Me Maybeを使ってのパフォーマンスビデオがものすごい数で創られ、話題になったものも多かったように思います。「うちの同僚が出てるんだけど」とアバクロでお務めする女友達がおすすめしてくれた動画。美しいアバクロボーイたち(総ゲイ)が出演です。きっと男性の視聴者のほうが多いんだろうなぁ。



ちなみに、このアバクロ販売員の友人に質問してみました。銀座店に行ってもわかりますが、アバクロで男女共にグッドルッキング(外見よし)なのは、採用基準が「アバクロを広める広告として相応しい姿形であること」と、やんわりと、しかしはっきりと外見がひとつの条件だからだそうです。モデルエージェンシーみたいなものですね。



以前よりはオープンマインドになっていると思いますが、アバクロやホリスターが若干、外見至上主義、人種差別寄りだとささやかれているはよく耳にしていました。本来アバクロは「白人」のかわいい男女につくられたもの、というこだわりをお持ちだったようで、それによってアジア進出も長年ためらわれていたとかなんとか。社内ではこのこだわりをブランド・ポジティブと呼んでいるようで、ブランドイメージを常に保つためにクールなモデル、店員を採用し、彼らの業務内容に暗にスタイル維持や体重の管理も含まれるようです。その哲学は賛否あるでしょうが、もし誰かにとって憧れでありクールなブランドならば、その徹底したブランディングはビジネスとしては今のところ成功と言えるのでしょう。


そんな友人といえば「I hate carbo(炭水化物)!」「I hate butter!」と高カロリーをとことん避け、そのプロ意識はすばらしい。一緒に食卓を囲んだ時、その食欲っぷりから、まさかのアメリカ人からミニダイナソー(恐竜)と呼ばれているわたしの隣で小鳥のようについばむ彼女の姿を見て、自分についてなんとも野蛮な気分になったものだ。そんな0号(洋服のサイズ)の囚人となったリアル「プラダを着た悪魔」の世界を生きる女子ですが、そんな彼女の、多感なティーンエイジャーのようなモデル的振る舞いも、男性方は眉をひそめながらも美人だから許す、といった空気です。そんな彼らがたまたまアバクロを着ていたというのも出来過ぎた話。









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今年も、一日一日に感謝、
ああ愉しいな、ああ美しいな、
ああなんだか淋しいな、もやっとするな、
といった感情の断片や深層を静観し
すべて生きている証だと、
心底喜びます。
Life is Comedyと心から言えるよう、
自分の厚かましい明るさをもって
何事も笑い飛ばします。
美しいものにたくさん触れます。

日々のどんな小さな事でも、
笑顔になってもらえること、
喜んでもらえることをしていきます。




みなさんにとっても素敵な一年でありますように!
どうぞ宜しくお願いします。
by akiha_10 | 2013-01-08 03:29 | NY Journal