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ニューヨークジャーナル 97

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マンハッタンのど真ん中にあるにも関わらず、
夕暮れから夜にかけてのブライアントパークは都会のオアシス。
人の少ない時は特に、それは周囲の街の喧噪を透明な壁でバリアした静けさに、
まるでぽこっと置いてみたかのような公園で、好きな場所のひとつです。
空気が乾燥して冷たい日はさらにいい。

エンパイアステイトビルはじめ周りにそびえ立つビルが、
いつも霧がかって見える青白いライティングに包まれたパークを見守り
堂々とした佇まいで建つニューヨーク市立図書館がインテリジェンスな空気を演出している。
その気になってジャケット写真きどりなのだ。

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今日こそ少し冷えが戻ってきたがここ数日のNYは初夏の陽気でわたしは半袖で歩いていた。
スプリングコートがいらないNY、なぜなら春がないからである。
昨日ダウンを着ていたのに、今日は半袖、昨日はUGGで、今日はビーサンなのだ。
去年もそうだったがこの時期から、冬の間沈黙していたブライアントパークも毎夜毎夜賑わってくる。

薄手の春コートはデザイン的には一番可愛いのに、
日本でも、買っても気温17℃〜22℃あたりの二週間くらいがベストシーズンの贅沢品。
NYはさらに使う日がない。NYは人のみならず気温すらYesかNoなのである。
だから圧縮袋から案外かさばるお気に入りのマッキントッシュ的なコートを省いたのは
我ながら賢明な決断だったと思う。


NYに訪問していた父がつい先日帰国。
観光にしてはたっぷりとした日程で、久しぶりに非現実の旅に羽を伸ばし心身ともに緩まったのか
どういうわけか父は半分くらいの時間を居眠りにあてていた(笑)
「寝ーよーくだ!」とつまらない正真正銘の「おやじ」ギャグは適当にスルーさせていただき、
わたしものんびりと、改めて父と観光地を周りとても楽しかった。

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メトロポリタンやMOMAにも久しぶりに再訪。
フェルトを織った素敵なヒラヒラ椅子の美しいデザイン。
ご存知ダリ「照らし出された快楽」、コラージュ作品。セクションごとにストーリーがあって好き。

モネの壁一面に広がる巨大「睡蓮」を見て、このモチーフを生地にできないかなぁ、と思った。
ミナ・ペルホネンのプリントが近いと思うのだけど。絵画のような服を着てみたい。

好きな画家のひとり、フランス画家、バルテュス。
彼は自身の作品がシュールレアリスムであることを否定しているのですが(どこにも属さず孤高である)、
鑑賞するものに言葉選びをする自由があるならば
超現実という古典的なシュールレアリスムの意味ではなく、
普段わたしが口語で使う、和製英語的意味で彼の作品は「シュール」。
彼の奥様は日本の方なんですよね。
作品によっては女性の顔に引目鉤鼻を彷彿とさせる描写があって若干のジャポニズムも感じさせます。

よく彼の作品では「少女」が題材になり、
一瞥すると挑発的でエロティックと解釈できるものも多いのですが、
「不思議の国のアリス」を書いたルイス・キャロルや、少女がいつも主人公になる世界的アニメ映画然り、
特別「少女」にインスパイアされる男性アーティストは少なくないように思います。
無垢、中性的、処女性というあらゆる面で絶対的に神秘、
表現のメタファーとしてはかっこうなのでしょう。
創造の源が時に作家自身の本能的な嗜好に結びつけて推測されがちですが、
もちろんそれはあまりにも短絡的な想像だといえる一方で、
しかし正直、ものづくりとは、無意識、意識に関わらず
深層のエロスやタナトスと切っても切り離せないのは当然だと思ったりもします。
by akiha_10 | 2012-03-25 07:13 | NY Journal

ニューヨークジャーナル 96

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こんにちわ!NYに父参上でツーリスティックウィークです。
NYがだんだん生活になってくると(自分の活動範囲がそうなのか)
マンハッタンの上か下で過ごすことが多く、
タイムズスクエアあたりのミッドタウンはあまり行かなくなるので改めて来ると新鮮です。


THE RIDE
というオフブロードウェイのエンターテイメントに参加してきました。
片面全窓になった、客席が横並びになっているバスに乗ってNYの街をまわるのですが、
ステージはこの街すべて、キャストはそこにいる人、といったところでしょうか。


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道中、ただの通りすがりの人と思っていた人が突然唄いだしたり踊りだしたり。
時には、本当の通りすがりの人も巻き込んでパフォーマンス。

街で「I♥ZOO YORK」のTシャツを着ている人がいて、なかなか気が利いておるなぁと思ったのですが、
バス車内から、街に溢れる多種多様のエネルギーと生きるパワーをクルージング、
確かにまるでサファリパークを探検しているかのような気分にもなってきます。
しかしながら、ド派手なライトに照らされ三列に横並びになリ、
車内のMCのハイテンションに引っ張られて、
「あのビジネスマンに手を振ってもらうまで、みんなで手を振ろう!」
とから騒ぎしてやたら盛り上がっているわたしたちのほうがよほどズー。
車内からわたしたちが写真を撮って楽しむはずが、
外からも写真を撮られるわで、次第にどちらがステージなのかわからなくなってきます。
知らぬ間にセレブリティ気分で手を振っている自分にハっとするのです。
謎のハイテンションで街を駆けるライド。アイデアが面白いなぁ。






メトロポリタン美術館なんかも行ってみたり。
館内がトリッキーで何度行っても迷うのだ。ひろびろしていたので、謎のポージング。

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by akiha_10 | 2012-03-18 06:58 | NY Journal

ニューヨークジャーナル 95

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ビョーク、「biophilia」のライヴ。
宇宙、音楽、自然、テクノロジーが交差するマルチ・メディアを探求したアルバム。
ライヴセットは観客が360度に囲んだ円形のステージに、
映像を映し出すモニターがぐるりと設置されていて、
まるで実験室のような空間!

ビョークがこのツアーのために発注したという巨大な振り子の楽器はモニュメントとしても美しいが、
中にハープがはいっていて、振れることによって糸が引っ張られて音が出るという。
重力という自然現象と音楽構造の関連性を結びつけたパフォーマンス。


発想が好き。
「音楽」をスタートとして→で繋ぐ式をたてると、
いろいろな要素に続き、おそらくつまるところ最後の答えは「宇宙」だとわたしは思っているのだが、
それに至るまでの、わたしたちが日々日常で囲まれているサークルを
音楽的に表現していてアートとしておもしろかった。
最近小川洋子さんの「科学の扉をノックする」という本を読んで、
宇宙や鉱物、DNAや自然の仕組みに触れて胸を高鳴らせていたが
なんだかその流れとその時の感動とも繋がる。


え、こんなにコンパクト?と会場に入って驚いたが、
今回は特に親密感を重視してあえて2000人以下のキャパシティの会場を選んでいるらしい。
24人のアイスランド人女性の合唱隊、コーラスワークも圧巻。
サウンドはまるで古代伝統音楽のようなミニマルさなのに、宇宙的広がりを感じさせる。
ああそうか、削いでこそ大きな世界がつくられるのかなぁ。
ビョークは「創造者、表現者として」と勝手に評価していたが、
一寸のくるいもないヴォーカルに、シンガーとしての一流を感じた。
アナログに発せられる人間の声というものがまるでデジタルにプログラムされているようで、
自然とテクノロジーのインタラクティブな関係性、
本人こそがまさにそのコンセプトを体現していた。


アンコールで「最後はスタンドアップよ!」と観客を立ち上がらせたが
変拍子に次ぐ変拍子の錯乱したリズムに観客も
「こっ、これは…!」と少々困惑気味。
あれだけノリのよいアメリカ人がいまいち乗り切れずぽやんとしている様を見てニヤリとしたのだった。
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by akiha_10 | 2012-03-08 13:53 | NY Journal

page d-277       LIKE CRAZY

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とても満足のいく作品を創作。
リーディングドラマ「Re:」の音楽を
レコーディング、ミキシング。
今回一緒に制作してくださったうなさんが
デモ段階でマルグリット・デュラスの世界に通じると言っていたのですが、
大好きな世界を具現化することができました。
アレンジも好みに仕上げていますので
是非劇場でお楽しみくださいね!


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編集長とマネージャーと行ったオービカモッツァレラバー
パンとチーズ天国!
おいしかったなぁ。



機内でみた映画「Like Crazy」がものすごくよくてボロボロと泣いてしまった。
(空の上、旅の途中、という感傷度割り増しをさしひいても。)
派手なことは起こらず、半径3mくらいのきゅっとした世界感のラブストーリーなのですが
心理描写がリアルすぎてぐさぐさ刺さる。役者がすばらしい。
ジュディー・デルピーの恋の描き方が好きなのですが、
ちょっとした会話の妙や表情で魅せる物語って魅力的です。

愛についてのなにをも知らないくせに、
見よう見まねで「愛してる」なんて濫用しちゃうような、
初めて本気で人を好きになった時の、
傷付き傷付けあいまくる、幼稚で、本気で、無邪気過ぎるライク・クレイジーな恋。
時は過ぎ去り、人も状況も変わってもなお
あの強いはずの絆と情熱に未だ期待して、すがって、気持を寄せる。


待ち合わせ場所に駆けてくる大好きなはずの彼を見て「あ、なんか違う」と思うぞっとする違和感。
そして大好きだったはず…?と疑問符つきで問う。
こうして必ずや炎は沈静化することを知っていてなお、なぜまた恋をしてしまうのだろう。
どうして自ら疲弊しにいくのであろう。

「学生の時の恋なんて、甘っちょろいよ。お互い働いてから本質が見えるから」と
学生時代に、自分の恋愛を大人から軽んじられたことに対して
「純度は絶対に負けてない」と心の中で言い返していた。
愛の多様性や深みこそないが、純度はたしかに高かった。
先の展望も見通しもない「今」に凝縮された、単に想いだけでつっぱしれる恋なんて上等ではないか。
大人の言ったその発言も、わたしが思っていた事も、今でもその通りだと思う。

持てあます若さと感受性ゆえ、あんなに大きく揺さぶられる、初恋のダイナミクスに敵うものなどない。






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今日ビョークが来NYしているらしい事を知り、
どうやらチケットが取れたので行ってくる!
創作と本の虫、という内側の作業から外へ。再び活動期だ!
やっぱりこの街の空気中には興奮成分が混じっているらしい。
なんだかただただ元気だよ。
by akiha_10 | 2012-03-06 05:34 | Daily thinking