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page i-31              おばコレ 2011

お願いしていた、おばコレ(おばあちゃんコレクション)が届いた。
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去年プロヴァンスで買って帰ったリバティの生地とともに、
簡単なデザイン画とサイズを明記のうえ、祖母につくってくだされとリクエストしていたお品。


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祖母は福岡でリメイクサークル「シャレル(洒落る)の会」を率いており、
着物もカーテンも見事モダンな服にリメイクしてしまう。
色合わせやデザインセンスは、
時にアーティスティックかつアヴァンギャルド、時にシンプルに美しく、
とにかく作業が細かく凝っていて丁寧。




送られて来たものに、すごいすごい!と実家で盛り上がり、
姉が欲しいと言おうもんならば、
よし、とばかりに「へへん、いいじゃろう、いいじゃろう!」とスネオ顔で自慢、
絹代(祖母)と明希葉のコラボレートは見事形になったのです。
ありがとう、おばあちゃん。


a0028990_22171071.jpg細かいピンタックがごじまん。
褒められ上手な祖母は、
賞賛に対して決して否定はせず
「でしょう!」といつも肯定的、
同じく何事にも基本姿勢は根拠なき得意気ポジションを貫く母、
そしてNYでなにか褒められると
ついつい「Thanks!I know」と口走っていた、
謙虚さに欠けるにっぽんじんよ、それはこのわたしです。
自分が好きなものに絶対的自信を持つ
特異得意遺伝子は確実に受け継がれているといえるでしょう。
ひたすら自分の好きなものについて熱く語る「でしょう」産業を
興したらわたしこそが適任だと思うのです。(どんな産業?)
というかこの精神、ジャパネットあきはなんぞも
ひょっとしたら向いているのではないかと思う次第です。



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リバティ柄のノートをフリックコレクションのミュージアムショップで見つけました。
この柄のワンピース(ワンマンライヴNo.Soukで着てたよ)持っとりますもの!と手にとる。
このワンピースを着て、ひょっこり!同じ柄のこのノートをバッグから取り出して、、、、
と、いつの日かカフェなんぞで、気色の悪いナルシズムタイム、
柄に次ぐ柄で演出過多を気取りたいと思います。




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ボトムスを着てみました。
(肝心なリバティ柄は影になっちゃったけど…)

もうひとつの柄も送っているので、
仕上がりがたのしみ!
by akiha_10 | 2011-05-30 22:40 | item

  ニューヨークジャーナル 59

NYおみやげジャーナル、追記。


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ブルックリンでもなかなか行きにくい場所であるにも関わらず足を運ぶ度連続でフラれていた場所。
去年の秋もちょうど閉まっていて、今回も一度目のトライ時にも閉まっていて(営業日と時間、要注意)
自分の学習能力のなさと縁のなさにしょんぼりしながらも、二度目はきちんと営業日をチェックして
やっと再訪が叶ったお店、ブルックファーム・ジェネラルストア

NYでほとんどお目にかかれないナチュラル感やクラフト感漂う店内、素敵なバッグを購入。
NYに「ナチュラル」や「ほっこり」の感覚はかなり少ない、というか、ほぼなかったように思う。
チェンマイを訪れた際に、日本から持参した服のハリだとか彩度の高さや妙なきちっと感がしっくりこず、
現地でしぶめの色みの麻ややわらかいコットンの服を慌てて調達したように、
NYでスモックシルエットのプルオーバーやストライプのワイドパンツがどうしてこうも馴染まないものか
(というか、気分でない)と今回痛感した。(ユーロ圏では感じたことのない感覚)
あのナチュラル感はフランスや北欧(を中心としたユーロ圏)のカントリーライフ発祥だと
わたしは解釈しているのですが(レースやカゴ、ファブリックなど)
ブルックリンやロウアーイーストサイドの一部の文化系雰囲気の漂うところで、
そういったニュアンスの雑貨屋さんやカフェ、男女の装いをごく稀に垣間みることがあっても、
マンハッタンには皆無。



NYで美容師をやっている日本人の方に聞くと、ニューヨーク(アメリカ?)の女子の目指すべき方向性に「かわいい」というベクトルはなく大部分の女性は「セクシー」や「ゴージャス」を重んじるのだということ。数日前に髪を切りに行って思い出したのだが、NYで出会った女性の髪型を思い出した時、ほぼ全員同じような長さのロングヘアで、ボブまたはショートの子がとても少なかったことに気付いた。そう思うと、日本女性の自身が感じる女性の魅力についての幅の広さや、日本男性が女性に魅力を見出すヴァライティの多さ、守備範囲の広さはなかなかのもんだなあ、と思ったのだった。NYは人種も文化もメルティングポッドと言われるわりには女子ファッションに関しては人種を越えてかなりの画一性を感じ、またフェミニズム発祥のアメリカのわりには、髪は長くデコルテ深めで身体のラインを出して、という現代版ジェンダーの「女らしさ」が色濃く健在していて、それに縛られているのか、単に気にしていないのか、むしろ、そのいかにもの「女らしさ」を楽しんでいるのか、わたしにはとても興味深いことだった。これは女性としての地位確立が安定して、女たちは外見から男らしく振る舞う必要性がなくなり、内なる男性部分を発揮しつつも「女」を楽しめる時代になったということでしょうか。都会に生きる女子の小っ恥ずかしい常套句、「恋も仕事もおしゃれも」的な現れなのでしょうか。実際イメージに違わずマンハッタン中に恋が溢れていましたが!とにもかくにも、日本女子でいうところの、おじカジ(おじさん風カジュアル)なんてNYの男女には絶対に意味不明だろうなあ、と思う。ニューヨーカーの彼女達はTシャツとジーンズでミニマルにかっこよく着こなしたり、ワンピースをサラリと着たりと、いずれにしろセクシー要素は残しつつ(いや、全面に押し出しつつ)粋ではあるが、お洒落の創意工夫度合いや髪型やお肌に関する美意識はとんでもないぞ、ジャパニーズガール!と実感したのでした。



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おみやげシリーズ。ステーショナリーショップで買ったカリグラフィーが彫ってある革のカード入れ、
活版印刷された綺麗な色のノート、同じく活版印刷されたハチのカレンダー。
旅のたびに集めている綺麗ノートたちは…もったいなくて、使えない(うっとり用)。


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ヴィンテージ、プラスチック取手バッグシリーズ!
ブルックリン購入の上のバッグにこの二つのバッグと、
さらに小さいクラッチを入れて手荷物として乗り込んだのですが、
空港セキュリティチェックで手荷物検査の際、
バッグからまさかのバッグ、そのバッグから仰天!またバッグ、
と次から次へと誕生するバッグの団体に検査官も苦笑、
「バッグリョーシカだね」と、これらバッグたちによって
厳粛な雰囲気の中、検査官のこわもて仮面を一枚剥いだような、
「やった!」と勝ち誇った気分になったというのは正直なところです。

床にバッグを並べてにやにや、
密かにその数を増やし続けるバッグフリークの母を諭す父の、「手は二本よ。」
という言葉がループ状になって聞こえてきますが
難しいことは考えず、すべてはDNAのせいだ、ということにしようと思います。
ちなみに後日、一度使用で左のバッグの取手ももげた。もう、もげにもげまくっている。もげづいとるよ。



ツーリストとして滞在しただけなのに、
得意気についつい語って勘違いをしやすいお年頃ではありますが、
すこし離れただけでも、多少なりとも日本や日本語に対して新たな着眼点を持つことができ、
新鮮な味わいが続く「視点の賞味期限」の間、その期間に感じる違和感や気付きは貴重だと感じます。
(帰って一週間くらいでみるみる鮮度は落ちるのですが)
それは「て」という字を書いた時に、時に感じる、なんでこういう形なんだ?ほんとに?だいじょうぶ?
と感じるような、今まで到底疑いもしなかった、染み込んだ習慣や通念、
そして自分自身に改めてスポットライトをあてて検討してみる奇妙さ。

一般的に言われるように日本のお店のサービスがとても気持よいと感じたり
電車の中で勉強や読書をする人、自身の成長や啓発についての努力家の多さや
飲み屋で仕事の話を積極的にしている人の多さに気付いたり。(NYではほとんどなかったような)
総じて、日本は誠実かつ真面目であることを再認識。
なにが良い悪い、好き嫌いかを言い出すとキリがありませんが
その「違い」に触れて、その狭間で感じ、味わえる事に本当に感謝です。


夢があったり、こだわりや好きなものが確固として確立している人に限らず、ビジネスマンやOLとして生活を楽しむ方まで、ニューヨーカーに度々聞く「NYが好き?」という質問に彼らは共通して、一点の曇りもなく「大好き!!」だと答える。(唯一、自発的に来たわけではない方は答えを濁らせたが。)好きじゃない人は去って行くから好きな人だけ残る、というのを聞いて納得した。こういった住人全てのNYへの愛と誇りのパワーが、小さな島にとんでもないエネルギーの渦を巻き起こしている、それがわたしの思うNYの一番の魅力である。正直言うと街自体にヨーロッパや日本ほど歴史や文化、美しさや美意識はないが、それら差し引いてもなお、虜にするには充分すぎるほどの吸引力をもってっわたしを魅了する。その「場所」から得られる情報より、NYに居る「人」から学べることのほうが豊かだと思わせてくれるNY、なぜなら彼らひとりひとりの背景にそれぞれの歴史と文化と世界と哲学が拡がっているから。彼らのフィルター越しに探検できる世界、それが主観性を帯びていようが偏っていようが、その考え方や視点すら面白い。例えそれらを語らない人にしたって、アメリカ人?それともニューヨーク人?の、度々アメリカ人を語る時に他国で揶揄されることもある、なにをもってそんなに明るくってなにがそんなに楽しいのだろうという気質、陽気で陰気なわたしは時にそれに対していとおしさまじりに眉をひそめながらもとても引きつけられるのだ。明るい太陽に寄り付きたくなる事に理由はあるまい。シャンゼリゼ通りはいつも太陽の射す歩道側に人が集まっている。好きになった人をもっと知りたくなるような、もっと知りたい人を好きになるような、順番はよくわからないけれど、好奇心による恋である。彼らはなーんにも考えてないよ、と他国から来た誰かが笑って言っていたが、それであれば「なにも考えずに楽しむ」気質になにがそうせたのであろうか、広大な地理的要因?環境?歴史?言語?疑問の根は深そうだ。
今回は以前から浮上していた「NYに住みたい」という、煩わしい煩悩を発作的なものではないかと疑い、運良く目を覚ましその想いを断てればと、飽きるつもりで中長期で行ってみたが、恋は深まるばかり興味は尽きぬばかりで困ったもんである。同時に「好き」の気持が自分の活力となっているのも実感しているのだが。もっとも、そういったキラキラとした感情は自分のコントロール下にないところで「あれ?興味なくなっちゃった」とふとした瞬間に情熱の灯火のブレーカーが落ちたり、「わたしって何が好きだったんだろう」と空虚な時期が訪れたり、また「慣れ」という色褪せた安らかな楽園に知らぬ間に船が座礁してしまっていたりと、この感情がまさに恋のごとく絶妙なバランスで存在していることを知っている。夢中や情熱はお金では買えない最も豊かなものである。(情熱の灯を燃やすべく薪が必要となってくるのもまた事実だが)。だから、持たせて頂けるのであれば、それらを宝物にしていきたいのです。もっともっとNYを知りたい!!!



アメリカかぶれに大袈裟に言うならば、今回は魔法のような奇跡に満ちた滞在で
あらゆる枠から解き放たれた気がします。
予期せぬ事が起こる世界で、心底明日どうなっても後悔のない生き方をさせていただいて、
今回出会った全ての方々、巡り合わせ、健康な心と身体、
なにより身近に居るあたたかい周囲の方の理解とまなざしに本当に感謝です。
そして、自分の記録半分といえど、
我が、まま、に進めさせて頂いた旅行記にお付き合い頂きありがとうございました。
完全にダイナミックな数ヶ月でしたが、忘れることなかれ、
日常が「ちょっちしたワクワク」の旅であることを!
ニューヨクジャーナルは一度休刊、つづく。

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日本、ローダーデールにて。
ひさしぶりにスフレを食べたよ。
スフレも人の情熱や気持のごとく、
鉄は熱いうちに打て、スフレは沈まぬうちに食せ。
by akiha_10 | 2011-05-25 00:54 | NY Journal

ニューヨークジャーナル 58

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NY小麦サーベイ!
ローワーイーストサイドでお買物ラストスパートに躍起になっていたところ発見したベーカリー。
ここ、ぜったい美味しそう臭に満ちみちた店がまえ。
Babycakes NYC
ビーガンベーカリーのようでして、生麩好きにはおよよ?な
グルテンフリーやノーシュガーのパンやカップケーキが並ぶ。
ビーガンだけに味については研究熱心。店内には2010ベストビーガンベーカリーに輝いた証も。
LAOVESというシリーズは穀物ラバーにはたまらぬコーンのぷちぷち感、間違いなく好みど真ん中です。
ビスケットもベリー系ジャムとクリームチーズをはさんで食べるとリッチなお菓子に!


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パンやのはしご、ROASTING PLANTへ。
メカニックなコーヒーマシーンと豆が並んで、スペーシーで魅力的な空間。
小麦はさきほど食べたはずだけども、もうわたしには時間がないのです。食べるのです。
こちらのカプチーノ、とってもこだわりを感じられ、またパンも非常においしい。
特にリコッタチーズプリオッシュ!


ローワーイーストサイドの南のほうはほとんど行ったことがなかったのですが、
こんなに面白かったんだ!特にORCHARD STのBROOM STとGRAND ST間の周辺。
特筆すべきはセレクトショップのPROJECT NO8。わお〜と声が出てしまうセレクト、ミニマル洗練の館。
しかしお洋服よりもなによりも、このお店に置いてあったドイツのプロダクトカンパニーe15とデザイナーステファン・ディーツがコラボレートしたCH04 HOUDINIの椅子に一目惚れ。腹が立つほど美しい!



ローワーイーストで最も通ったお店はSzeki。香港から来たオーナーのSzekiさん、
彼女はオリジナルでジェエリーをつくったり、デザインをしたり多才で元気でとってもキュートなお方です。
通常お洋服やさんで「かわいい!」と思うものはそのお店につき一点あればいいくらいの打率ですが、
ツェキのデザインはすっごく気が合う。彼女とかわいさの基準が似ている。大人買いしたくなる。
素材にシルクや、ハリのあるコットンを使っていて上質、なのにお値段もそれにしてはやさしめ。
うわあ、HPを観ていたらまたかわいいのが入っている!!ツェキ大好き!


ウィリアムズバーグで必ず寄っていたアート本の充実しているSPOONBILL AND SUGARTOWN
ごちゃっとしていて、その中からヒリヒリするような狂人的な文献や写真集に出会えるのも魅力です。
ゲイ関連書籍も多い印象。
by akiha_10 | 2011-05-19 17:53 | NY Journal

 ニューヨークジャーナル 57

a0028990_16553371.jpg実家に帰って蕎麦やうどんをごちそうになったり
箱根の温泉に連れて行ってもらったりと、
父いわく「にっぽん歓迎ムード一色コース」を堪能して参りました。
都立大の「ちもと」の八雲もちのファンでありますが
箱根湯本をぶらぶらしておりましたら
こちらにも同じ名前の「ちもと」があるではないですか。
これは「是非とも案件」だと主張し
和菓子屋に隣接する喫茶店に入って
わらび餅、白玉、湯もち、を食します。
前日京うどんの「げた屋」さん名物わらび餅がちょうどわたしの番で
売り切れておとな気なく子ども気を発揮させて頬を膨らませて
ぷりぷりしていたところにリベンジ「わらび」。
湯もちのあのちまき風巻き具合からして、
あの八雲もちと姉妹関係にあるのは間違いなさそうです。



個人的には八雲vs湯であれば、同じもちでも八雲派ではありますが
白玉の茹で加減といい、わらびのお上品さといい、
同じレベルの高貴な和菓子と洋菓子であれば、
最終的には和菓子が好きだなあ、とお煎茶に手を添えながら感じたのでした。



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NYシックは源泉掛け流しの湯をもってしても水に流せず女々しく回想。
最終日に食べたシーフードのお店「CITY CRAB
えび、かに、ロブスターが気持がいいほど豪快に、アメリカンに楽しめるお店!
わたしはロブスター。ぷりっぷりでおいしい。皆もくもくと、いそいそと。
甲殻類はおしゃべり大好きアメリカンをも黙らせてしまうようです。
「この頭のお味噌のところがベストパーツよね!!!」とお宝発掘に専念していたら
「あきは、そこは食べたら病気になるよ!!」と言われ、
アメリカンの瞳にうつるジャパニーズは
魚の内蔵食べるは頭の中身は食べるはでさぞかしワンパクだったことでしょう。
「いやいや、日本では食べるし、食べたほうがいいって」なんて言って有り難く綺麗に完食したのですが
今調べてみたらメイン州のロブスターの内臓味噌から
赤潮に汚染された危機的レベルの海産毒が検出されたという記事があるではないですか。
味噌は食べないように、とアメリカでは警告されていたようです。
どーん!ちょっと!!!ちゃんといってよ。(←美味しさに負けたくせに…)
そういえば頂きましたものはメイン州からやってきたロブスターだったような。
麻痺、下痢、頭痛、嘔吐の症状が出る、そして最悪の場合は、deathデス、ということでしたが、
忠告も聞かずに「死因ロブスター」はできれば避けたいところ。
一応一週間経ってもとってもげんき…だけど…つくづくわたしっぽい…(とおいめ)
もう、今後なんかあったら全部ロブスターのせいにしてやる…(じぶんのせいデショ…)
12時間寝てしまうのもロブスターのせいだ!
ともあれ、今後は食い気に負けず、異国のガイドラインにきちんと耳を貸すべしと留意したのでした。




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わたしは「ごはん」だと思ってラクチンな格好で行ったのに、その後想定外のミートパッキングエリアへ。
色気漂うバーやレストラン、クラブが隣接。
ニューヨーカーから言わせるとミートパッキング地区はもう下火だと言う人もいるのですが、
いかにも「張り切ってお洒落して行く場所」がヒップかそうでないかの議論は置いておいて、
たとえそこがツーリスティックになったと言われても、少なくともツーリストの目には
ドレスコード健在の景気のよい場所にうつります。



みんなとってもゴージャス。お洒落のベクトルはマンハッタン中で一番テンションの高い、
女は女である、男は男である、わかりやすく色香を放出する王道で。
週末の夜のこのエリアの女たちはまるで金太郎飴のように「デコルテ膝出しヒール履き」が鉄則、
これがエントランスチェックをクリアする近道。
(ドラマであるように本当にクラブによっては入り口でファッションチェックがなされます。)
そして互いに「Sexy bitch!!」と声を掛け合う。
はじめて言われた時、あらあらビッチ(ふしだら、などという性的な罵倒に使われますね)ですか…!!
と眉をひそめながら流していたのですが質疑してみると
「今日はセクシーにきまってるわ!」的賛辞らしいです。



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ブルックリンにもあるSEAレストランの上のダンスフロアへと。
ちょっと!!!ちゃんといってよ。
前もって、ギラギラしてきて、って、
言ってほしかったよ…。
世田谷ファッションできちゃったよ。
古着とレペットじゃ踊れんじゃんよ…。
これじゃあ
悲劇的オリーブ女子inCanCam。



今後女子寄り合いの際には事前のドレスコード確認は必須だと、艶っぽいサウンドを爆音で聴きながら、
セクシー女子にまじってほっこりとした格好で一人どんぐり拾い、
ほくほくとした森のくまさんダンスステップを踏んでいたのでした。



お手洗いでひんやりとした水で手を洗い、
遠目からすこし冷えた頭で笑いながら踊っている彼女たちをとらえた時、
自分も「女」に属しておきながら、「おんなのひとってなんて可愛いらしいんでしょう!」
ととても不思議な感覚を抱いたのです。
女という生き物、存在がいとおしくて抱きしめたくなるような感覚。
わたしは女の弱さも強さも、ズルさも賢さも、可愛らしさもめんどくささも、
全部ひっくるめて誇りに思う。女ってたのしい!



NYにて元気いっぱいになっての次回ライヴ情報!
名古屋にまいります。
6/4(土)LACHIC presents 『SAKAE SP-RING 2011
瓜生出演会場:EDITS時間 14:15〜
遊びに来てくださいね!!
by akiha_10 | 2011-05-16 18:14 | NY Journal

ニューヨークジャーナル 56

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WEBSTERHALLでのブルックリン出身バンド「The Pains of Being Pure At Heart」のライヴに行く。
全体的に、ゆるい。正直いうと、演奏も決して上手いとは言えんのやけどね、
4人の空気感にカルチャーを感じてしまうからずるいよね。
重めの前下がりの前髪ありミディアムヘア女子のイメージ(どんなじゃい)。
一人キーボード女子がきいている。
ライヴも1時間弱で、きっと皆ナイトライフをハシゴするであろう金曜の夜の
「ちょっと聴きにいこう」の感じがいいなあ、と思う。(チケットも18ドル!)

あらゆることに関する気軽さだったり、
人の距離感、カジュアルさのすべては土足文化に通じている気がする。
たとえば、「サブレット」もそう。
自分が旅に出掛ける時に、家具もそのまま、あるものは使ってくださいと
部屋を人に貸すシステムだが(貸し出し人を顔の見えないネットで募ったりするのも今や一般的!)、
とても合理的なのだけど、その共同使用感みたいなのって「家」も「外」の一部という感覚、
パーソナルよリパブリックな感覚が強いからできることであるような気がする。
たとえ自分のお気に入りの家具であろうが、プライベートなものを置いていようが、
全信頼と、さして干渉せずという暗黙の前提のもとその境界線は日本よりとても薄く、
逆に日本でそれがためらわれるのは、「靴を脱ぐ」という行為が
潔癖感と「家」はパーソナルスペースであるという概念に作用しているからな気がする。
帰って来て、改めて靴を脱いでおうちに入ると
「外」と「中」、オンとオフがあることはやはり落ち着くのであるが。




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pure food and wineに行った。
raw foodを提案するレストランです。
ローフードとは、
極力食材を生で食べようというもの。
加熱するとしても48度以下で、
酵素やビタミンを損なわれない程度に、
というガイドライン。
信念ではないけれどもマクロビやビーガンフードが
単純においしくって興味がある、
いう話をしたら
ビーガンの友人が連れて行ってくれた。
非常に感度と意識の高いお店ですが、
wine and food、というのが店名であるように、
健康オタクにストイックにではなく、
あくまでも食を楽しむコンセプト。
お料理もおいしい!そしてとても創作的。
フレンチに行くと前菜でお腹をいっぱいにしたいなあ、というのが
本音なのですが(前菜が一番創作的だから!)
前菜に続く二番目のお皿もメインという概念ではなく
(二番目はおそらく低温加熱した、
という意味なのか)
創意工夫がなされたものがでてきて嬉しい!




このお店のあるグラマシーパーク周辺はとーっても気になるレストランがたくさんあって、
時間がない!胃が足りない!いてもたっても居られない!!
と「グルメ通り」と地図にぐるぐるマークをつけたのでした。
by akiha_10 | 2011-05-12 17:18 | NY Journal

ニューヨークジャーナル 55

お肌が喜ぶ湿度に迎えられて帰ってまいりました。
ラスト数日、追記。


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ミートパッキングエリアから20丁目まで続く空中公園のハイライン。
風が少し強い日でしたが、今からの季節、お散歩するのに気持がいいだろうなぁ。
デッキなどもあって、きっとここで日光浴するのでしょう。
そういえば、ある休日のお昼に「今日は灼きにいくよ〜」と友人に呼ばれて、
ハドソン川沿いにあるBoat Basin Cafeへ。
なにをするかと思えば、マルガリータフローズンをのみながら寝そべって
ひたすら太陽に当たるという、ごきげんなトロピカルタイム。
アジアでは「白い」が美の基準だよ、と説明すると白人である彼らにはピンと来ないようで、
わたしは何を塗ってもただでさえ太陽を吸収しやすいのに
(やっと去年の焼けが落ち着いたところやったのに…)堂々と紫外線を浴びてしまったよ…。
まあでも、ポカポカで楽しい気分!!
セントラルパークなどで「日光浴」というのが休日のプランのひとつであるのがなかなか新鮮。
彼らの中では、こんがり焼けた肌=充分なバカンス=優雅でゴージャス 
というイメージの図式があるというのも聞いた。
紫外線に対して美意識のあまり過敏であるよりは、
(シミソバカスなんてどこ吹く風)愉しい気もちい至上主義の彼らの哲学は実際性に合うのだが、
こちらの女子に比べると
改めて日本女子はお肌が綺麗だし、意識が高くケアが行き届いているなあ、と思ったりもする。
数日後、同じ友達に会って「あきは、ちゃんと焼けていいな〜」と言われた。ぬーん。

最後にもう一度オペラ、グルックの「オルフェオとエウリディーチェ」。
舞台美術やモダンまじりのバレエシーンの斬新さ、衣装も一番好きでした。


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昨年のベガスで出会った悪友たちに誘われて
5月5日のメキシコの祝日、
Cinco de Mayoを讃える飲みへ。
Cinco de Mayoとは、プエブラの会戦でメキシコ軍がフランス軍を撃退したことを記念する日らしい。
うーん、あなたたちメキシコ人ではないよね?
というつっこみはおいておいて、
毎晩なにかにつけて飲むきっかけを探しては
パーティを催すのがNY。
テキーラ飲んでライムかじりです。
彼らに鍛えられてショットを覚えたNY。
心なしかお酒に強くなったNY。
酔うと不思議と英語が流暢になる事に気付いたNY。
(なんでだろう!)




マンハッタン在住者は「木曜日」のパーティーが一番好きだと言っていた。
なぜなら金土は周囲の島々、ブルックリンやニュージャージーから人々がマンハッタンに来て
人が混み合う、そして彼ら(田舎者)の遊び方は浅いんだと。
(←現マンハッタン在住者にしたって、ほとんどの人はもとはといえば田舎から来ているくせに…!)
ブリッジやトンネルを通ってマンハッタンに来るため、彼らのことを「ブリッジトンネル」と称すらしい。
ああ、これってどこでもそうなんだなあ、と笑ってしまった。
23区内でないとか、川を渡るとか渡らないだとか、
地理的(文化的)優越をもって、おもしろふざけて揶揄するのって。
わたしの場合は、よく「福岡出身」と言ってさらに次に「北九州市」を出すと、
福岡市の方からは「あー、北九かー、それ福岡出身って言ったらいかんばい」と上から言われるあの感じよ。
あのボーダー。断固線引き。
(誇りですよ、北九州。)


マンハッタンの愉しさってなんだろうと思う時、
土地のコンパクトさもそのひとつだと思う。
マンハッタンが狭いため、
(実際主要に「遊び」として機能しているところは幅4km×縦10kmくらいの範囲にあるように思う)
今どこ?おいでよ。ですぐ駆けつけられる。タクシーも安いのでフットワークが軽くなる。
みな終電を気にせず飲む。(マンハッタンに住んでいる方は)
彼らの多くは群れはしないが、愉しいことが大好き。
そうしてお祭り騒ぎがきらびやかなほど、彼らのスイッチが切れて油断してふと見せるまなざしに
どこの都会にも共通しているから騒ぎ感や、個人、孤人としての線引き、
すばらしい景色を見下ろせる平均台にスレスレのバランスで位置している足下を感じ
おいしさが短命な泡立つシャンパンのような街だなあと
その刹那さも切なさもわたしはますます気にいった。
by akiha_10 | 2011-05-11 01:02 | NY Journal

ニューヨークジャーナル 54

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チェルシーのGAGOSIAN GALLERYにて
晩年のピカソの作品の展示「Picasso:Mosqueteros」に行って来た。
なんと100点もの作品を展示。
こんなにたくさんのピカソを鑑賞したのははじめてでしたが、
迸る情熱と勢い、岡本太郎氏の作品を鑑賞する時のような鼓動を感じました。
絵画もさることながら、印象的だったのが彼が愛する人に宛てたラブレター。
てらいもなく愛を語り、どれだけ自分が彼女を想っているかを、
決して巧みな表現ではないのですが(ネイティブではない英語だからか?)、
その少し不器用な散文具合が頭ではなく心によって筆が動かされていることがよくわかり、
胸を打たれるのです。
創作したり表現する人は、多かれ少なかれ愛に飢えていて、
飢えている容量ぶん、愛情深いような気もする。
多くを求め、多くを与える、そしてまた求める。
わたしはいつも「愛されているか」を確かめる作業をしていた。
それは自己顕示欲という形で存在していたり、
誰かにむける、誰かから頂く、愛という形で存在していたり。
誰かがわたしの愛の受け止め皿は「ザル」のようだと言ってたっけね。
すぐ吸収してしまうのだと。ほんとに、やっかいだなあ。

チェルシーギャラリーめぐりの際に立ち寄るパンや、
La Bergamote。ここのパンオショコラはスキップしたくなるおいしさ!
パリにあるようなパンやさん、ギャラリー街の雰囲気に合っています。
お散歩していて見つけたマクドナルドカラーの小学校。
こんな元気カラーの小学校で育ったら色彩感覚も変わるよね。




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ブランチで食べた
サラダニソワーズ。
ちょっとアメリカ版。
まぐろのたたき?
のようなものがのっています。
友人のラムバーガーも美味。
ラムのハンバーガー
はじめて食べました。








定番ブランチメニューこなもの。
めずらしい!ブルーベリーも一緒に焼いているホットケーキ。
これで3人目の方に言われたのですが、
わたしはバターを多くつけるらしい。
アメリカンもびっくり、「そんなに?」とつっこまれます。
塗って伸ばさず、固形で乗せて食べる派だからかなあ。
(カルピス)バターを食べるためのパン、の習慣が癖づいたんかなぁ。


今空港なのですが、ついさきほどJALカウンターのグランドホステスさんに
「瓜生さん、わたし同じ高校です!」とチケットの名前を見て声を掛けられました。びっくり!!
ふたつ下の後輩ですが、今NY勤務だということ!
うーん、おもしろい偶然に満ちているなあ。
by akiha_10 | 2011-05-09 01:58 | NY Journal

ニューヨークジャーナル  53

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もとはフリック氏の邸宅であったところを改築して美術館にしたというThe Frick Collectionに行って来た。
フリック氏が生前に収集した美術品・工芸品を展示しているプライベート美術館。
その展示物もさることながら、建築物の壮観さ、調度品の麗しさ、お庭のお花の色あわせは完璧、
お屋敷のような建物の中はうっとりとため息がでてしまう空間です。
ほどよい広さの敷地で集中しやすく、ポタポタと雨の音が聞こえる午前中(美術巡りにはうってつけ)、
まるで家の中で鑑賞しているかのような落ち着きがあります。
フェルメールの「兵士と笑う女」の色づかいと、おなじみの遠近感覚、空間表現がすき。
今の時期はレンブラントとその弟子たちのデッサンが特集されていて見応えがある。
発見はJean-Baptiste Camille Corot。
この絵好きだなあ、と二作とも彼の作品の前で立ち止まっていました。
朝靄のような温度感、美しさと静けさ、神秘的で詩的な絵。
いつも好きな絵を忘れていくので
いつでも眺めることのできるようにポストカード入れをちゃんとつくろうと決めたのです。
(その決意よ、帰国してなお持続に期待)。
すべての絵画においてフリックコレクションは
フレームの美しさも絵画を引き立てているなあ、と感じた。フリック氏の審美眼なのでしょうか。
ルイジアナ現代美術館に並ぶ、とても好きな美術館のひとつになりました。



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小麦調査兼、お豆調査。
カフェラテとクロワッサン、定番朝ごはん。
もはや東京にもあるのですが、フリックコレクションの近くにあって立ち寄った
Via quadronno
居心地のよいOstcafe
こういった上から下まで窓(ドア)になっている空間ってあんまりないよね、申し分のない採光。
でも豆の好みはやはり近所のAbraco
最寄りのコーヒーやが一番おいしい!と友人に言ったら
ニューヨークに住んでいる人はみんな近所のコーヒーやが一番うまいって言うんだよね、
と言っておりました。距離による贔屓なのかなぁ…
by akiha_10 | 2011-05-06 08:44 | NY Journal

 ニューヨークジャーナル 52

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昨年も行って感動したBrooklynBowl。この空間大好きです。

バーとレストラン、ボーリング場とライヴハウス兼ダンスフロアが一体となった、
木造のカントリー空間で、すっごくアメリカンな気分にさせてくれる。

この日はThe Greyboy Allstars。アシッドジャズというらしい。
気になるのは鍵盤で、気になるいい音色をたくさん使っていた。
それにしても、DJではなく生バンドが演奏する中、
半ばクラブのダンスフロアのようにみんなが踊る、というスタイルもなかなか今までに経験がない。
演奏も休憩しつつも8時〜深夜2時くらいまでやっていて、
それぞれが好きなスタイルで飲んだり踊ったりボウリングしたり唄ったり。
自由で気軽で(安くて)ふらっといい音楽に触れる機会がたっくさんあるから、
羨ましい!いいなあ、と思うのです。


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by akiha_10 | 2011-05-05 06:12 | NY Journal

ニューヨークジャーナル 51

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いつか行こうと気になっていたイタリアンのお店がウエストヴィレッジにあって、
ちょうどそのあたりで用事があった帰りに、
カウンターがあることも調べていたので、おひとりさまで行ってみた(よろこんでっ!)
Dell'Anima

前菜はSWEEETBREAD。
これ、以前別のお店で前菜に「甘いパン?」と思って冒険オーダーしたらお肉がでてきて、
学習した一品。
カナダ産のホワイトヴィール(ミルクだけで育った仔牛)のリードヴォー(スウィートブレッド・仔牛胸腺)
というお肉の部位の名前だそうです。
これがなんとも、ホルモンのような、フォアグラのような、ウニのような、贅という罪を犯すかのような
禁断と官能の食感で、ひとりで徹底的に味に集中して違う世界に飛んで行ってしまっておりました。

そうしているうちに、カウンター隣の席も女性ひとりで現れて、
なに頼んだの?とお料理のことを話しているうちに意気投合してきて、
彼女もお料理が大好きで、底抜けに明るくって
食べ物は人生、ごはんは人生、お料理は健康、とだんだん声もはってきて
気付けば「NO FOOD,NO LIFE!!!」と二杯目を乾杯していました。
彼女はダンサーをやりながらこのレストランの系列店でサーバーとして働いているということ。
お休みの日に、わざわざ自分の働いているお店の系列店に来るって
とても献身的な社員ね、と言ったら、
このお店のシェフ(同じシェフが行ったり来たりらしい)の味に心底惚れていて、
人も雰囲気も大好きだということ。
美味しいお店は、働いている人がそのお店を愛している、これはひとつの指針であるような気がする。




そこから完全にガールズトーク(何歳までガールズといっていいのだろう…?は置いておいて)。
興味深いのは、◯◯系アメリカ人という、
まさに自身の両親と共に移民してアメリカ人になった方と、
もとから両親もアメリカ人で
(といっても何代か前は同じく移民なのだが)アメリカ人、といわれる方とは
育った感覚や価値観が違うらしく、今つき合っている彼とのそのギャップが大きな問題だという話題。
彼女はジャマイカ系アメリカ人で、小さい頃からタフに育てられ、
弁護士か医者になれという教育のもと育って
(結局夢を選んでダンサーだけどね、と肩をすくめ舌を出して言っていたが)、
必死に勉強し、同時に働き、多くの困難も挑戦も、全て自分自身で対処してきたとのこと。
比べて彼は根っからのアメリカ人だからすべてがイージーで
(と彼女は言っていたがこれもその人の気質によるものだと思うが)
教育の重要さについての認識、自分で決断すること、サヴァイヴする能力がもの足りない、とのこと。
彼女の話を聞きながら、幼少期からアメリカで育ち、
市民であり住民であり問題なく意思疎通ができても
様々な葛藤や違いがあからさまに存在していることを垣間みた。
賢くタフな女性が、すこし頼り無さげな男性にひかれて、(そして両親も反対するし…うんぬん)
というのは万国共通トピックだなあ、と聞いていたのです。



手打ちパスタのボロネーゼとドルチェのレモンタルトが終わっても
話は続き、笑いのツボが同じですごく盛り上がってしまったもんだから、
オープンキッチンのコックにふざけて
「あの二人のテーブルはもうお酒禁止!(そんなに飲んでないけども…)」
と言われたくらいで、
ひさしぶりにお腹の底から笑って、よい意味で期待を裏切るとっても楽しい夜になった。
(気付けば6時間強カウンターに根を生やしていた…)


a0028990_1453559.jpg閉店が近づく頃、
彼女のレストランの元同僚も来て、
グラッパを飲みながら
さらに話がもりあがり
今度はそのお友達と、
彼女が働いているレストランにごはんを食べにいこうという流れになった。
ごはんはコミュニケーション、
ごはんはライフ。
イタリアンらしく陽気で美味しく
とってもよいレストランでした。
たべものに感謝、
出会いに感謝、笑える時間に感謝、
ごちそうさま。
by akiha_10 | 2011-05-04 02:14 | NY Journal