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ニューヨークジャーナル 141

先週のライヴ、ダウンタウンのRbarでのひとこま。
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キーボードに誘ってくれたのはエレクトロニカダンスミュージックを追求するザック(センター)。夏の終わり、たまたま同じ音楽イベントに来ていて話が弾んだところから交友がはじまる。音楽も映画もよく知っていて、なにより彼のパーソナリティといったら、ニューヨーカーにはめずらしいくらいあったかい。NYの交遊関係といえばフレンドリーではあるがSuperficial(表面的)な付き合いも多く一期一会を楽しむタイプも多い。わたしは自分はこの世の観光客、旅人だと思っているので、人との出会いはそんなもので執着せずともご縁のある人とはまたどこかで会えるだろう、くらいに思っている。だからNYのそういったさっぱり感は基本的には性に合っていて、みなそれぞれ自由で結構、とその冷淡さに傷付くこともない。とはいえ、そんな淡白ハートが多い中で、数少ないあったかハートを感じることのできる彼に出会えたのは嬉しい出来事だ。

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アカデミックな知識はなくコードも楽譜も苦手なわたしが言うのはなんだが、彼も負けず劣らず感覚で音楽を創っている。おそらく、音楽が好き、クールに自己表現をしたい、ただそのピュアな気持だけで突進している。それゆえ音楽は少々荒削りだが、なにより彼の情熱と、月に何本もライヴをブッキングしてしまえる彼の行動力はすごい。「本当に音楽が好きなんだなぁ。」というまっすぐさに心を打たれてしまうのだ。耳も目も肥えたNYは言うまでもなく一流好きだが、もう一方で情熱やまっすぐさもあたたかく評価する街だと思う。わたしの音楽をアメリカ人らしく大袈裟に褒めてくれキーボードにお誘いしてくれた。とにかく、もう、とってもいい奴なのだ。それにしても、クレイジーなオーディエンスを前にしてのステージは楽しかった!




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a0028990_1553418.jpgNYにはしっかりとしたライヴハウスもありますが、音楽を聴く環境とお酒を飲む場所とはかなり密接です。なので、バーにパフォーマンスステージがある場所がたくさんある。しかしこのライヴハウス×バー、かなりディープ。ポールダンスのためのポールあり、妖艶なアートありでかなりファンキー。どこからともなくポールダンサーが現われクルクルとまわっていました。気付けばバーカウンターでパフォーマンス。これ、みなさん普通に振る舞っているけど異質な光景よね。だって、今ワインを飲んでいるバーテーブルのすぐ横で、たよりない面積の布一枚を覆ってポールダンサーがシルクドソレイユですよ?しかも食べ物を置くテーブルの上ですよ?(←日本人的感覚)こういう景色に慣れてしまう、これだからNYってこわい。



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蛍光に輝くボディペイントも開催中。上半身裸にペイントするので、ペイント中はバーの真ん中でしれっと女性は裸です。背中にジョン・レノン、前部分は胸の部分がぴかぴか輝いていました。ポールダンサーがくるくるとまわり、若者は男女入り乱れて上半身裸、そんな中わたしはザック作の曲「コケイン!」をザックと相方の鍵盤、ケイティと一緒になって奏でていたのですが、なんだか…なんだか…60年代ですか!?ウッドストックですか!?ととても印象的な夜でした。







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くるくる。ポールダンスレッスンは今NYであついエクササイズのひとつです。
女性のバチェラーパーティー(新郎新婦ともに独身最後の夜、同性の友達と思う存分楽しむクレイジーパーティー。男性はジェントルマンズクラブ(ストリップクラブ)に行くのが定番)でセクシーなポールダンス体験レッスンをパーティーの序章に組み込む女性も多いとか。一体どこにむかっているのか謎ですが、この世の観光客としてポールダンスレッスンにわたしも挑戦してみたら楽しかったので、たまに出向いています。





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出演者より派手な、おもいおもいに盛り上がっている…



お客さん?






ステージに導いてくれたザック、ありがとう。来月はブルックリンでのライヴもサポートします!たのしみ。
また別の夜、デモテープを聴いてくださった方がイベントでクリスマスソングを唄う機会を急遽無理にねじ込んでくださったものの、当日スケジュールが押して結果唄う隙間なし。きっとまた!

今年は大好きなNYに果敢に飛び込み、めいっぱい探訪したくさん観察させていただきました。これこそ、わたしの情熱の核でした。表面的でも深くでも、友達、知り合いになってくれ、わたしを導いてくれたすべてのニューヨーカー、日本であたたく見守ってくれている事務所のみなさんや家族や友達、ブログを読んでくださるあなたに。


今年も毎日ニコニコで過ごさせてくださり、本当にありがとうございました!


NYの厳しくもあたたかい懐の深さを知った今、来年は音楽的な年にします。
でわ、素敵な新年をお過ごし下さいね!
by akiha_10 | 2012-12-31 16:34 | NY Journal

ニューヨークジャーナル 140

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アメリカのクリスマスにお邪魔しました。ニューイヤーがあっさりしているぶん、サンクスギヴィングやクリスマスが大きなホリデイであり一大家族行事であるアメリカ。


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知っていましたか?アメリカではツリーを飾る時、生モミの木を使うのが本流らしく、12月に入ると街中の道端で木が販売されています。よいしょ、よいしょ、と担いで帰るお父さんやカップルの姿もよく見られます。

これって、、、毎年変える、しめ縄みたい!



神様ちがいでも神聖なものを祭る時は洋の東西を問わず新鮮なもの、自然なもの、が好まれるようです。しめ縄にもあるようにもちろん人口ツリー(日本ではこれが主流ですよね)があるのですが、それを使っていると若干の後ろめたさがあるようで「ま、ないよりいいでしょ」というような雰囲気です。

生モミの木はクリスマスの後どうなるのか?と尋ねてみると、どんど焼きのような気のきいたものはなく、ニューイヤーが終わるころからただただ道端にごろごろと使用済みの木が散乱するのだそうです。ざつ。その捨てられた木々は、ホリデイも終わり厳しい冬を迎えるという暗示であり、文字通り「祭の後」の哀愁すら放っているそうです。それらはゴミ収集車が拾って廻っている、という話。


それぞれゲストは家庭に着くなり、木の下に持参したプレゼントを配置。

これって、、、正月の時仏壇にお供えする菓子折りみたい!


たくさんの数のプレゼント、夢があります。こちらでは、一流のお店やデパートをのぞいては、美しく包装してくれる店が少ないため包装紙やプレゼントグッズが豊富なんですね。DIYの精神。より豊富なプレゼント感を出すために、クッキーやらジャムやらもわざわざ別に包んで、数稼ぎするのも大事な演出のようです。

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クリスマスイヴの夜、寝る前にサンタさんのためにクッキーと一杯のミルクをツリーの側に置きます。


これって、、、神棚にお供えするごはん山みたい!


ってサンタは神様じゃないけどさ。「で。これ誰が食べるん?」と野暮なことを聞きそうになったけども、全員が成人しているこの家庭において、未だにこの風習って、なんだかかわいい…。日本の神棚のお供えのごはん山について「誰が食べるん?」と聞くのが野暮なくらい、この国ではこれが風習なのだ。きっとサンタを大事にすること=クリスマスを大事にして祝う=キリストを大事にすること、になるんだろう。

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クリスマス当日の午前、教会へ。神父様のお話を聴き、聖歌を唄い、聖歌っていいメロディーが多いんだよね、などとしみじみ思いました。「もろびとごぞりて」の出番になって、サビパートの日本語の歌詞「主は来ませり」の大胆の歌詞の当て方に想いを馳せました。幼いころ、漢字も読めず、「主」も、「来ませり」も日常会話としてはまったく馴染みがないので「シューワっ キーマッセ リィ〜」はなにかの呪文かと思っていた。なんかキマセリ的なものがシュワシュワしとるんかなーと。しかしなにより「キーマッセイッリー」のハッスル具合とか、ぜったい恥ずかしい。その前までよかったのに急に張り切っちゃってどうしちゃったの。そこだけ小声作戦しかない。この恥ずかしさを英語だと共有できないのが残念でならない。




教会に行くクリスチャンが皆献身的かといえばもちろんそうではなく、若い世代は神様だとか宗教とかまだ実感がないよう。若い層は「あーめんどくさい教会!」という本音があり、「はい!行くよ!」と親に連れて行かれるという姿を見て、これがリアルなところだろうなぁと観察していました。


どのような形であれ、どの神様であれ、これといって神様の姿形がなくとも、目に見えないなにかがひょっとしたらあるのかもなぁ、などという実感は、救いを求めるような精神に直面し癒しを感じた時や、身に起こる事がメッセージだと実感した時、自分以上に守りたいものができた時、自然の畏怖を感じたり、または奇跡のような巡り合わせや一体感を通して感じるものでしょう。信仰は洗脳でない限りは自分の中に見出すものでしょうからね。


a0028990_2879.jpg教会から帰ったらメインイベント、朝食もそこそこにプレゼント開封タイム!家族みんなリビングに集合。プレゼントには宛名が書いてある。

Akhia……



おしいっ!



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日本だと品性を問われそうですが、大人だって、プレゼントをビリッビッリに破きます。これは、ラーメンをずるずる鳴らしながら食べることが「おいしい!」という表現の一環である日本に対してこちらでは音を立てることはマナー違反であるのと同じで、プレゼントのビリビリはアメリカの「楽しみでたまらん!」のわくわく感演出のひとつなのかも。多分丁寧に開けるに越したことはないと思うが、ビリビリでもさほど問題なさそう。




チョコから靴下、セーターなど小物から大物まで含めてプレゼントが複数あることが楽しさを倍増させるようで、ひとりあたり抱えるほどプレゼントをもらうクリスマス、開封だけで随分と長い間盛り上がりました。封を開けるなり「サンクス、マーム」と友人のアニーが言う度に、彼女の母親が「サンタ。」と釘を刺し、「サンクス、ダード!」と言う度に、父親は「サンタ。」と釘を刺し、何度かそのやりとりが繰り返されるのを横目に見ながら「もうどっちでもええんちゃうん」とつっこみを入れたくなる微笑ましさがありました。ちなみにアニーも立派な成人。



ところで、子どもの時に何が欲しかったかという話に。


a0028990_2111747.jpgアメリカでバービーと入れ替わるように人気になったのはアメリカンガールとよばれる、約45cmある人形なのだそうだ。日本の感覚でいうと、やや恐。髪の色から目の色、人種設定までたくさんの種類があるところはさすがアメリカ。店内には人形の髪をセットしてくれる人形サロンがあり、人形と一緒にお茶を飲むことができるカフェがあり、人形と一緒に映画を見る映画館までもある。さらに、人形とお揃いの服で出歩けるように、同じデザインの子ども用の洋服まで売っている。その夢の世界の徹底ぶりはただただすごい。というかやや〜わりと恐。しかし、なにより独りっきりで人形と遊ぶことが楽しかったわたしの幼少期(暗っ)を思うと、もしアメリカで育っていたらまずはまったであろう。Ilona Szwarcが撮っているアメリカンガールと少女達の写真は印象的です。




アメリカンガールはなんとこれまで、800万体以上の人形と9000万冊以上の書籍を販売しているという人気ぶり。ものすごい数の種類があり、またカスタマイズも可能。人形のシリーズ名が"Just Like You"となっていることからも、子どもたちは自分に似た人形を選ぶのだそう。バービーのように容姿端麗で王子様を待つ女の子とは対照的に、現代を自分らしく生きる「 アメリカの等身大の女の子」をコンセプトにしているという。


自分らしさと言えば。つい最近セレクトショップ、バーニーズNYがクリスマスコラボレーションでディズニーと組んで「ミッキーミニーのランウェイ」というスペシャルアニメーションを店頭で流していたところ、そのモデルミニーの激細ぶりに抗議が殺到した。「「人気キャラクターたちの体形をガリガリにしてアピールする行動は、子供たちに悪い影響を及ぼす。将来の拒食症にもつながる行為だ。自分自身の体型にあったドレスをキレイに着こなすことこそが、夢や自信を与えることになる」と、店頭での上映を止めさせる署名が立ち上がりなんと14万人以上の署名が集まった。上演開始してまもなくして、バーニーズはこのアニメーションを流すことを中止した。


ちょっと過剰反応な気もするが、こちらがそのアニメーション。





体型など気にせずピチピチのTシャツやセクシーなドレスを堂々と着るアメリカにおいて、生まれて来た本人の姿やオリジナリティや好みを尊重しない哲学はまったくもって支持されないようだ、NYではなおさら。服装のことだけでなく、全般に言えるアメリカの皆が持っているこのオンリーワン精神。日本から遊びに来た友達が度々言う、日本人の謙虚さと比較すると羨ましいやら、時には厚かましくすらある「こっちの人のこの自信はなんなんだ!」というこの自信について考える。これは、なにか本人達が具体的になにかの自信がある、というよりも日頃刷り込まれている「あなたは特別」「あなたらしく生きなさい」という自由の国に度々発信されているメッセージがそうさせている。もちろん多民族の国ではっきりと自分を主張しなければ、生き抜くことができないという、サヴァイヴ力もその強いパーソナリティーを育てているのは間違いない。激太りしたって、捕まったって、スキャンダルがあったって、「これがわたしだもの!」とそれすら人生ドラマとしてエンテーテイメントへと昇華させてしまえるミュージシャンやセレブリティの逞しさしかり。ここまできたら痛快だ。人格や表情は、日頃どんなもの、どんな周りに囲まれているかという習慣の影響を多大に受けるものだと思うので、堂々としている姿を美しいと讃えるメディアや親の教育、街の人々のそんな姿を見てそうなるのではないか、とわたしは思っている。







男の子にとっての人気のプレゼントはどうかと聞くと、わたしたちの世代の定番のプレゼントリクエストはテレビゲーム系だったようです。アメリカでファミコン(初代ファミリーコンピューター)のことはNintendoと呼び、スーパーファミコンのことはSuper Nintendoと呼ぶのだそうです。ちなみにGame Boyはそのまま。ということは、使い方としては「クリスマスに何が欲しい?」「任天堂!」というわけです、なかなか大胆な響きです。ファミコンの接触不具合の時、カセットの下の部分をふーふーしたかを聞いてみたら「もちろん!」とのことです。なんかおかしいね。




もうちょっとで2012年が終わるねぇ。
by akiha_10 | 2012-12-29 02:20 | NY Journal

ニューヨークジャーナル 139

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METにマティスの絵を観に行ったらすばらしいツリーに遭遇しました。美術館に相応しい見応えと重厚感があります。オーナメントの天使と下に飾ってあるキリスト生誕の物語を表現している人形は、すべて本物のアンティークという高価な美術品なのだそうです。傷んだ部分などを多少補修してはいるものの、もともとは18世紀頃のイタリアのもの。毎週、美術館が遅くまで開いている金曜日と土曜日の夜に行うライトアップしているそう。天使の顔の部分やキリストの人形のあたりにライトがあたるように微調整までしているという、さすが世界の宝箱、メトロポリタン美術館!















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どこを歩いてもウキウキするNYの街並!













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先週行ったスカーレット・ヨハンソン主演、テネシー・ウィリアムズの戯曲「CAT ON A HOT TIN ROOF(熱いトタン屋根の猫)」。現在は本公演になる前のプレヴューらしいです。 ブロードウェイではミュージカルもストレートプレイも、このプレヴューと呼ばれる、正式なオープン前に本番と同条件で実施されるリハーサル公演が1ヶ月ほど行われます。その間に演出の変更、脚本の変更など本番に向けて調整されるのですが、プレビューとはいえもちろん手抜きはなしです。正式オープン後に観ると、全く違う作品になっていることもあるそう、修正しきれず評判があまりに得られないとプレビュー中に公演が終わってしまうこともあるとか。



スカーレットは映画「ゴーストワールド」の時から好きなのですが、どんどん色っぽくなっていきますね。ケイト・ウィンスレットと同様だらしなさギリギリの色気を放っています。生ヨハンソンもそれはそれは素敵でした。そのハリウッドの華やかさに、「でてくるだけでOK!」とミーハーになりそうなところ、彼女の演技力にも魅了されました。決して舞台向きの通る声とは言えませんが、本作品の愛欲に飢えた美人妻、というキャスティングもぴったり。一幕目の1時間はほぼ彼女の一人芝居といっていいほど彼女の早口のダイアログでストーリーが展開。これは本当に圧巻でした。映画を観たことがあったのでストーリーは知っていましたが、50年代の非常に古い言い回しや、南部の訛、当時の時代背景を知らないと笑えない部分も多く、どれだけ見栄をはっても、まあ50%くらいは理解できたかなぁ、という語学的には難易度の高い芝居でした。それでも彼女のビッチ具合をライヴで拝めて満足!


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知り合いがジャズトランペット奏者Chris Bottiのサポートでギターを弾くというので、久しぶりに「Blue Note NY」に行って来ました。毎晩カジュアルに気軽に音楽を聴ける贅沢な環境があるNYで(ブルーノートですらイベントによってはカジュアルな値段なのですが)足が遠のいていましたが、やっぱり久しぶりに総本山に行ってみると単純に音響設備が格別でした。そして集まるミュージシャンたちも腕という点でいうと、最高峰。Chrisの公演はブルーノートNYでは12月の風物詩らしく、一ヶ月ほど毎晩二回公演という人気ぶり、すごい。NYのブルーノートはもちろんその場所のレジェンド感と重みはありますが、「Jazzを聴きに特別お洒落をしていく」というような、日本ほど空間としてアップスケールな場所ではないんですよね。むしろジャズはストリート色が強いんだなぁ、とこの街に来て改めて思います。

久しぶりに音楽で泣きました。
by akiha_10 | 2012-12-28 06:52 | NY Journal

ニューヨークジャーナル 138

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NYが一番輝くクリスマスシーズンです。
言わずと知れた五番街は宝箱をひっくり返したような(文字通り宝がたくさんある場所ですが)美しさです。人々といえば、サンクスギヴィングから続くホリディムードで、いつもにも増して楽しげ。



ソーホーで行われたクリスマスチャリティイベントに潜入してきました。有名ファッション雑誌の撮影で使われるフォトスタジオで行われるというソーホーらしいパーティー。チャリティ基金を集めるためのオークション(チャリティ系パーティーでは定番)あり、盛り上がってメイクアウト(いちゃつくこと)ありのクリスマスらしい風景!

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ゲストの多くが学生の雰囲気を残した若い層で、若いのにとても質のよいドレスや靴をお召しになっている。それが一目瞭然だったので「どうしてこんなにゴシップガールがいるの?」と友人に尋ねてみた。

いい嗅覚だと褒められたが、来客層の若さの理由はチャリティイベント主催者が若干26歳のマットだということ。そして、マットがそうであるように、ゲストの大半がウィリアムズ大学出身。マサチューセッツにあるウィリアムズ大学はアイビーリーグではないが、それに匹敵する教育レベルで、全米トップレベルのリベラルアーツカレッジらしい。見るからに、お育ちの良さそうないいところのお嬢さん、おぼっちゃんが集結している。親も由緒正しく裕福であれば、その子どもたちもまた自然な流れで待遇のよい職につくという、富が集まるところにはまた富が集まるという、自然の摂理というべきか、アメリカの格差を生む一端を垣間みる。


目的は医療機関への基金集めであるが、悪酔いをしそうなカジュアルなワインが振る舞われて参加費は85ドル(チャリティパーティーにしてはカジュアル)。NYで開かれる多くのパーティーにつく、もはや枕詞となっている'チャリティ'意欲には目を見張るものがあるのだが、もしかしたらNYでチャリティパーティーを開くこと、開けることは一人前の、サクセスしているリッチな大人の証、ソーシャライツとしての嗜みであり、主催関係者にとっても、また参加者にとっても、そこに参加することや意義もふくめ、本人達の一種のプロモーションでもあり充実感にもなっているのかな、と一方で思ってきた。どのような目論みであれ、交流の場を提供し、結果的に、より多くの方に幸せが循環するならば、すばらしい。


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ふとアメリカ人の友人が発した「ね、ブロンド率が高いでしょ」という発言は物議を醸しそうだが、これもまた根強く残る、イメージによるアメリカの標準的な意見なのだろうなぁ、としみじみ感じた。ブロンド=裕福なヨーロッパルーツの娘(映画やドラマではしばしば、ブロンド=クイーン的華やかさがあるがちょっぴりオツムが弱いキャラで描かれることも多いが)というNYらしからぬステレオタイプな考え方である。





こういった人種主義的優生学は、もちろんどこでもだが、NYではなおさらタブーである。しかし多くのニューヨーカーは、思想の強弱はあるにしてもリベラルに傾倒しながらも、移民たちがひしめき合うNYで、実はものすごく自分たちのルーツやプライドを意識しているようにも感じてくる今日このごろである。そういうものは、改めて語らなくても、何気ない発言や仕草に現れる。そして、タブーという緊張感があるからこそ、問題発言のかなりギリギリ手前の辛辣な人種系ユーモアや笑いがこの街に溢れていることにも気付く。それがスレスレセーフであるほと面白いのだ。


ちなみに実のところ、アメリカには本当のブロンドはとても少ない。上記のようなイメージを知ってか知らぬか、また『紳士は金髪がお好き』というマリリン・モンローの映画にもあったように、女性の美しさの象徴としてブロンド信仰は未だ根強いのか、もとはブラウンやブルネット(焦げ茶)の髪の女性でも、わたしたちが美容院で髪を明るくするのと同じ感覚で、女性達はかなりの確率で金髪に染めているのだ。


女優のジェシカ・アルバ(もとはブラウンへアー)が役のために金髪にした途端に、バーやレストランで信じられないほどいい待遇を受けてモテモテだった、というインタビューを読んで印象的だった。ちなみに、普段の何気ない会話で「デートしている子、どんな子?」と男性に聞いた場合、その女性がブロンド(または偽ブロンド)である娘に限ってのみ、「うーん、すごく素敵な子で背が高くて、ブロンド」と髪についての言及を付け加える傾向にあることに気付く。

ブロンド率は全世界で2%にも満たないこと、プロンドは劣性遺伝(遺伝能力が弱く、父母ともにブロンドの遺伝子が必要)という事実を見ると、単純に生物界に存在する自然な欲求、希少なものへの憧れ、また生物として、雄として、熾烈なサバイバルの中で、より希少性価値の高いパートナーを獲得するという男性本能に訴える要素のひとつとして「ブロンド」なのか、というふうに取ることもできる。(ちなみに女性が男性に対してブロンドをより好む傾向はあまりない。まあ、これも男性が女性に対してより外見に求めるものが多いということの現われなのでしょうか。)これは、美の基準としてブロンドが一番ということ(人によってははっきりとした好みを持つ人もいるが)、そういった順位の問題ではなく、ただブロンドはやはりちょっと特別な印象を残すということは事実のようだ。



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パーティーファッションチェック!
個人的に気になっていた素朴な疑問。真冬時のパーティー、ドレス(英語ではどんなものであれワンピースはdressと言います。ハイブランドでもユニクロでもひとつなぎのものは、ドレス!)の下にストッキングやタイツを履くのだろうか?

というのも、ドレスによってはストッキングを履いた途端にとてもやぼったくなる。そして パーティーに映えるお高めなパンプスはストッキングを履くと滑って脱げてしまうものが多いような。でも、寒いよね?みんな、どうしてるの?

で、ゲストの脚に注目してみました。a0028990_4383939.jpg


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完全に脚フェチの怪しい人。
真冬でも素足多数!
高級パンプスを履いた日に、寒い外なんか歩くもんですか、xo!なんだね、と勉強させていただきました。









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男性方のファッション。クリスマスシーズンになるとやたら見かける、やぼったーいダサイ柄のセーターを着た方々。雪だるまどーん、となかいどーん、といった模様の、おばあちゃんの家のタンスから出てきた、防臭剤の臭いがしそうな超カントリースタイルのこのセーター。映画やドラマでもよく見かけます。



実はこの類のセーター、数年前からのトレンドなんですって。「どこで見つけたの?」というような、いかにダサイセーターを着るかという謎のトレンド。もともとは、毎年クリスマスパーティーで大勢が集まった時に、誰か一人はやばいセーターを着ている、「ピーターのセーターだっさっ!」というような冬の風物詩だったようですが、それを逆手に取って、自らダサダサにキメこもうという流れのようです。「Ugly Sweater Party」や「Ugly Sweater Contest」とダサさを競う催しもあるくらいなのですが、わざわざ競わなくとも、もともとダサめのアメリカなんだけどなぁ、と個人的には思う次第であります。

アメリカ人男性の中では、お洒落はゲイのもの、のようになっていてストレート男性は粧し込むことを敬遠する傾向にあります。というのは実はエクスキューズで、ビールを飲んでフットボールを見れば幸せなアメリカ人男性にとって、お洒落なんてただただ面倒くさい、というのが本当のところでしょう。わたしが日本のメンズ雑誌をアメリカ人に見せたところ開口一番「これ、ゲイ雑誌?」と聞かれたことはインパクト大です。わたしは男女ともに日本人全般に見られるお洒落さ、清潔感を誇りに思っています。



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にや。
漆黒に伸びゆく黒髪ジャパン。海外にいる日本人女性の多くが黒髪ロングになるのって、なにも狙ったものではなく「どこの美容院がいいのかな」ともたもたしているうちにタイミングを逸して知らぬうちにロングに、黒々しくなっているのではないか、と今実感として思う。前髪を自分で切るのにも慣れてしまった。って無頓着なわたしだけかな、、、ぬーん。
by akiha_10 | 2012-12-23 05:12 | NY Journal

ニューヨークジャーナル 137

先月サンクスギヴィングでニューハンプシャー州にお邪魔しました。NYからボストン(バスで4-5時間)、そこからさらに車で1時間くらいの小旅行。


ちょうど旅行のタイミングなどが重なり、サンクスギヴィング(感謝祭)をアメリカで過ごすのは実に三度目。スーパーや地下鉄で「Happy Thanksgiving!」と嬉しそうに声を掛け合うホリデイムードはいつも気持を明るくさせてくれます。

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感謝祭おなじみのメニュー。ターキーと、かぼちゃ、スイートポテト、じゃがいも三種のマッシュ(そんなにイモイモ?)、グレイビーソースをかけて頂きます。デザートはパンプキンパイ、スイートポテトパイ(またイモイモ?)と、むしろイモ祭ではないかと思うイモづくし。まさに秋の収穫祭、とってもおいしいです。



アメリカの家庭にお邪魔していつもぽぅっとするのは、テーブルコーディネートや調度品の美しさ、趣味のよさ、遊び心。クリスマスシーズンの今といえば、これでもか!というほどのツリーのオーナメントやデコレーショングッズ、またプレゼントのラッピングが街中に溢れかえり、人々はその演出に渾身の力を注いでいるように感じられます。楽しく、そしてアメリカのよきセンスはわたしを高揚させます。もうひとつ、わたしがアメリカの家庭に招かれ(すべてのお宅ではありませんが)感心させられるのは、ベッドメイキングの精巧さ。一般家庭でもホテルのように、シーツや布団の上から何重にも美しい布が配置されており、すこしずつ柄の違う、だけど全体として均整のとれたクッションカバーを被った、どうしていいか分からない無数のクッションがベッドの上三分の一を占拠しています。


その美しさは評価する一方で、毎朝これをきちんと整えるこだわりようと、泥のついた靴でそのまま室内にあがれる、その大雑把な土足文化の衛生観念とがなかなか結びつかないのはわたしだけでしょうか。そしていざ眠らんとする時、その美しいクッションたちをぽんぽんぽーんと、さっき外から帰って来て靴で踏んだ、まさにその床に投げ捨てている様子を見ていると(結局使う枕はひとつかよ!)ただただ、「これ、いる?」と問いかけたくなるのです。

このベッドメイキングの懲り様は、日本以上のような気がします。はじめて凝り選手権で負けた気分です。ホームセンターなどにいくと、「ベッドメイキング」8点セットのようなものが、あたかもアメリカの主流であることを証明するかのようにあらゆるバリエーションが積んであり、あのホテルで見るなんだかよくわからない帯みたいなものや、びらびらしたやつなどが入っているようです。アメリカ人らしからぬ、「非実用性」にここまで力を注げてしまう謎のベッドメイキング。聖書に「ベッドに宿る神」についての言及があるのではと思ってしまうくらい!





ニューハンプシャー州はロブスターの特産地メイン州に隣接しているため、ロブスターがとっても美味しく頂けます。魚屋さんに行けばまるまる販売しています。しょっちゅうお召し上がりになるのか、家庭にロブスター専用蒸し器だってあるのだ!
a0028990_8361674.jpgまるごと蒸す。今までで食べたロブスターの中で一番おいしかった!a0028990_8363568.jpg


小さな街、Portsmouthを散策。のんびりとした、かわいらしい街でした。小さくて落ち着いているためか、上品で洗練されている雰囲気がありとても好きな街になりました。


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海が歩いてすぐ側なのでサーフショップもある。普通に寒いけど、サーフショップっていうだけで、なんだかご機嫌な気分になるねぇ。満潮時と干潮時で海の様子がまったく違うので、天気予報を見るかのごとく、潮の満ち引き時間を毎朝チェックする生活を横目で見ていてとても新鮮。

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by akiha_10 | 2012-12-18 08:56 | NY Journal

ニューヨークジャーナル 136

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目の前を通る度に内装が気になって、ずっと行きたいと思っていたソーホーにある「Antique Garage」。
クリスマスも近く、また一段とデコレーションが可愛くなっていた!

NYの"先輩"とソーホー付近で飲もうという時にリクエストをして、ついに行くことができた。ダウンタウンの主、先輩はさすがにこの界隈には詳しく、彼によると、もとはこのお店はアンティーク家具屋だったのだそう。その名残でレストランとなった今もアンティークの家具や照明が美しく、あたたかく店を演出している。


生演奏もしている。
実はこのお店の前に、友人のジャズピアニスト、かよさんが弾いているレストランに寄った。彼女から「今からどこに行くの?」と聞かれ、答えたこのレストランに、彼女の友達のミュージシャンがたまたま今日弾いているということだった。かよさんは演奏をする勤務地のレストランに行く途中の道端でばったりその友達に会って、「今日僕はAntique Garageで弾いてるから遊びにおいでよ」と言われたばかりだったという。「こんな偶然ってあるんだね!」とかよさんも一緒に「Antique Garage」で一杯飲むことになった。NYって本当にせまい。

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先輩が誕生日を覚えていてくれて、「Paris versus New York」のイラスト本をくださった!これにはちょっと驚きのばっちりなチョイス!というのも、このイラストを使って音楽とミックスした映像が好きで、つい最近元ルームメイトのパリジェンヌ、カミールにもURLを送って「わかるわかる!」と笑って話をしたところだった。


パリとNYという二大都市の対比がキュートに可笑しく描かれていてセンスがいい。Vahram Muratyanさんのイラストのタッチも素敵だが、目のつけどころがいい。マカロンvsカップケーキ、シャンパングラスvsプラスティックカップ、下を見下ろすパリジャン(油断していると色々な汚いものを踏むからだと思う)vs摩天楼を見上げるニューヨーカー、ルーヴルのピラミッドvsアップル社のキューブ、ゴダールvsウッディ。クロワさんとベーグルさんもいつか仲間入り希望。チップも笑える。チップの制度があるパリ(ヨーロッパ)では、その額といえば合計の端数だったり、気持の数ユーロというお気持ち程度であることに対し、NYでは有無も言わさず総計の20%置いて行くのが、ほぼ決まりである。この感覚が日常として刷り込まれたニューヨーカーやアメリカ人が「世界のホテルサイトが選ぶ「最もチップの気前がいい」の項目で圧倒的首位になるというのも納得。ちなみに、同じ調査で「宿泊後の部屋の綺麗さ」の項目の一位はジャパンだった。それも納得。







NYで「フグ」が食べられるお店があるとのことで、友人が誘ってくださいました。その名もずばり「日本」。ああ、この空間よく知ってるよ、というNYとは思えない安心感に包まれる。そして、下関直送のふぐ!!ひれ酒!まさかひれ酒がNYで飲めるとは!!にっぽん最高。わたしは多くの時間を下関に近い北九州で過ごしたので、冬になる今の時期、特に年末年始などの特別の日は、物心がついた時からフグが食卓にあがっているとういう、今考えるととても生意気で贅沢な経験をさせてもらいました。門司港市場で買って来た、発泡スチロールに並んだカジュアルな装いをしたフグのお刺身はなにより「ああ、冬が来たなぁ」と思わせるアイテムでした。

a0028990_16175855.jpg「おいしいもいしい!!」と刺身や唐揚げに続き、てっちり、〆の雑炊と楽しませていただいたのですが、次のステップに行く要所要所で、「いかがですかぁ〜」と料理長が声を掛けににやってくる。「おいしですね」から始まり、「NYに何年いらっしゃるのか(40年在住なのだそう!)」なんて定番のトークに続き、「さて、僕は何人兄弟がいるでしょう?」と尋ねてもいないのによくお話してくれるもんだから、フグコースが終わるころには料理長の半生にやたら詳しくなりそうだった。デザートの頃にはお客さんも少なくなり、料理長ものんびりと私たちの席の近くにポジショニング。よーく喋る人やなぁ、と会話を楽しんでいた。
そして名前を聞かれて「瓜生」と答えると、「あら、福岡の人でしょ?」と料理長。瓜生は福岡に多い姓なんですね。で、料理長も(やっぱり)福岡のご出身ということで盛り上ったのですが、しかも、飯塚の嘉穂がご出身という、まさにわたしの祖父母が今現在も居る、母の田舎だったのだ。それには二人で驚いて「麻生スーパー」や「山田高校」という、わたしはよく知らないが、母周りで耳にする地元キーワードを挙げてはNYのミッドタウンでクスクスと笑ってしまった。なんだ、このエンドレストークと非常に親近感のあるこの喋りは、祖母そのもの。飯塚独特の話し方なのかなぁ。


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チーム福岡、柴田料理長と記念写真。40年もいらっしゃるってすごいなー!「じゃあね、瓜生さん、また来ないかんよ」と最後は親戚?のようなお見送りをしていただいて、すっかり胃も心もあたたまり田舎モードに。




レストランの外に出て見上げた狭い空と飛び込んでくる早口の英語は、数分前とまるで一貫性がなく、どこでもドアくらいを開けたかのように唐突だったのだが、デリカシーのないタクシーのクラクションをきっかけに「ああ、そうでした」と脳内にNYが雪崩込んで来たのであった。今日も美味しいものに感謝、ごちそうさまです。
by akiha_10 | 2012-12-16 16:40 | NY Journal

ニューヨークジャーナル 135

NYで過ごしたはじめての誕生日。

かねてからよく耳にしていた日本食レストラン「Morimoto」にアメリカ人の友人達が連れて行ってくれました。NYのデザイナーやフォトグラファーなどクリエイティブ関係の片仮名職業(英語となっては全部カタカナか!)の方から支持されているという印象があります。このモダンアーティスティックな建築物は安藤忠雄氏のデザイン。プロダクトデザイナー ロス・ラブグローブ(Ross Lovegrove)氏が手掛けたという店内の椅子や17,400本ものTyNantのボトルにLEDを使って作られた"光の間仕切り"も一見の価値あり。確かに入った瞬間に「お粧しして来てよかった」という気持をくすぐられる空間でした。「ここはamazingだから!」とニューヨーカーの心をぐっとわしづかみにしているようです。

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豪勢にもTasting menuという、「シェフのおかませコース」を楽しませていただきました。美味しさよりも面白さが先立つ、もはや料理がオシャレ過ぎて味が迷宮入りするという新しい体験をさせていただきました。スターターに運ばれて来た「まぐろパレット」は、ねぎトロのように刻まれたまぐろに思い思いにトッピングをまぜて、もんじゃ焼きで使うミニコテ(はがし?)を使って食べます。ただただ、ざんしん。トッピングは、わさび、マヨ、ごはんですよノリペースト、アボカド、お茶漬けに入っているポンポン、と一体この店はファンシーなのか庶民派なのかわたしを惑わせる。

まぐろカルパッチョピザ。ほとばしるクリエイティヴィティ。薄いピザ生地にまぐろマリネとぺパロニ、カイワレ、パクチーがのっている、後からほんのりタバスコ風味。是非とも彦摩呂さんにコメントをふってみたくなる、奇想天外味。


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なんといっても真骨頂はこの店のスペシャリティ「カキのフォアグラ、うに乗せ、照り焼きソースがけ」。





もう、どうしたらいいんだー!!




侘び寂び皆無に豪華食材を全部のせちゃえ!という大胆さはさすがアメリカ。
「一度に口にふくんでくださいね」というサーバーの助言のもと「ほんとに?ほんとに?」とカキの殻を持っては何度もためらったが、えいやっ!とミラクルワールドに飛び込んでみる。


うーんうーん。気持をどこに持って行っていいかわからないよぅ。それぞれが「おまえとは交じりたくない」と言っとるよぅ。口の中で牡蠣は牡蠣を主張するし、ウニはウニたるプライドを断固手放さないし、フォアグラはといえばジューシーな脂をもって繊細な魚介たちを征服しようと躍起だ。なんにしたって始めから余韻まで一番のインパクトは上にかかったTERIYAKIソースだったという事実。


この後も「季節野菜バーニャカウダ西京味噌アレンジ」や「オリエンタル刺身」など、次の皿が待ち遠しくなる不思議体験が続いた。確かに、amazingである。こんなの食べたこともないし、とにかく楽しませてくれる!食後に「おもしろかったー」という感想がまず出てくるとは新鮮ではないか。確実に、アメリカ人むけの味のような気もするが。友人によるとLAにink.という話題のレストランがあって、そのコンセプトは「見た目と、味や触感が全く違う」というものらしい。つまり、お刺身の上に乗ったぷるぷるしたジュレが、フォークで触れた瞬間、実は固く、口に入れたらコンソメ味ではなくワサビを固めたものだった、というようなこと。その上おいしいらしい。オーガニック無着色時代と逆行してどれだけ化学を駆使するのでしょうか。アートフード、エンターテイメントフード、ということでしょうか。一体どこにいくんだ、アメリカの飲食業会。こんな面白そうな店、これは行くしかない。

友人達よ、たのしい経験をありがとう!!





a0028990_74465.jpgさて。NYでは自分で「誕生日パーティー」を開くことが主流です。気合いをいれた方だと一ヶ月前から計画し出欠確認をするという力のいれよう。そして充実ニューヨーカーたちの週末はというと2,3件のバースデーパーティーをはしごする、なんていうのもよく聞く話。NYには「人気者のわたし、充実したわたし」というパフォーマンス任務を背負っている(特に)女性が多く、そしてそれを自然にこなせるだけのヴァイタリティにわたしはいつも圧倒させられている。




どちらかといえばわたしは親しい仲間とひっそりと食事をするほうが性に合っているので、パーティーについてはまったく考えていなかった。ところが、仲良しのイーシスが全く同じ誕生日ということもあって、イーシスが開くパーティーに途中で交じって合同で祝おうという話に。

というのも急遽開催日二日前に決まったこと。25名くらいの友達を招待したところ10名くらいの「行く、行くかも!」という反応を頂く。ディナーの約束はしていたのでわたしは11時半からイーシスのパーティーに交じる旨を、事前に連絡。

しかし!ディナーの途中でイーシスから、早い時間にも関わらず、そのバーに彼女すら入れないとの連絡が。誕生日会は、ドレスコードもなく誰でもすんなり入れるようなスポーツバーのような場所でやるか、場所を貸し切りの勢いでおさえておくか、というのが確実なようだが、彼女はお洒落なスピークイージーバー(禁酒法時代のもぐり酒場、日本で言う「隠れ家」のようなニュアンスで使われている)をパーティー会場に指定していた。


バウンサー(ドアでIDチェックをする迫力のある人)が年齢IDチェックだけでなく、身なりまでチェック(イケていればOK)する類のところ。週末いくつも開催されているパーティーの中で、いかに魅力的な場所や催しを企画するかということは、予定でいっぱいのニューヨーカーに来場してもらうにも大事なことなので、そのセンスはよかったのだが。


彼女達がドレスコードでひっかかったというより、人数的に収容もできないばかりか、そうした大きなパーティーはお断りだったよう。事前に貸し切りにしていれば確実だったのだろうが、彼女の仲間達もそこで立ち往生となった。

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わたしはというと、場所が変わるということの旨イーシスから連絡が入り、斬新なディナー中も実は気が気じゃなかった。自分でパーティーに呼んでおいて、その場に本人がいないってない!とまったくもって落ち着かない。普段熱心に携帯を見るタイプではないが、この時ばかりは「とりあえずそこには行かないでくださいね~」と焦って友人たちとコンタクトを取ったのだった。



そんな焦燥に駆られたわたしを見るなりアメリカ人の友人達は「大丈夫だって、みんな場所も時間も変わるのなんて慣れてるから!」となだめる。実際、NYで指定された時間にはじまるパーティーなどほとんどない。着いたと思ったら急遽場所の変更なんていつものことだ。木枯らし吹く秋空の下、きっちりと時間通り指定のクラブに着いて、外で1時間待った時には「だいたい予定の1時間後以降がNY時間なのね」と学んだわたしだった。遅れてちょうどいい。パーティーもクラビングの延長で、わたしの予定も未定だから、あなたの予定も未定でOK、というお互いにスーパーフレックスという共通認識を持っている。そういえば学生時代に英語の先生が「アメリカではホームパーティーに呼ばれた時、指定の時間のちょうどや前に行くのは失礼なので、遅れるくらいがいいですよ」と言っていたのが今でも印象に残っている。郷に入れば郷に従え、日本ではちょっと注意しないと友人を失いそうね。



自分がおおいに振り回されるぶんにはむしろ楽しいくらいだが、自分がそうするのは向かなかった。声をかけた友人の中には日本人の友達もいたので「パーティーボーイ、パーティーガールはいいけどさ、日本人の友達の中には11時半といったらきっかりその場所に来る人がいるんだよー!きちっとしてるんだよー」と実感する感覚のギャップ。


結果としては「来れたら来てね」という淡いお誘いの仕方をしていたので、さして問題にもならず。準備万端に「あきはの誕生日!」と胸を膨らませて待ってくれる人もいなくて逆によかった。あれ、誰も気にしていなかった、たいして友人もいなかった、というなんだか自意識過剰のような結果に?あれー?



中途半端な計画はやめる、やるなら徹底的にやる、やらないならやらない、と学び多きバースデーに感謝!




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今年齢も引き続きいつも笑顔で切り拓きます!果敢に飛び込んで、あらたな冒険へ。周りの方々の支えやアドバイスのおかげで今のわたしができています。。日々健やかな自身の心身と、未だ恋をさせてくれるNYと、見守ってくれているあなたへ。いつもありがとうございます。
わたしの人生のモットーを心に刻もう。
Eating Kissing Singing Laughing♥
by akiha_10 | 2012-12-09 08:42 | NY Journal

ニューヨークジャーナル 134

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名だたるミュージシャンの音楽史をつくってきた伝説的なNYの録音スタジオThe Hit Factory(2005年閉)、そのオーナーの息子さんが創ったダウンタウンにあるGermanoStudioをご縁があって見学させていただきました。これが自身のレコーディングだったらかっこいいのだけど!ないプラグインがない、といわれているほどの完全装備、音の鳴り方もダイナミック、しばし音の鑑賞会となりました。そしてリュクスな空間、もちろん使用するにはトップクラスのフィーがかかるらしい。ロビーにはマドンナやビヨンセ、ジャスティン・ビーバー、アデルなどメインストリームスターたちの、ここで録音やミックスされたレコードたちがずらりと飾ってありました。きっとそんなスターたちも一度は座ったのではないかと思われる、スタジオ御用達ハーマンミラー社のアーロンチェアに座ってスターの温度感をたしかめておきました。むしろ秀吉にかわって次に座る方のために明希葉が温めておきました。スタジオはやはりテンションがあがります。落ち着きます、というにはとてもずうずうしいけども、このような、ラボラトリーのような空間はとてもわくわくします!





a0028990_539419.jpgNYはいわずもがなアーティストだらけなのですが、今大変お世話になっている音楽友達といえばこのお二方。紹介の紹介、のように針に糸を通すような感覚でNYにはおもしろい出会いがあるのですが、いまとても仲良しなのが、NYにはもう4年以上になるという音楽家で作家のゆりちゃん。日本で「ナナムジカ」さんとして活躍していらっしゃいました。日本にいる時にお名前をお聞きしたことがあったので不思議な感じ。とても親切にNY生活のことなどいろいろ教えてくれ、仲良くしていただいており、彼女のことを本当に頼りにしています!そして、アメリカで大活躍の音楽家のケンジさん、名付けてケン爺。ケン「爺」なのは長老のように、なんでも知っているからです。音楽だけでなく、あらゆる業種に精通しているという謎の人物。NYにいる日本人は知らない人がいないんじゃないかというほどネットワークが広く「歩くウィキペディア」と呼ばれています。分からないことがあったら、「よし。爺に聞こうかなっ」という調子。爺はボストンの名門音大卒業後いつの間にかNYで仕事をしていた、というほどNYに根付いてご活躍の方で、エミー賞をとったアメリカンドラマの劇版を書いたりと、実は大物なのですが、あまりその凄さを押し出さないところがまた爺。で、3人で音楽の話で弾むかと思いきや、「ミミズクについている耳は実は耳ではない」という話でいつの間にか大討論をしています。事実、あの耳っぽいのは飾りらしく耳の機能はないらしい。しょっく!!本当の耳は顔の横後ろくらいの羽毛に隠れていて、しかも左右で耳の位置の高さが違うとかなんとか!もちろんソースは爺ペディア。(ジイペディア)。



ちなみに。この写真の、ゆりちゃんの右後ろに映っている、パン?をぱくりと食べようとしている白髪の男性。わたしの席から始終よく見えたお方で「なんか、見た事があるなぁ。」とずっと気になっていました。そして目があってしまうなり、彼の「あ、気付かれちゃった?」というセレブリティ独特の反応をわたしは確認。帰り際「あの人絶対役者さんだと思うんだけど何に出てるんだっけなー」と話すと「ただの白人やと思うで」と翁。いーや、いーや、知ってる、この人!と思ってずっと頭の中にあったのだけど、先日友人が見ていたgossip girlを横目で眺めていて一致した!役者さんのWallace Shawnだ!味のある、または際どい役柄でよく映画でも見る。すっきり!Xo!
by akiha_10 | 2012-12-05 08:13 | NY Journal