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page m-2   マンスリーパンフィクション  07

トシボーが7回目の欠伸をした。

いつもより、さらにだるく感じる、始発電車を待つファミレス。
二人とも互いの目を盗んで時計に何度も目をやる。
話が合わないんじゃんなくて、
「わたしたち、もう話もいっぱいしたし、疲れてるんです」
って装おうために、大袈裟に欠伸をするのだ。何回も、わざわざ声をだして。

トシボーは昔の友達。
家が近いこともあって、小学校、中学校の時は一番仲のいい友達だった。
のんびりしているトシボーはすごく話しやすかった。
高校で別になったが、トシボーがその後東京の大学に行ったという話だけは耳にしていた。
私が地元の専門を出て一度就職した後、会社を辞めて上京したという噂を
どこからか聞きつけたらしく、友人をつたってメールをくれた。
トシボーは大手企業に就職して、今「超忙しい」らしい。

a0028990_23462978.jpgずっと会っていなかった昔の友達と会うのは、あまり得意ではない。
ある所まで同じ道を歩いていたのに、
ある時Y字路の分岐点に立たされ、
そこで分かれて、またそれぞれのY字路が訪れ、さらに別れる。
音沙汰なしに進むべき小枝を選んでいるうちに、
いつのまにか随分離れてしまっている気がして。
その距離をわざわざ確かめるのは悲しいだけだし、
いつまでもあの時のままです、
と気をつかい合うのもおっくうなのだ。
トシボ−に会おうと言われた時も迷ったが、
具体的な日時をいくつか提案されたので断りにくく、
結局会うことにした。

トシボーは細みのスーツを着て現れた。
黒縁の眼鏡をかけなおして「とりあえずアイスコーヒーくれる?」と
メニュ−も見ずに店員にいった。ひとつひとつの動作が忙しそうだった。
すでに違和感。左右に伸びきった小枝を持つ、一本の木を思い出す。


「ごめんねーこんな時間に。ひさしぶり。サヨリ変わってないねー
なんかまじ懐かしいよー、今なにやってんの?」トシボーはおしぼりを開けながら言った。
トシボーの違和感をほどけないかと、私はちょっとテンションあげて答えた。
「実は、いっぺん就職してんけど、なんかちがうと思って東京きてん。
今はカフェでバイトしてねんけど、この生活もけっこうええよ。」
「へーそーなんだー。」トシボーは携帯とシガレットケースを机の上に置きながら答える。

私の言葉はほんとにトシボーに届いているのだろうか。
その後も、バイト先の話とかどこに住んでいるかとか、休日の過ごし方とか、
「今」に関するいろいろを聞いてきたけど、ずっと「へーそーなんだー」の姿勢は崩さなかった。
「昔」の話になれば、いくらかその場があったまるが、誰がどうしただのこうしただのに対して
「まじで?それうけるー」とほとんど笑わずに言った。

「今」にちゃんと立てる人はまぶしいし、羨ましい。
人はどんどん成長もするし、失速もするし、変化する。変化していい。
目の前にいるのは、トシボーであってトシボーでないかもしれない。
だからといって私の中のトシボーを押し付けるのは、トシボーにとって迷惑極まりない。
トシボーに違和感を感じる自分が幼稚におもえた。
「へーそーなんだー」と私も心の中でつぶやいて、なんとか自分を納得させた。

「そろそろ駅むかいますか。」トシボーは伝票を持ってレジに行く。
お財布を探している間に「あ、いいよいいよ、今日来てくれたし。」とスマートに支払いをすませた。

「ありがとお」お礼を言って同じ駅にむかう。
真昼のあつさからクールダウンしきった夜明けの道路を歩き、しんとした駅で切符を買う。
まだ時間があるので、ホームの椅子に座った。
静けさの中、トシボーのお腹がかすかに鳴ったので、はははとクールに笑った。
「トシボーお腹すいてんの?あ、昨日買ったおいしいパンあるで。
この店やったらチョコパンがいちばん旨いねんけど、きのうは売り切れやってん。
でもこれもオススメやねん、クランベリーとナッツのライ麦パン。さっきのお礼、あげるわ。」
バッグからパンを取り出して、トシボーにあげた。
「へー、ありがとお。」トシボーは早速パンをちぎって食べはじめた。

電車がくるまでの数分、パンを食べながら、a0028990_23485674.jpg
大学で何をしていたとか、何で今の会社に入ったのかを話してくれた。
枝分かれの経過を話す間、私の知ってるトシボーが何度か見えた。
それに、話しながらクランベリーやナッツを
パンからぬき出す手遊びは、
昔給食のぶどうパンのレーズンだけを
ほじり出して食べていたトシボーと
なーんも変わってなくておかしかった。

人はどんどん変わるけど、思っているほど変われない。
                       (fin)


今月のパン 黒繪(スミノエ)@新宿
by akiha_10 | 2005-07-29 00:39 | monthly

page d-20 DAILY WARS  めんどいマンの奇襲

「毎日さ、いかにめんどくさい事に勝てるか。日々はそれの繰り返しだよねー。」
友人はそう言った。
たしかに、毎日はめんどくさいに溢れている。
いや、よくよく考えたらぜーんぶめんどくさいことなのかもしれない。
もともとめんどくさい事を、心の持ちようで変化させて、
こなしていく事が生活であり暮らしであるかもしれない。

日々襲って来るめんどくさいを、めんどいマンと名付けた。a0028990_12362227.jpg
めんどいマンはまず、好きなことに関しては、
その姿はとじこめられた状態にある。
私の場合、好きなことと向き合う時はもちろん、
「寝る」とか「食べる」とか。
多忙な現代人用に、食事が全部サプリメントとかになったら、
絶対いやよ。
好きなことの奥にも、多分めんどいマンは存在するのだが、
「好き」のバリアが厚く、表に出てこれない。


次に、めんどいマンは日々のローテンションのリズムになってしまえば、
中立の状態でキープできるのだ。なんなくこなしていける、日々の作業である。
昔、母に「皿洗いたのしい?」と聞いたことがある。
母は「べつに楽しいくはないよ」と答えた。
「じゃあ、嫌い?」と聞くと「好きとか嫌いとかじゃないよ」と、答えた。
「じゃあじゃあ、皿洗いと掃除機と洗濯物、どれが一番すき?」と聞くと
なんだこの子は、とめんどくさそうな顔をしながら
「一番とか、好きとかないよ」とさらっとあしらわれて会話は終わった。

当時、子どもの私から見たら、三大家事はなんだかめんどくさそうだ。
母の日にあげた皿洗い券を、フリーパスで使われたらご免だなぁと思っていた。
毎日、それらをさらりとこなしてしまう母に疑問を持ったのかもしれない。
人それぞれだけど、自活をはじめた私にとっても三大家事は好きでもなく嫌いでもなかった。
これは、リズムになってしまった中立の状態かも。
めんどいマンは慣れることで、お行儀よく体操座りをしている。
しかし気分によって「楽しい」に変化させることもできるし、
めんどいマンがむきだしになって現れることもある。
楽しいに変化するの時は、新しいインテリアを買ったりして模様替えなんてする時。
掃除楽しいじゃんね〜ふっふーとのめりこむ。
逆に、めんどくさくなる時は、リズムがずれた時、変化をうめるのに一苦労。
木曜日あたりの朝の電車はどうってことないのに、
休みを挟んだ月曜は、どうもめんどい、ていうやつ。またリズムを取り戻せば楽になる。
また、小さいめんどいマンはどんどんやっつけていかないと、増殖します。
夏休みの宿題の日記で、毎日小さいめんどいマンに耐えなかったら、
8月最後の週に、目も眩むようなめんどいマンと戦わなければならないってやつ。


このあいだ、友人と食事後、ほとんど勢いで深夜の「STAR WARS」を観にいきました。
その日は初日だったらしく、深夜3スクリーンで上映しているにも関わらず立ち見が出るほど。
「みんなおかしい、寝る時間ですよ。」と
自分がそのおかしい人の一人であることは忘れて、眠らぬ六本木の活気にたじろぐ。
終わってもなお、蛍光の棒をぶんぶん振って楽しそうなので
「元気な若者たちよ…」と自分も若者であることは忘れて目を細める。



昨日からの充実した遊びを振り返って、a0028990_0512626.jpg
眠気まじりの満足感に浸っていた。
隙をみためんどいマンがニヤリと笑う。

「うわっ、洗濯物干しっぱなしや!」急に思い出した。
その瞬間めんどいマンがいっせいになだれこんできて、
どっと疲労感。
リズムをずらして楽しんだ代わりに、
ほっておいためんどいマンは増殖。
とりこむ事なんて、たいしたことないはずだけどね、
ネムイ、メンドイ…


ふぁ〜あ〜。
倦怠に満ちた夜明けの六本木を、あくびをしながらあとにする。
by akiha_10 | 2005-07-24 09:15 | Daily thinking

page d-19  それはまるでロンドのように

わたしはセカンドハンドが結構好き。もちろん新品も好きだけど。
蚤の市は大好きだし、洋服も小物も雑貨も本も、買うのに抵抗はない。
むしろロマンチックな気にさえなる。
どんな人の、2番手(5番手くらいかもしれないが)なんだろう…と。
そういった意味で、ユーズドじゃなしに、セカンドハンドっていう言葉のほうが愛情があってピンとくる。
誰かさんからバトンが渡されて、ひととき楽しんで、またそれを手放す。(留めることもある)
ひとつのモノを共有しながら、まわっているのって、無駄がない気がしてなんだか気持ちがよい。

モンゴルに一ケ月弱旅をした友人の言葉がずっと残っている。
「あっちでゴミがほとんど出なかったの!それで普通に暮らしていけるからね〜」と。
そうか。無駄がないのね。
過剰包装や使い捨てにマヒしてしまっている自分にはっと気付き、しばし考える。
例えば御歳暮の箱や袋を極端になくしたらどうなるか。
紙業界の人たちは一体どうなる?御歳暮シーズンの包む仕事の雇用はどうなる?
まわっていたシステムのどこか一部が極端に止まってしまうと、少しずつだが全体に支障がでる。
生態系システムと同じね。
ここの経済システムが消費によってまわっている以上、環境についてなんて簡単には語れないなと思うのです。
うーん、多分うまいこと、まわってるのよね。

わたしはというと、やっぱりプレゼントが綺麗に包装されていたら嬉しいしさ。
自分で買ったものも、袋が可愛かったら嬉しいしさ。
無駄がないことの反対にある、豊かな気分も捨てがたい。
昔はサンリオの店員さんに憧れていて、包む様子をじっと観察していました。
自分用のくせにプレゼント用にしてもらい(セコイ)、
持って帰って包みを開けて(セロテープが敵!)、ふたたび包んでラッピングの練習。
マスターしたらその包み紙はシワを伸ばして、いつかのために保管(だいぶセコイ)。
今でも包んでいるのを見るのは好き。
プレゼント用に購入した際、「お包みしてお呼び致しますので、店内を御覧ください」と言われても、
レジ周りをウロウロして(見たいだけよ)、店員さんに無言のプレッシャーを与えている、感じの悪いわたし。



ラッピング専門店も、すごく好き。a0028990_2355221.jpg
ニューヨークのソーホーに、ケイツペーパリーというお店があって、
その店のラッピングアイテムの可愛さには心を奪われっぱなし。
ケイトスペードがプロデュースするお店で、ラッピングアイテム、
ステーショナリーやレターセットなど、
素敵なセレクトで並んでいます。
ノートもかわいいでしょ。
去年ケミィと訪ねた時、ついつい長居して、
ついつい色々買ってしまった。
今日から私は筆マメになります、と言い聞かせながら。



無駄がないのも素敵、豊かも素敵。
…。 とりあえずゴミの分別がんばろっと。
こうしてわたしの思考もまわってるのよね。
by akiha_10 | 2005-07-20 23:49 | Daily thinking

page f-3 「靴に恋して」

小粋でモードな映画かと思いきや。
心になにかしら影を持つ5人の女性の、いたくリアルなお話。
靴そのものではなく、靴を履いて歩む「人」にスポットを当てています。
良くも悪くも、鑑賞するのに気力体力がいる作品、スペイン映画に多い気がします。
それだけ、リアルで、刻みが深くて、心に残るのだけど。

焼き付いたシーンが何枚かあります。a0028990_22464590.jpg
5年間恋人同士であったレイレとクンのお別れのシーン、
後をひく切なさ。
いつもと違う散歩道に踏みだして、新しい世界に胸を高鳴らせる
アニータの目の輝き。
そして、様々なメゾンの靴が並ぶ、セレブリティ、イサベルの
靴のコレクションルーム。
靴フェチの方、心踊るシーンに違いありません。

靴は身体表現のアイテムの中で、
一番ライフスタイルと関わってくるもの。
今日の天気と、移動と場所と、作業内容を考えて選ばれるものだもんね。
総合的にはスニーカーがやっぱり優秀なのかな?


駅前のスピード靴修理屋さんで、サンダルのヒールを交換してもらっていると
こんな貼り紙が目にはいりました。
「最近ピンヒールを履いている女性が目立ちます。
ピンヒールとは、もともと西洋のパーティなどで、カーペットの上で履かれるものです。
決して通勤、通学で履かないように。」
椅子に座ってプラプラさせていた足が止まりました。
間違っている者がここに。わたしのことではないか。
修理のおじさんをチラっと見ました。
「またかよ」と不機嫌ではなさそうなので、安心。
でも、よくよく考えたら、ヒール人口が増えることでヒール交換の需要が増えるよ?
おおいにヒールをすり減らしてくださいって言っていいんじゃないの?と思ったり。

本気の靴フェチは、きっとお気に入りの靴を履いたらドアツードアの移動が当たり前。
それか、痛める覚悟の余裕っぷりがないとダメなんだろうな。
今ひとつ靴ケアが足りない大雑把な私は、靴フェチと言ってはならぬ。

香港に行った時、マノロブラニクのオンリーショップが破格のセール中。
友人はその中の一足を、とても気に入って、しかもよくお似合い。
マノロといえば、大人のお値段。それだけあって、言わずと知れた安定感と美しさは確かなもの。
彼女の靴の価値観からすれば、半額以下なら頑張れば手に届く。
鏡を見ては
「でもさ、今の自分の身の丈に合ってない気もする…」と常識的な意見と
「いやいや、役職が人を育てるように、靴が人を育てるっすよ」
とよく分からない意見を対立させて彼女は悩んだ。
一日おいて悩んだ結果、今回はみおくり。
いつか、先行投資ではなく、ご褒美で買いにいけたらいいね。


ま。なんにせよ、大切なのは靴ではなくて、その靴を履いて、何を感じるかよね。
アイテムセラピーを使って、自分を少しでも前向きにさせることができたら。
そうやって、どんな靴にしろ、自分のサイズで自分の歩幅で、
3歩進んで2.8歩さがって、0.2歩くらいずつ進んでいけたら。


リスボンで、もう一度夢と向き合うレイレの横顔が、
シンデレラは教えてくれない、リアルな0.2歩ぶんの前向きさを残して、映画は終わる。

film 「靴に恋して」
by akiha_10 | 2005-07-16 23:28 | film

page t-15   街くらべ 代々木上原〜八幡

旅行が好きな主な理由の一つは、街への興味です。a0028990_0575758.jpg
どんな建物があって、どう道が続いており、どんな匂いがするのか。
そこで、人々が何を着て、何を食べ、どんな暮らしをしているのか。

印象的な街のひとつにアッシジがあります。
イタリア中部にあるアッシジは人口800人の小さな街なんだけども、
お菓子のディスプレイなどとても素敵で印象的。
建物なんかも、ちょっと小さめで、
建物にトンネルがあったり、素朴なおとぎの国。
お菓子屋さんでは、店主とお客のおばちゃんが
「なんちゃらッテイーノッ!ボーノボーノ!」
みたいな、たわいのない?会話をしていて、ほんわかするのです。

街くらべというと国外に目がいきがちですが、
東京も、かなりおもしろいところだと思うのね。
中目黒、恵比寿、六本木、広尾、渋谷、原宿…と
実際は近接しているにも関わらず、それぞれ色を持っている不思議なとこ。
そりゃね、イタリア人留学生のベルナッチョが
「トーキョ、エキサーイティングデスネェ」ってゆうのも分かるよ。
そこで、わたしがローマの石畳を羨ましがったら
「ローマ?フン、ツマラナイネ、フルクサイネ。アタマカタイネ。」とおっしゃる。
規制されたクラシカルな街並も、建て放題の目まぐるしい都市も、
互いに、青くまぶしい隣の芝生っていうやつですな。

代々木上原から八幡にかけて、おもしろいなと思っています。a0028990_0584374.jpg
ウロウロしていると、気になるお店を発見できたりして。
こないだは、古本屋を見つけました。古本屋は匂いがいい。
活字は眠気との戦いなので、そんなに量は読めないくせに
お手頃価格のためついつい買ってしまう。
そして、そのまま時は過ぎ、忘れた頃にひょっこり現われ、
勉強や大掃除の邪魔をするのです。
そのほか、陶器屋さんや布屋さんもあって、ワクワクします。
「お茶」するところも、たくさんあるし。



そんな素敵な街ではありますが、ここら辺は道が狭く視界が悪いうえ、
交通量が多く、チャリでとばすとヒヤリハットに何度も遭遇します。
(※ヒヤっとしてハッとするの意。自動車免許更新の講習で習得した言葉を早速拝借)
気をつけなきゃ。
ところでヒヤリハットって言葉、なんかいいよね。使いたくなるよね。
熱冷まシートの類似品みたいな、熱を下げてくれるヒンヤリした帽子みたいな…。

ちょうど風邪をひいていて、熱冷まシートにお世話になってたとこ。
ヒヤリハットもあったら、かわいいのにねぇ。
かぶって寝たら、元気になりそう。
by akiha_10 | 2005-07-08 01:15 | Trunk