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page m-13    マンスリークロワさん    1まきめ

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今月のクロワさんのライバル
BROTLANDのパンオレザン@代々木上原
by akiha_10 | 2006-06-30 22:41 | monthly

page s-21    ツアー・ガレット

今月はよくガレットを食べました。a0028990_20423510.jpg
ガレットは、フランス、
主にブルターニュ地方で親しまれているそば粉クレープ。
クレープというと、甘いデザートクレープのイメージが強いのですが、
ガレットは塩味のゴハンクレープとしても、よく食されています。
ナイフとフォークで食べて、おじょうひん。
たとえば、原宿のお店で、たまごオニオンチーズ。





あるいは、神楽坂のル・ブルターニュで、a0028990_20435117.jpg
デザート系、塩キャラメルアイスとホイップ。
ガレット専門店は、お店の雰囲気もすてきです。
店内の世界もしっかりブルターニュ。
ちょっと、異国気分。
ガレットは、皮がいいよね。
マリオンでも、バターシュガーが本命だもの。
ヤツハシも、皮だけ、おいしいね。





どちらのお店も、大学の友人、グルメ隊長に教えてもらいました。
思えば、グルメ隊長に教えていただいたお店はどれも美味しく、
お得なお店に関しては、それから何度も行っています。
グルメ貯金をして、生意気なお店にふたりで潜入したこともあったね。
これからも、グルメ隊長の右腕にしてね。



神楽坂の「ル・ブルターニュ」は日仏学院も近いためか、
フランス人も多く、店内ではフランス語が飛び交います。
お昼間からのんびり、ワインをゆらゆらさせているのを見て、
ああ、フランス的だわ、と思う。
ゆっくり時間を楽しめる気質。フルボトルぶん、おしゃべりは続くらしい。
フランス人の店主が「ボンジュール!」と言ってメニューを置くとき、
「ボ、ボンジュー、ル?」と尻すぼみになるあたり、
さらに、入口の行列を見て、さっさと食べなきゃと焦るあたり、
わたしは日本人、と思う。
ここはテラス席もあって、風がぬける。気持いいのよ。
いつか本当のブルターニュのクレープリーでガレットを食べよう!








「MI3」を観ました。
久し振りのハリウッドらしいハリウッド映画で、
スクリーン対、眼と頭が、追いつくか越されるかの競争で、手に汗にぎる。
トムが(友達?)ミッションを成し遂げるたび、
その滑込みの荒技と、スカッとするほどの爆発ぶりに、気付けば笑っていました。
隣の友達を「え。わらうとこじゃなくね?」とぎょっとさせながら、
終わるころには、酸素が薄いね、とジェットコースターから降りた気分。
スターウォーズしかり、あのメインテーマに、
有無をいわさずテンションを持っていかれる感じは、さすがです。
じゃ、じゃ、じゃっ、じゃっ、じゃ、じゃ、じゃっ、じゃっ 
ぱりぱー、ぱりぱー、ぱりぱーてりっ
が流れると、ポップコーンも飛びでちゃうほど、上々。
おすすめ。






来週火曜、渋谷で唄います。
前回は、全曲ひとりでしたが、今回はひとり+ゲストをお呼びします!
ここはひとつ、「行く」が、おすすめ。ほんとよ^^
短い間ですが、ぜひ、遊びに来てね。
by akiha_10 | 2006-06-27 21:06 | Stomach

page t-39   into Snow (回想)

太陽は腰が重い。
居座りすぎた夏至午後七時、
富ヶ谷交差点の道路は相変わらずキラキラしている。
夜が、後ろで、つかえてるのに。

蒸した身体を、てのひらで仰ぎながら、
ふと真裏の季節に遡った。
完成したinto snowを観て、いろいろと思い出すことがある。




今年はじめの真冬の旅は、列車が印象的だった。
たとえ突然時間変更されても、トラブルがあっても、
変更やトラブルは、たんに、自分にとってのアクシデントだった。
目的や予定、その根本にある欲を一度リセットしてしまえば、
きめつけていた立場から外れれば、
「ただの出来事」になった。
2時間の足留めで出会ったキヨスクの雑誌や、
駅の雑踏がどうして退屈であろうか。
きめつけていた立場から外れれば、
どんなふうにも見ることができた。
全体から見れば、「ただの出来事」になった。





誰もわたしを知らないということは、淋しいようで自由である。
いや、やっぱちょい淋しい。
自由になるまで、時間がかかる。
誰もわたしを呼ばないので、自分の名前をとなえてみる。
英語、仏語、チェコ語、独語。旅中よく聞いた言語である。
いかに自分というものが、
他者から認知されて、他者と区別されて、他者から呼ばれて、
はじめて存在しているかに気付く。
わたしわたしと言っているわりに、
肝心なわたしを、わたしは、鏡でしか見れない。

「自分」の境界線がよどむ。
一面にひろがる、森の雪景色を見ると、
なんか名前とかもただの決めごとだなぁ、とあやふやになる。






わたしってだれ、わたしってなに、きみ?わたし?だれってかあれ。なに?


ほとんど、自然みたい。
空も森も雪も、このなんか、乗ってる、まばたきしてる物体たちも、同じ。
同じ呼吸、同じ波長、みんな一体かもしれない。
ああ、自由!







…だと思ってたのに。
プラットホームに降りたわたしは、すぐ目にはいった、
ショーウィンドーにならぶマフィンを食べたいと思った。
スーツケースをひっぱりながらホテルを探す道、
あら可愛いお店ね、、あとで行こう、、あれ欲しいかも、、、と思った。
自分のホテルの隣のホテルのエントランスがすごく綺麗で、
いつかここに泊まりたい、と思った。
可愛いだとか、綺麗だとか、欲しいだとか、泊まりたいだとか、
あらあら、欲と思考に支配されちゃった。
まわりとの境界線が濃ゆくなり、「自分」が浮かび上がる。
すると突然、欲張りはじめる。
そんな時、空も森も雪の呼吸も聞こえない、
さっきより、ひとまわりもふたまわりも小さな世界で、じたばたしている。








『わたし』は買物にでかける。
しかし、ものすごい雪がふぶいてきて、路面は凍結。
氷った顔でニヒルな笑顔をつくってみる。
不思議と思考も氷りはじめる。
可愛い綺麗だの、欲しい欲しくないだの、もうどーでもいーよ。
さぶいよ!
火を、毛布を、スープを!!安全確保を!!
ただそれだけ。
今は足の指先の軽傷火傷が大問題。
感覚の世界、生存願望の世界、動物的な世界。
そんな時、空も森も雪の呼吸も聞こえず、
頭の、欲についての会議も聞こえず、
もっともっと、小さい、核になる根本的な世界でじたばたする。









どんどんどんどん、小さい世界になっていく。
はじめにしたって、
あたたかい列車の中、状況が満たされている中で感じていた、自由。
所詮は、マズローピラミッドの上のほうに身を置いていた、自分。
それを自由っといっていい??自由ってなに??
欲望は、満たすことでしか、消滅しないのですか。
答えを見つけに、いっそ、滝にでも打たれにいこうか。(さぶいよお…)






この悶々とした気持と、諦め。
なんとか表現できないかと、撮った写真を眺めつつ、
ドレスデン→ベルリン間の車内で音楽と絵コンテを書き留めました。
flashで見事に具現化してくださったのは、equinoxの三浦伊織さん。
1の提案で100をくみ取ってくださいます、いつも有難うございます。
まわりと同一化した安心感と恐怖を、
ポートレイトのデザインで、形にしてくださったequinoxの西澤アキコさん。
やりとりをするメールに体温がありました、感謝です。
レコーディングにつきあってくださった、エンジニアの井野健太郎さん、
ほんとにありがとね。







まわりを見渡し、しれっとボリュームあげめにしてみて^^
メニュー、ギャラリーのフォトグラフ→バービーアイコンから、雪の中へ。
by akiha_10 | 2006-06-22 16:10 | Trunk

page a-16  インテリアライフスタイル展

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友人のお仕事の関係もあって、
インテリアライフスタイル展に御一緒させていただきました。
これが、思っていたより面白くて、
半期に一度のものもらいの目をしばしばさせながら、
小さいブースにところせましと並んだ雑貨、家具を見てまわりました。




かつてインテリアショッップのシボネでみとれた、
「amadana」のブース。
ここの家電、わたしの中ですっごくヒットです。
フラットで、四角くて、シンプル。
オーブントースターの扉の持ち手や電話の受話器のところだけが
ウッディなところが、ツボなのよ。(そのふたつを、カタログから切り貼りしてみたのが上のもの)
デフォルメされた、記号っぽい愛嬌がある。
だからデザインものに漂いがちな、キメキメ感はやわらぐ。
体温のあるモノは安心する。
センスがいいのはわかる、かっこいいのはわかる、
でも自分にとって居心地は良くなさそう、という家電、インテリアはよろしくない。
ちょっとの背伸びは、自分を引っ張ってくれるが、
とどいていない背伸びは、アキレス腱がつってしまう。
空間において、自分にとっての居心地の良さ、フィット感は重要である。






サイトの「アマダナの哲学」を読んでみると(『amadana/アマダナ』でひいてみてね)、
とてもとても共感できるものがありました。
モノに宿っている作り手の哲学や気持を、
そのモノから、なんとなくでも感じとれる時、嬉しくなります。
モノへの興味は、職人への興味でもあるでしょう。
鞄なり車なり、時計なり、モノをほとんど擬人化して大切にするひとは、
作り手への感謝や尊敬、興味などがより強いのではないでしょうか。
モノが媒体になった、人と人との交流。
料理も空間も、それらが媒体となった、人と人との交流。
意識的に創作されたものには、その人の気が宿っていると思うのです。
自分にしっくりくる哲学が流れているモノは、
持っていて自然だったり、時に気持を盛り上げてくれる。
単なるモノにとらわれるのではなく、人との交わりとして接する。
そう考えるとなおさら、素直に思う、
触れてみたい食べてみたい、一緒に過ごしてみたい。





よく授業中に四角い箱を書いて、「理想の部屋」を書いていました。
初任給では快眠枕を買うと、そのむかし言っていました。
(よほど快眠願望は強かったのか、全国3名様の懸賞で、快眠枕を見事に当てた中学生うりゅう)
理想は年齢や環境によって変われど、「心地よい日常」の追求はずっとテーマなようです。
どんなところで、どんな時間を、どう過ごすか。
たとえ状況の選択権はなくとも、自分がどう感じるかで全て決まってしまう。
お洒落したパーティーーやかりそめの花火大会、
ギュッっと凝縮された楽しみも大好きだけど、
そこだけ夢見て日常を疎かにするのはもったいなさすぎる。
一番長い時間、ともに過すのは、日常です。




しかし、きっと心地よい日常は、
パーフェクトなインテリアに囲まれるということでもないのでしょう。
お部屋に関していうならば、普通に、掃除をして清潔にして、
窓をあけて、陽が差し込んで、
それだけでかなり実現するものです。
プチブーケでも飾ってみれば、もうパーフェクト。
いつかは置いてみたい椅子や家電も、まあ追々ね。


「心地よい日常、衣食住の実現」は今すでに、ほどよく叶わせてもらっているものであり、
これからも長期的に持ち続ける興味であり、夢であることでしょう。
夢を持ち続けるためには、100%は叶わせないことです。






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今の気分にとてもフィットする
ルームフレグランスを買いました。
森林の香りよ。
しゅっとしたら、ああ、しあわせ。
by akiha_10 | 2006-06-17 20:01 | Art

page a-15   繊維の職人

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お気に入りのくまのぬいぐるみ、
ボーをつくっていらっしゃる作家さんに会いにいきました。
どれくらい好きかというと、
友達にボーの写真を見せては、迷惑がられながら、
それでも「かわいいでしょ?でしょでしょ?」と言って、
「うん」をせがむほどです。





その話を作家の貝戸さんにすると、
買われた方はみんなそうなんですよ、とおっしゃっていました。
みなさん、自分のボーが一番、かわいい、という。
自分の子が一番よ、みたいな。
というのも、ボーは一体一体、手づくりのため、同じ顔はないそう。
また、一度決めた生地も、次につくるときに、
同じ生地がなかったりするため、少しずつ素材も変化するそう。
だから、たまたま出会った、そのボーとの偶然感が、
ドラマチックに気持を高める(ちなみにわたしとボー、出会いは横浜、はじまりは横浜)。
写っているのは初代ボー、ほんと、わたしのボーとはまた違うねぇ。
(わたしのは、なんか、いじけてる…(でもやっぱあたしのが、一番かわいいぜい!))


ボーの魅力は、アンバランス感、足りない感じなんです。
魅力のひみつ、貝戸さんの話を聞いて納得です。
パターンがもともと、左右非対称なんだそう。
人間の顔も、左右非対称だものね。
それが、つい擬人化させてしまうほどの、生きているような表情をつくりだす。
未完成なアンバランスさに、共感、愛着を感じます。


愛くるしいfredericのぬいぐるみたちは、
旦那さんとやっていらっしゃるお店、pretzelにも住んでいます。
恵比寿と広尾の間の閑静な道の半地下にある、
モンマルトルのボタン屋さんのようなお店。
入った瞬間、冬のプラハもよみがえりましたが、
なるほど、中欧で貝戸さんが買いつけたアンティークが並べてあるからでした。
中近東の買いつけ雑貨も多く、エキゾチックでもある。
また、旦那さんのデザインするpretzelの子供服が、すごく可愛い。
おしゃまなワンピース、こどもにジェラシイ。
ひとりで、わたしのこどもをシュミレイトしてにやにやして、あやしいです。


お店にはミシンが置いてあって、お店兼アトリエになっています。
今日は雨がしとしと降っていたけれど、雨音にミシン音を重ねながら、
大好きなものに囲まれて、
ボーや仲間をつくっているのって、いいねー、と思いました。
わたしも、創作意欲が湧いてきた。
腹ごしらえに広尾駅近くのブルディガラのパンを買って、
今日はきっと一曲できるような、そんな気もしないでもないかもしれないと思いこむ。
雨を吸って、木々の匂いは冴える、有栖川公園の脇を通ってそう思った。
frederic








同世代の、もの創りつながりでいうと、
パリでモード勉強中の友人、はまちゃんにも注目。
しかも、数ある専門学校の中、はまちゃんは偶然貝戸さんと同じ専門でした。
つながる、つながる、糸と糸。
はまちゃんとは、むかし服飾イベントで知り合ってから、
なんだか仲良しになって、
何度かイベントに参加したりもしました。
パリに行ってからは、写真を送ってもらったり、欧州旅事情を聴いたり。
バカンスバカンス言っているはまちゃんは、さながらパリジャン。
でも実は熱いひとだと知っています。
今年、パリ校を卒業。
卒コレができたよ、とお便りもらったので、紹介してみます。
デザインデュオFINESSE、
波長が合うとは思っていたけど、コンセプトとかやっぱり共感できるものがあります。
これからも、たのしみしてるね。
FINESSE









最近、福岡から祖父母が上京していました。
要らないカーテンでつくったスカートをおばあちゃんが持って来てくれて、
(これが、なぜかシルクのように見える不思議なエコスカート)
たしかにそれは気に入ったのだけど、
祖母の「かわいいでしょ?でしょでしょ?」というところに、
自分が確実に引き継いだDNAを確信し、笑ってしまう。
(そうだ、母も、しょっちゅう、まわりに「うん」と言わせしめちゃうから、
わたしは三代目継承者ね!)


針を通った糸、糸が織った布、布に吹き込む想い、
そこから、もらえる、歓び。
繊維を操る職人たちにいつも、気持を掻き立てられます。



pretzel@東京都渋谷区恵比寿2-20-7
by akiha_10 | 2006-06-11 22:46 | Art

page d-30  2006  梅雨どき

人は、外からの働きにとても敏感。a0028990_10573243.jpg
はじめは抵抗があっても、順応して慣れる。
そんな、柔軟さと、単純さに、わたしはたびたび救われる。


環境、という外からの働き。
絶対無理だと叫んでいた生活スタイルだって、
繰り返せば、慣れてしまう。
たとえば、
朝5時起きに慣れる、スーツに慣れる。
満員電車に慣れる、人と話すことに慣れる。
とし子は、多忙な女、に慣れた。
さよりは、東京暮らしに慣れた。
わたしも、すこしずつ、
文を書くことに慣れる、
人前で唄うことに慣れる。
継続によって、だんだんしっくりくるようになる。




新しいものに慣れるということは、
それまで慣れていた習慣に上書きすることです。
習慣の入れ替えによって、
時に、人が変わったように思うことがあります。
受けいれがたいのは、前はもっと話しやすかったのに?なんていう、
自分にとってネガティブな、あの子の変化。
わたしは、良くも悪くも、絶えず人は変わるものだと思っています。
それだけ、人は外からの働きに敏感で、影響されるからです。



慣れは、楽(ラク)になることでもあります。
ラクは自分に優しく、心地よいので、
馴染んだポジションを得ると、安心して住み着きます。
バアム現象です。
ループに揺られて気持が良いと、当初の抗いも、どこ吹く風。
ループの現実にうまく乗って、今ある日常を楽しんでいるともいえます。
やっぱり違うと思ったら、想いを貫いて、追求するもあり。
なにかを追うも、与えられた環境を味わうも、どっちでもいい。
だから、唄「バアムクーヘン」は、
社会にのまれて、個である意識、本来の目標を捨てるな、
という熱き想いを喚起させるものでもなくって、
食べられちゃったらえへへ、食べられちゃったらやばくね?、
という、どちらもありの八方美人の歌なのです。







衣食住に関する小道具なども、
人を変えたり、その気にさせる、外からの働きといえるでしょう。
こちらの場合は、やむをえない環境の変化ではなく、
自分から仕掛けて変えていく、自発的なものです。
身のまわりのちょっとした演出で、なりたい気分に自分を順応させる。
好きな自分でいようと努めている人は、すきです。


ある友人が出版社でのアルバイトを始めてまもなく、
煙草を吸い始めました。
周りがみんな吸っている様で、きつかったそうです。
ここでは、喫煙の良し悪しが問題ではなくって、
興味深いのは彼女の変化です。
煙草アイテムを日常に取り込むことによって、
彼女は喋り方や仕草が変わっていく、その面白さ。
不思議と、独特な大人の憂い、を放つようになるのです。
この姿への憧れが、喫煙動機のひとつになるのも、
ああ、まったく解らない事はないな、と思いました。
また、タバコを片手に持って集まって話しているほうが、
なぜだか、腹を割っていたり、込み入った話をしているように見える。
けむりマジック。小道具に操作される、人。
セピアな背景を背負い、空間をぼやかすから、
とし子と村上は喫煙者にしたかった。



男友達が100円ライターからジッポに変えた時、
すこしドラマを背負った男の仕草になる。
長めの爪をつけた時に、
カップを持つわたしの指先がフェミニンになる。
いつも行く八百屋のおばちゃんが、久し振りに紅をひいた時、
おばちゃんは上機嫌である。
そういうのって、楽しいです。
こうやって自分を盛り上げて、
いちいち楽しむって、おとくです。
じぶんじぶん、俺最高、の自己演出過剰の一之瀬は、開きなおったナルシスト、
憎いけど、愛おしいのです。



敏感で、単純で、柔軟で、洗脳されやすい、人。
やむをえない外からの働きは、どうしようもないけど、
せめて自分でどうにでもなる部分、選択できる部分は、
イメージを目指して仕込もうと思うのです。
ピースフルでいたいから、できればピースフルな人に会おう。
スナ子でいたいから、旅しつづけて、創りつづけていよう。
やさしくなりたいから、やさしいものに触れよっと。





今しかない味わい、時間は生ものです。
本日中に、召し上がれ。

読んでくれてありがと、
HP3年目に突入。
by akiha_10 | 2006-06-07 11:26 | Daily thinking