カテゴリ:NY Journal( 166 )

ニューヨークジャーナル 126

前述のオペラ「浜辺のアインシュタイン」にまつわるサイドストーリーがある。
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「アキハ絶対これ好きだと思うよ」とこのオペラに誘ってくれたのは、最近把握しつつある「ユダヤ人らしさ」の特徴を例に漏れず具えている、理屈と討論をなによりも好む弁護士の大好きな友人なのだが、この偶然の誘いには驚き喜んだ。ロバート・ウィルソンの作品を観る事はわたしのTo do listの上のほうに位置していて、そのきっかけとなったのは真夏のできごと。

ゲイパレードの日、友人に誘われた船上パーティー(ジャーナル116)。近くで盛り上がっていたチャーミングなゲイ集団と意気投合して一緒にわいわいとやっていたら「あなたのこと気に入ったわ!次、行くわよ!」とハンサムボーイたちがアフターパーティーに誘ってくれた。ハッピーでピースフルな彼らの誘いに悪い気はせず一杯だけ参加させてもらうことにしてみた。

次のバーに行く前に一人が荷物をピックアップするからと言って、皆でチェルシーのオフィスらしきところに寄った。美しい民族衣装や織物、陶器、アフリカ大陸もしくはアジア方面のどこかから収集されてるらしき数々のコレクションが目に飛び込んだ。大地のにおいさえ漂ってきそうな、そのほっくりとした土っぽいモノたちがマンハッタンの天井の高い、ひやりと洗練された無機質打ちっぱなしのオフィスに無造作に陳列され、その景色はあまりに不釣り合いで取合せに斬新さすら覚えた。「なに、ここ美術館みたいだね」と聞くと、そこはなんとロバート・ウィルソンのオフィスだったのだ!彼はロバート・ウィルソンの秘書で、知らぬ間にわたしはロバートのNYオフィスにお邪魔していたのである!そこからロバート・ウィルソンがオペラを創っている演出家であること、フィリップ・グラスとの共同創作の歴史を知ることになった。具体的作品の話にまで及ばなかったが(まさにアインシュタインツアー中だとは知らず)そうして話を聞いているうちに、「NYで名前を見た時には観てみるね」とその時わたしの中で興味がひとつ加わったのである。


その後移動したバーで、同じゲイ仲間のうちのもう一人と特に意気投合して、アムステルダムで過ごす彼の夏の休暇が終わったら飲みに行こう!と約束をした。わたしが目下ダウンタウンウエストを開拓中だというのを聞いて「うちの近所だから案内するよ!」と子どものようなスマイルで答えていた。NYでは「What do you do?(「なにをしているか」一般的に仕事を指すことが多い)」と尋ねると実際今生計を立てている「職業」よりも自分の情熱を注いでいる、自分のアイデンティティだと思うものを答える人も多い。だからここでは一日に何人ものミュージシャンと役者とフォトグラファーに会うのだ。彼はその時は画家(実際とても素敵な作品を描いてビジネスもしている)と答えていたのだが、同時に彼はまさに「浜辺のアインシュタイン」の舞台監督(スタッフや演者の調整・指揮・進行管理をする責任者)をやっていたことが判明した。


それは先週末に「ゲイバーに踊りに行こうよ」という彼の誘いで行ったグリニッジ・ヴィレッジのオールドスクールのゲイバーで話していて明らかになった。くだんの彼の仲間がロバートの秘書だとは知っていたが彼も関わっていたとは知らず、わたしが作品を観ていたことにまず驚き、興奮気味に感想を聴いてきた。まずは正直に「疲れたよ」と言ったら「I know it!!!」とその言葉を待っていたかのようにキラキラと笑いながらハグをしてきた。作品に直接携わっている人の話を聴けてとても嬉しかった。「あの作品はbeautiful peopleとbeautiful mindとbeautiful energyによって創られるのっ!」とやたらbeautifulを連呼する無邪気な彼が本当に魅力的で、最前線のアートカルチャーシーンはある一面でゲイのシャープな感性によって発展してきた事実はこの輝く瞳を見れば納得。彼は感性豊かで優しくて知的でさわやか、仮装大賞のスコアボードが「きゅんきゅんポイントスコア表」だとしたらほんの20分くらいで、彼のちょっとした仕草や表情、心遣いでいっきに満点に駆け上がって欽ちゃんに飛びつくところだ。はっ、危うく惚れてしまいそうになるじゃないか!「なんでゲイなの?」という口惜しさはこれかー!とこの時痛感した。


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さて、ゲイバー。女性も問題なく入れるとはいえ、週末の200人ほどのゲイの集いの中で片手ほどの女性しかおらず、「女」であることによって見事なまでに存在をスルーされるという、NYのナイトライフにして1ミクロの色っぽい駆け引きも危うさも「Hi!」すらない透明人間状態が逆に新鮮。そしてとっても楽チンだということがわかった。そもそも市場にあがってないので、まったくの素顔でいられる、誰の目も気にせずただきゃっきゃと阿呆な笑いに全力投球な同性と一緒のがごとく騒げるのだ!これは新発見の楽しさかもしれない!

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さらに面白い出来事も!
バーで軽く飲んだあと予定通りダンスフロアで踊りたい、と彼。ハンサムボーイのこのキラキラテンションに追いつくには「ちょい酔い」必須だと察したわたしは短時間・少量でいい感じになれるドライ・マティーニの投入を決する。カウンターで入手しオリーブをくわえてダウスフロアに戻る頃には彼がいつのまにか若い男性をナンパしていて早速紹介してくれた。すこし談笑した後、ターゲットの彼が立ち去る後ろ姿をねっとりとした視線で見送りながら「彼キュートね」「でも彼まだ22歳なのよ(友人は30代後半)」「あらやだ、まだベイビーじゃない」とまるでガールズトーク(って言葉もう古い?)。キャリー・ブラッドショー(サラ・ジェシカ・パーカー演じるNYを舞台にしたドラマ「SEX AND THE CITY」の主人公)よろしく、なんてこった!なんて海外ドラマナイズな会話!ぜんぶマティーニのせいにしちゃえ!とミラーボールに仕込まれた第三の目がわたしを見てくすくすと笑っていた。




そうしているうちにダンスフロアで「オーマイガーオーマイガー」とちょっとしたざわつきが。次々と一階のバーに移動するゲイたちを見て、彼と「なんだろう?」と便乗して登ってみた。するとなんとサラ・ジェシカ・パーカーご本人がご来店!そのバーのあるダウンタウンウエストに住んでいるというのは聞いた事があったけど、なんてこった!華奢な身体にラフな装いという出立ちで友達と思しきゲイの方々と談笑。その遠巻きでわたしたち。NYでは目撃する機会も多いのだろうが、彼は15年も住んではじめての遭遇だと嬉しそうに耳打ち。NYアイコンの一人であり、ゲイのバイブルともいわれる「SEX AND THE CITY」のクイーンを目の前に皆、女性よりも女性らしくそわそわしていた。ただ「イケてる」NYゲイのプライドなのか、誰しもがスマートフォンに手を伸ばしてパパラッチを目論むが互いに牽制しあって「サラ?so what?」とクールを装うという空気を察知。ここでこそ観光客のずうずうしさを発揮すべきわたしはというと、ただでさえ「女」という特別許容枠で滞在している上、空気をぶっちぎってひとりシャッターを切るなんて勇気は到底湧いてこなかった。「あんた私たちのサラ様になによ、女のくせに!」といきなり低い声で野次られてもこわいよぅ。だけども、思い出していたそのタイミングでお目にかかれたという流れがビューティフルでファンタスティックでしょー(ゲイ仕込みの表現?)?

余談ですがサラの旦那さんのマシュー氏には二回ほど道端ですれ違ったことあり。(今ブロードウェイに立っているから?)これで夫婦コンプリート!?



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うふふ。
最近は繋がり方が冴えている。
日々アルカイックスマイルを心がけていると
自然とわくわくしてきて、
そうしているうちに
わくわくする事が本当に起きてしまう。
スピリチュアル帯びすぎて
嘘っぽくなるのは本意ではないのですが
なんか、そういうのってどうやらあるっぽいよ。
いや、ある。

それから最近仏教の本で読んだ
「慈愛 慈悲 称讃(3つは外に対して)
無頓着(自分の欲に対して)」という言葉が好き。
いつか終始そんな柔らかい気持に包まれたい。
「わたしがわたしが!」のこの街に身を置く今
「無頓着」は蜃気楼にしか見えないが。



なにはともあれ
わたししあわせだよ、がんばるよ。
ありがとうございます!
でわまたね。
by akiha_10 | 2012-10-13 06:54 | NY Journal

ニューヨークジャーナル 125

先月BAM(Brooklyn Academy of Musicライヴやオペラが随時行われている)で観たオペラ「Einstein on the Beach(浜辺のアインシュタイン)」が焼きついて忘れられない。

すごい!すごい!すばらしく問題作だった。
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オペラといっても、METで行われるような従来のオペラではなく演出家ロバート・ウィルソンが創るまったく新しいタイプのオペラ。なんと初演は1976年。時代はありとあらゆる変化を遂げているのに未だ新しいというか、先端すぎる。ストーリーらしいストーリーはなく彼いわく「アインシュタインの一生ではなく、彼を詩的に解釈する試み」。時間の経過、光の速度などを主題に象徴的シーンを用いて「アインシュタイの世界」を抽象的に表現していく。



「ミニマルミュージック」と呼ばれるフィリップグラスの音楽が相当やばい、脳がじりじり苛められる。天才的。コーラス隊が「ドミソドミソドミソ…」としばらく唄うと「ドミソシドミソシドミソシ…」といつしか拍子が変わり音が加算され響きが不穏になる。そうかと思えばまた一音加わり不協から脱出する、それらのコーラスのラインは指数関数のように増えて行き、こんなに音楽が数学に聴こえた試しはない!

彼はインド音楽、リズムを徹底的に研究しているようで(とりわけ強い関心を持ったチベット、今でも支援はライフワークのようだ)宗教的というか、インドのお経、マントラのようにも聴こえる。ほとんど展開しない禁欲的な音楽が4時間半休憩なしで続くのだ。もう、はっきり言って、この日ほど自分が凡人だと確信した瞬間はない、正直に言おう、だんだんイライラとさえしてくるのだ。脳みそのシステムに音符菌が侵入してひろがり、正常に組み合わさっていたピースが溶かされ剥ぎ落とされハラハラと胃の底に落ちてくるかんじ。そして今も頭の中にメロディが残っている、ああ、洗脳とはこういう感じなのだろうか。

1シーンもやけに長い、音楽同様、ダンスも観るほうが気が狂いそうになるほど同じことを繰り返す。演者も体力、精神的にコントロールを強いられるだろうということは想像にかたい。ルシンダ・チャイルズの振り付け(ダイアゴナル(対角線)ダンス)は音楽のフィリップ同様、おそろしくミニマルで禁欲的。ロボットダンスの1振りのような手を傾け首を傾け、一歩下がってはまた上がる、というような地味でまったく同じ動作を40分くらい繰り返す。ちなみに音楽もダンスも、その繰り返す単調さで観客を一種の催眠状態に導くことを狙ったらしい。ダンスミュージックなどにおけるトランス状態と同じ効果なのだろう。舞台装置もまた演者の動線に基づき計算された線や円が多用され幾何学的なイメージを残す。4幕あるうち、規則的にはさまるフィールドダンスというシーン(ステージいっぱいを使って唯一、のびのびとバレエダンスをする)になる度、観客のぎゅっと詰まった集中がいっきに開放され皆が大きく深呼吸をするような会場の空気をしかと感じた。(実際このシーンで各々お手洗いに行く人が多かった)。わたしは脳裏で「やさしいシーン」と名付け、いつしか心待ちにしていた。


このオペラは「待つ」ことも醍醐味なのだ。次第に展開を「待つ」からただ「居る」ことへの挑戦になってくる。自分に問いかけるのだ。ステージ、音楽、ダンスのアヴァンギャルドの集大成と言えるこの難解な作品を目の前に、「おや、これはどういうことだ?」と世界偉人漫画でくらいしか知らないアインシュタインにまつわる僅かな情報を総集結させてシナプス繋げてシーンの意味を解読しようと試みるのだ。そうして考えぬいてもまだ半分も終わらないので「終演後にどこのラーメン行こうかな」なんて計画できるほどにまで余裕が(←集中してないじゃん。)!

ロバートがトレーラーで「理解する必要はない、迷えばいいのだ」と言っているので多分これでいいのだと思う、いや、むしろ考えているうちは超凡人で「Don't think,Feel」のブルース流が正しかったのかもしれない。まあ、なんにしたっていい。普段わたしたちが3%しか使っていないと言われる脳神経も、よくわからないものが脳に入って来た「エラー」にもう0.5%くらいは飛び起きたのではないか。ディヴィッド・リンチの映画の観後感のようなヒリヒリ感は未だ消えず、4時間半の戦いの末、大変な疲労感と共に「もう二度といいや」と思った修行オペラが今「また観たい」になるこの中毒性は一体なんだろう!ブラボー!


by akiha_10 | 2012-10-12 05:10 | NY Journal

ニューヨークジャーナル 124

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先輩から教えてもらったDashwood Booksのレセプションにおじゃましてきた。

NYタイムズなどにイラストを描いているイラストレーターJason Polanのイラスト作品集A LOT OF PEOPLEの発売記念イベント。


作品のほとんどは地下鉄や道で見た人をさささっと描いているもの。数ページ、ふらっと歩いていて見かける著名人のパパラッチイラストがはさまっている。一筆書きのような芸術的なまでに抽象的なものもあり、いい意味でへんてこでゆるい。しかし一目で彼が描いたとわかるアイデンティティがある。イラストの横には「傘をさした女 地下鉄6番線プリンスST」など走り書きがしてあり、イラスト集というより彼の行動日記のようだ。たぶん6番沿線に住んでるな。いつもペンとノートを持ち歩いて癖のように描いているのだろうと推測させる。日常の一コマを書き留めてピースが連なるとNYのニオイを感じさせるに充分。この街を離れる時思い出すのはロックフェラーセンターから見た夜景でなく、何気ない日常のNYなんだろうなぁ。日々鮮やかにおもしろい。歩行者の表情や早口、開口一番「awesome!」、くたびれた、または気合いをいれた、極端にふれるファッション、街のグラデーション、すぐに「I like it」と褒めあうところ。


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a0028990_6384516.jpgレセプションには本人がいらっしゃって当日限定似顔絵を描いて頂けるということで、描いてもらっちゃった!「ちゃんと丁寧に描いてもらってる!」とスタッフの方もお墨付き、時間をかけて描いていただけました。わーい。似てるかなぁ?


a0028990_6391570.jpgYOKOさん、
描き得ている。





YAYOIさんも。
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抽象的にキャラクターとして際立つことができる、ということはそれだけ特徴があるということですね。もし似顔絵を10秒くらいで描いて頂いたら、え。となりそうですが、デフォルメ描写はちょっと羨ましかったり。





ごはん。先輩に「きっとYOUR TASTE(あなたごのみ)」と教えてもらったウエストヴィレッジのMarcket Tableがとてもよかった。ガラス張りの開放的なワインバーで料理もおいしい。どういうわけか「かぼちゃポタージュ」がたこやきの味。とてもダウンタウンらしい空間です。
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ミッドタウンは大手チェーンレストランや大規模なものが多く、アップタウンになるとクラシックで老舗だったりという、ひとりで本を読みたくなるようなしぶめな場所が多い。ダウンタウンと同じく好きなブルックリンにはいかにも文化系のいい雰囲気のカフェやバーがたくさんあるが、ダウンタウンは、よりこなれている気配がある。ブルックリンは学生や、自称から超プロまでアーティストやクリエイティヴな人がより多く、ダウンタウンには出版社や、メジャーなファッション系、金融系や堅めなビジネスマンの中でもアート愛好家、といった大人感と安定感が漂っているように感じる。

わたしの住むダウンタウンイースト周辺はかなりパトロールしたので、ダウンタウンウエストをディスカバーするのが最近楽しい!
by akiha_10 | 2012-10-11 06:47 | NY Journal

ニューヨークジャーナル 123

ヤンキースタジアムに行ってまいりました!すっごく綺麗、椅子もふかふか!
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時期を同じくしてNYに滞在している者としては(なんかずうずうしい響きがあるねぇ)、一目イチローさまを拝んでおきたいな、と思っていたところチャンスがあって行ってまいりました!ほとんど野球は詳しくありませんが、「レフトを取っておくように」との友人のアドバイスに従って席を確保していたところ、見事20m先くらいにイチローさん!レフト守備のイチローさん!表情も見える、声も届く距離に!やっぱり、なんだか興奮しました。そしてなんといってもヤンキース地区優勝!
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意外だったのが、アメリカでは楽器による応援などがないためか、落ち着いた雰囲気です。もちろん盛り上がるのですが、終始がやがやしているというより、しっかりスポーツを観戦、いや鑑賞するといった雰囲気です。もちろんファンは熱いのですが日本と比べると意外にも上品な感じがします。

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間近に、イチローさん。






東京から来た友人がスタジアムに財布を落としてしまい、地下鉄に乗る前に気付く。人が退出して静まり返ったスタジアムに再度特別に入れてもらって座っていたエリアを探したら、なんと見つかるという奇跡!ちなみに前日はこの渡したばかりの野球のチケットをブルックリンのライヴハウスに置き忘れるという事件も。二夜連続落とす→見つかるを繰り返す。大概うっかり者のわたしがしっかりさんに思えてきたよ。




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日を置かずトライしたJay-Zさん。知人がチケットがあるというので誘ってくださったのですが「あまりヒップホップとか聴かないしどうかな〜」と迷っていたら「なにを迷っているんだ、行くしかないでしょ!」とアメリカ人。ブルックリンにあるアリーナで開催。こんなに広いところで観るライヴは初めてかも!ステージングはかっこよかったです。

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Jay-Zファンによるお決まりらしいコール&レスポンスが完成されていて圧巻だった。みんなヒップホッパー。数曲知っていたけど、なぜノースリーブのダウンを腕を出して着ているのかのほうが気になってしょうがない。寒いのかな、暑いのかな。わたしもウールのノースリーブが好きだから人のこと言えないね。NY帰りのうりゅうさんが成田空港にラジカセを抱えて「Yo!」と現れるのではと囁かれていたがそれはなさそうだ。今のところ感化される様子はない。




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アメリカでは、こういった場所での写真撮影などの制限がなく、注意のアナウンスもないほどです。みなさん始終バシバシ撮りまくっています。




今週はNY二大スターにお目にかかれて光栄でした!
by akiha_10 | 2012-10-05 08:53 | NY Journal

ニューヨークジャーナル 122

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今日は大好きなお店について。
ここに寄ってしまうと必ずなにか買ってしまうので出来るだけ寄り付かないようにしてるのだが、
やめられないお店Pippin Vintage Jewelry



おそらく洋服の無頓着を課されて、魔女見習いキキみたいに毎日黒スモックになってもさして厭わないだろうが小物やジェリーがなくなると思うとどうもしゅんと哀しい気分になる。仮に美しいシューズやバッグの収集をも削ぎ落とせたとしても、最後に残る趣味はジェエリーだと思う。

女性としては本物の美しいもの身につけることはいつでも目標ですが、なにも高価でなくても自分にとって効果があればよい、つまり好きなものを身につけてわくわくできたり、リラックスや自信、という「効果」があればいいと思う。
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好きなものを集めて気がつけばキラキラしたものが集まってきた。
20年代〜50年代のヴィンテージが好きで、クリスタルやラインストーンのものが好き。
ちょっと前に観に行った1953年のフランス映画「THE EARRINGS OF MADAME DE... 」(「たそがれの女心」この邦題は的を射ている)を観に行くのにこれらのジェエリーを身につけていくのはぴったりだった。クローゼットの贅沢な装飾品をたどるパリの貴婦人の手先を追うカメラワークや、マダムの身のこなし、「好き→執着」が心を破滅させることもさもありなんという皮肉な教訓を交えながらも、よき時代のヨーロッパエレガンスを魅せてくれて終始うっとりしてしまった。女性の美しさと愚かさと、狡賢さとかわいらしさ。女ってそういうところがあるある!と思わせてくれる映画でした。




もうひとつ最近の出会いはJoanna Loucaのバッグ。地中海の島、キプロス共和国のバッグブランドだそうです。何色もの組み合わせで織ったファブリックが好きで、これは!!と迷いなく購入してしまいました。NYバッグブランドのLorenza Gandagliaの手編みのバッグも大好きです。
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そういえば1stアルバム「キャメレオン」のジャケットのキャメレオンくんも、このように糸を織った生地で製作されています。usagiuma(page i-8)作家のキョウコさんは当時生地を織るところから作品を製作していらっしゃって、ブティックで一目惚れしたわたしはキャメレオンくんを創ってもらえないかと連絡を取ってみたのでした。実は二年前くらいに、イタリアに帰省(旦那様がイタリア人)するキョウコさんにヨーロッパ便でばったりお会いしたという後日談あり!ばったり多し!





ちなみにわたしのキャラクター、クロワさんぬいぐるみを創ってくださったPretzelの貝戸さんは数年のルーマニアの旅から日本に戻られたようです。やつはNYでも元気!
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by akiha_10 | 2012-09-30 08:35 | NY Journal

ニューヨークジャーナル 121

また奇跡!
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先日、とても興味深いアーティスティックなアクセサリーを取り扱っているブティックで、自然界や宇宙を表現したかのような大ぶりのアイテムたちに魅了された。イタリアのデザイナーらしい。オーナーに色々と質問をしていると話が弾んで映画や音楽の話にまで及び、話は尽きる様子がなかったので、もう閉店時ということもあって隣のワインバーにうつって一杯だけ飲むことになった。日本ではなかなかないノリですが、道を歩いているだけで友達ができるNYではこういうことは結構ある。オーナーはその昔ソフィアコッポラとデートをしていたらしく、NYにありがちな誇張かと半分聞き流しながらも、40代前半にして今まで3人奥様がいたということや世界中に家があるという振れ幅の大きいワイルドな彼の歴史を聞いていると、ないこともないのかな、と感じた。

彼の話も相当エキサイティングだっだが、なんとなく行ったそのバーで、化粧室に行った二度とも同じタイミングでドアの前で顔を合わせた方がいた。「ああ、またお会いましたね」と小説のような台詞がまさにふさわしかった。二回目、順を待つ間NYの好きなバーはどこかという話になった。すると相当数あるバーの中で、なんと互いのベスト3中のふたつが一致していて、トイレ待ちが予期せぬ楽しいものになった。そうして好みが一緒なものだから、「いいバーを発掘したら教えあおう」とバー友達になった。



そんなことも忘れかけていたころ、そのバー友達が週末の昼時ふらっと連絡してくれて「友達がボートを出すから一緒に来る?」と誘ってくれた。その日は人間が一番心地よいと感じるのではないかと思う気温と湿度のベストバランスで、夕暮れのボートクルーズなんてきもちいいだろうな、とそんなくらいの気分で参加した。

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行ってみるとボートが予想以上の規模(三階建て、バスルーム付寝室が船内に3つも!動く城だね。)だったことにもわお!でしたが、それ以前に驚いたのが、バー友達がハドソン川沿いの港に行くまでのタクシーで「親友もピックアップするから」といったその親友が、以前そのファンぶりを綴ったことのある(ジャーナル92)、大好きなJay Kosだったのです!

「ジェイ・コスって言うんだけど」とタクシーで事前に名前を紹介された時は耳を疑って、「え、あのジェイ・コス??ソーホーに店があるジェイ・コス?」と聞き返した。紳士物しか置いていないのによく知ってるね、と感心されたのですが、その空間や色使いやファブリック選びのセンスやこだわりになにかぐっと惹き付けられるものがあり、個人的に「洗練の館」と名付けてお慕いしてよく覗いているもの!彼のレシピ見てるもの!


お店で単なるお客さんとしてジェイとお話(質問?)をしたことはあったけれども、個人的にお知り合いになれるなんて、わたしにとってはすごい奇跡なのです。本当に大好きだったから。心酔して本当に好きなものにはいつか必ず辿り着く。打算や損得勘定ではなく、好きの純度が濃いと、すべてのパワーが味方をしてくれることが実感としてわかった。たまたま入ったブティックのオーナーと寄ったバー、そのバーのお手洗いで偶然あった方を通じてここに来るとは!この引きの強さは、わたしの一番の才能です。非科学的な力が働いているようにさえ感じる。だから、このひとつひとつの繋がりに人一倍感謝して、人生に起こる不思議や歓びを形にしないとね。どんな客観的作用が働こうとも、それでも「人生っていいね」と心底思って体現しよう。
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ジェイといろいろなお話をすることができて感激した。わたしはてっきりJayKosのお店は彼が世界中から美しいものをセレクトしているお店だと思っていたのだが、全て自身でデザインしているらしい、彼は正真正銘デザイナーであった。ここ数年のインスピレーションはモロッコ、マラケシュのスークからだそう。思わず笑ってしまったが、自身のアルバム、マラケシュからインスパイアされた「In the Souk」もちょろりと宣伝しておいた。スークから閃いた鮮やかな色使いや、土っぽさ、カオスな文化、独特なにおい。直近のマラケシュ旅行は長男ジャック(8歳)との男二人旅だったらしい。わたしもマラケシュひとり旅をして感銘を受けたという事を話すと、ジャックが嬉しそうにしきりに「どこのリヤド(宿泊地)に泊まったのか、あの広場のカフェのチキンサンドはすばらしいよね、毎日食べたよ」と積極的に話してくれた。

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デザイナーの父を持ち、華やかな場所に同行する機会が多いジャックはすでに大人の喋り方をする。ミートパッッキングにある寿司MORIMOTOの常連客だというジャック8歳、「特にハマチとカンパチが最高だ」と感想を述べる。最近のファッションウィークについては、彼のお姉ちゃんである長女のソフィーちゃん(10歳)がすでにレギンスのデザイナーとして活躍しているらしくVOGUEのパーティーにおよばれしたらしい。来場者のほとんどが、それがここぞという時のお洒落だと思い込んでいる「タイトなワンピ、シャネルマトラッセにルブタン」は型押しされたユニフォームのようで「あんなのファッションじゃない、全く楽しくない」とばっさり。とってもおませさんなのだが、不思議と生意気な感じがしない。本当に大人と喋っているかのように思うほど、鋭い視点や独自の見解があってものすごく賢い。アメリカ大統領選から日本の政治のことまで知っていた。この男は将来女を泣かせるな。「ジャック、わたしも将来ガールフレンド候補にしてよ(どんだけ年の差だよ)」と冗談で言った時だけ8歳らしい照れ方をして妙に安心した。


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次男ルーカス(3歳)はもうすでにガールフレンドが3人いるらしく、「困った問題を抱えてるんだ、聞いてくれるかい?」と両肩をあげて言うもんだから船上で彼の人生相談にのることにした。極度の人見知りらしいルーカスがなつくのはいい兆候(なんの?)らしく、最後はネックレスを交換して、どうやらわたしはルーカスの4人めのガールフレンドに認定されたらしい。(年齢的には母の立ち位置でいいくらいなんだけどな、はは)
ふたりの笑顔を見ていると、とてもいい環境で育っているんだなぁ、と感じる。ジェイはクールで自由でパーソナリティーも素敵、なおかつ家庭円満で、こういう方って本当にいるんだなぁとお店だけでなく、ますます本人のファンになってしまった。a0028990_4382074.jpg





ジェイとボーイズ。










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ちなみにこのボートはマニエラというブラジル人女性(中央黒髪の女性)が所有していて、旦那様からのプレゼントらしい(そんな世界があるんだねぇ)。マニエラは美人かつ気さくで自然体。世界中のあらゆるタイプのお金持ちさんを垣間みることのできるNYですが、真に幸せで豊かな人は、スノビッシュな気配はなくまったくギラギラしていないものなんだなぁ、と感じます。




a0028990_4876.jpg流暢な日本語で話しかけてくださった、ちょいワル風を吹かせたブラジル人のご紳士(わたしの左隣)。彼は外交官で、今まで20カ国ほど住んだことがあり6カ国語話せるのだそう。二年間日本の大学に通ったらしい。そのきらびやかなキャリアを拝聴し、英語すら決してペラリーノとは言えないわたしはあったらいいけどなくてもいい薬味の気分だ。どこの国が一番好きだったかと尋ねると「どこもそれぞれ素敵だったよ」と髪をなびかせながらこれまた優等生の回答で、ちっともワルくない。出来杉くんめ。話を御伺いしているだけで旅気分、「歩く車窓から」だ。ボーダレスな方々とお話できるのも、NYの醍醐味。



その日は大変面白く、それまでに至る糸の辿り道を思い返しては、ああ人生って不思議としみじみ。
素敵な経験をさせていただきありがとうございました。
帰宅して、揖保乃糸を鍋に泳がせながら今日の会話を反芻した。薬味のみょうがも添えておいた。







「震えるほどのキセキもあるかも」
Endless storyという曲の中でこのフレーズを書いた時の、ものすごい緊張感と責任感を覚えています。ここまでのドキドキ感は後にも先にもない。まるで予言書を綴るかのように。フル歌詞を書きあげた乱雑な直筆のノートの上で、そこだけ何十にも丸をしてとても迷った。そんなに人生に、自身に、期待していいものだろうか。今より5段階くらい陰の要素が強かったわたしは、迷いに迷った。でも、思うだけで、そう唄うだけで、楽しい気分になるから踏み切った。今は唄っていてわたしがもっとも素になれる、大好きなパートだ。


そう思ったほうが毎日たのしい。そして思っていたら、起こってしまうんだね。


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by akiha_10 | 2012-09-22 05:03 | NY Journal

ニューヨークジャーナル 120

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ローワーマンハッタンからフェリーで25分くらい、ステタン・アイランドに到着します。そこに建つモニュメント、9.11の同時多発テロのスタテン・アイランドの犠牲者を悼む記念碑は友人の友達の建築家さん、曽野正之さんが建築されたのだそうです。

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国際コンペで選ばれた正さんの作品「ポストカード」は、遠くから見ると白い羽のように見えます。葉書を267倍に拡大した「世界一大きなツイン・ポストカード」に、切手とみたてた267人の被害者の名前と横顔が記念碑に刻まれています。


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この左右の羽のような間に
入って行くと、
ひとりひとりのお顔とお名前。







このお顔の形は正さんがひとりひとりの犠牲者の方の正面の写真から起こし、遺族の方にお話を伺いながら制作したものだそうです。このような一人一人に対しての気配りやその作業の細かさは日本人ならではだと思います。セレモニーでは名前が読み上げられ、ブルームバーグ市長はじめスピーチが行われた後それぞれのお顔の場所に献花されていきました。


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NYにいると時折9.11の話題が持ち上がり、当時ニューヨークにいらっしゃった方からお話を聞く機会があります。印象的だったのは、事件からその数ヶ月の間、ユニオンスクエアなどの公園広場に人が集まって、肌や心の触れ合いを求めるかのようにロウソクを灯して肩を組んで唄を唄ったり、という風景があちらこちらで見られたということ。そしてその数ヶ月間は、圧倒的に犯罪率が減少したとのこと。

それを考えると、喧嘩の発端、犯罪の発端、事件の発端、戦争の発端は、国と国ということではなく、人と人、人の心と心にあるのですね。ショッキングな国際的テロを目の当たりにして人の温もりや優しさ命の大切さを知り、争いや犯罪の非生産性や愚かさや哀しさを学べるのであれば、普段何気ない一日の、宇宙が成り立つ奇跡的バランスや人間が生かされているメカニズム、その圧倒的な奇跡に着目して、人間同士の暴力や争いが宇宙規模から見るといかにちっさいことかと、いつも実感し続けることだって可能ではないだろうかと思うのです。哀しいことに、人は失って学ぶことのほうが多いのですね。


NYにいると◯◯人という感覚はボーダレスだと感じることも多いのですが、また逆に同じくらい自分のナショナリズムを問われる場面も多くあります。つまり、日本にいると日本人であることをまったく意識しないので、そのままずっと意識しない。NYでは、皆ボーダレスに平等で無差別でいようと意識が働いている、「意識する」ということはそこに常に違いがあることを認めているのです。こうして「日本としてはどうなんだ」と意見を求められる時、果たして自分が正しい知識を持っているのか、社会に関心があったか、と自分のあまりの無知さに不甲斐なく思うことが多々あります。


海外を飛び回る方がよく「ヨーロッパにいるといろんなニュースが入ってくるが、アメリカにいると、ほぼアメリカのニュースしかやっていない」というように、これだけ情報で溢れていながら、自分が意識的でなければ、正しくフラットな情報を入手するのは困難のようです。アメリカ人が自ら「アメリカではほとんど世界史を学ばない(自国アメリカ史ばかり)」と皮肉まじりに言っていた。NYの街中どこでも、田舎に行くと特に家には必ず星条旗が掲げてあるように、アメリカ人は自由でナンバーワンな自国を誇りに思い、自国が大好きなんだと感じる。わたしもNYに思入れも芽生え、楽しい事に全力投球なアメリカ人も好き。でも時に話していて、敵が現れたらやっつけようという、勧善懲悪のヒーローもののような単純すぎる思考回路にはちょっとだけぞっとすることもある。暴力を好めばそれを、平和を好めば平和を引き寄せるものだと思う。セレモニーでは犠牲になられた方々に謹んで哀悼の意を表すと共に、アメリカに限らず世界中の人ひとりひとりの心が少しでも穏やかに微笑むことを祈った。

わたしは偉そうに世界を語れる分際ではまったくない。ただ、いきなり世界を変えようとする事はあまりにでっかすぎるが、自分が内からいい気分になって、にこやかになって、人にやさしくなって、外界に対していい環境になることは、いかに自分が至らなくても、今できる。フリをするだけでも、今できる。それがいつしか習慣になる。

実験的に無理矢理にでも、口角をあげて一日を過ごしてみて。
少なくとも、自分の世界はまったく深刻ではないことに気付くから。
そして、そのリラックスした空気は確かに少しずつ周りにも波及する。
春風亭昇太師匠がおっしゃった「機嫌良く生きる」をひとりでも多く実行すれば、
世界の機嫌が良くなるとわたしは本気で信じている。



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建築家の曽野正之さん。
by akiha_10 | 2012-09-15 01:39 | NY Journal

ニューヨークジャーナル 119

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昨晩のFASHION'S NIGHT OUT。
FNO(というらしい)は泣く子も黙る鬼編集長「プラダを着た悪魔」でおなじみUSヴォーグ編集長のアナ・ウィンター女史の声掛けではじまったグローバルファッションイベント。ヴォーグを発行する国が団結してファッションの視点から経済活動を盛り上げる、という趣旨のようです。

石を投げればミュージシャンかフォトグラファーかファッション関係者に遭遇するNYで、ぼーっとしていてもこのイベントの話はどこからともなく流れてきます。昨晩は多くのお洋服やさんが店舗で様々なイベントをやっていたようです。セールあり、ショーあり、パフォーマンスあり。ミュージシャンのMihoさん(チボマットさん)のインヴィテーションもあって、LESのブティックに顔を出す。決して広くはないお洋服やさんで、ぎゅうぎゅうになって皆踊っておりました。


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ファッションというと。
NYの夏の必需品はペタンコサンダル。ビーチサンダル。
以前にも書きましたが、夜のファンシークラブエリア以外の女性のほとんどがペタンコサンダルを履いています。日本だったら、そんなラフでいいのですか…となりそうな、超カジュアルサンダル、人によってはボロッボロのサンダルを履いて出勤しています(もちろん職種によっては会社に入って履きかえる人も)。




そんなわけでわたしも、がしがしサンダルで歩き回っているのですが、最近立て続けに、持っている2つのサンダルの鼻緒がもげた。不吉だわ…!
街を歩いている途中で!ノー!!

知っていますか、鼻緒がもげたビーチサンダルはもう面倒くさい以外のなにものでもないんですよ。足の親指と人差し指の間を支える、中心部分が外れるわけですからね、残りの支えは甲にあたる部分のサイドストラップだけなわけです。しかしサイド隊員たちは要となる隊長の支えを失ってもう完全にサンダル戦士としての士気喪失なわけですよ。もうサンダルとしての役目は終わったかのようなペロンペロンとしたふて腐れた態度ですよ。三本の矢とはまさにこのことかと!たよりな〜いサイドに支えられて、かろうじて我が足との接触を保ちながらも、とても家まで歩ける状態ではないので、ペロンペロンしながらなんとか垂直に持ちあげるようにして5mmずつ歩き、直近の靴屋を探したのでした。

そのあまりに不自然な動きに道端のフルーツ販売のおいちゃんから「どうしたのか!足を怪我したのか?」と心配される。「怪我をしたのはサンダルのほう!」と言うと「靴屋までサンダルを貸してあげるよ」とご好意を頂いたのですが、おいちゃんのその大変に年期の入ったサンダルをチラリ拝見、いやいやっこの勢いでまたおいちゃんの鼻緒をもがしてしまったらこりゃまたおおごとじゃ!と有り難く感謝をし丁重にお断り、ひきずりながら店に到着。無事サンダルを調達にしてなんとかなったのでした。

二度目の事件は、くだんの一度目の事件で緊急に買ったまさにそのサンダルが被害にあったのです(買って1週間も経っていない、おにゅう!)。成田空港の動く歩道で、ちょうどわたしが前方向に体重をかけて踵が浮くタイミングで広々となったサンダル後方を、後ろの方が思いっきりお踏みになりました。ベリーっ!とデストロイな音。またもや鼻緒中心の隊長部分が90%ちぎれました。「またかー??」と後からじわじわくる笑いに肩を震わせながら、中心鼻緒の隊長は息も絶え絶え、ギリギリ繋がっている10%でそろそろーっと歩きなんとか全ちぎれする前にNYに到着。いやあ、がんばってくれたな。現在アロンアルファで補強して、いつ外れるかな〜どうかな〜とそわそわ感を楽しみたい時に履いている。

ちなみに一度目事件のサンダルもアロンアルファでくっつけて歩行に挑戦してみたところ、その日の早々にまたもげた。もげるのは想定内だぜいっ!とドラえもんのように、たらららったらーあろんあるふぁああ!とアロンアルファを取り出して得意気にぬりぬりしていたら、「アロンアルファ持ち歩くくらいだったら確実に機能するサンダル履けば」…と友人。いや、多分前回塗った後の「おさえ」があまかったんやと思うんよね。今回は前回30秒を遥かに上回る1分おさえで勝負だ!しかも、ぐっとおさえた。まだ履く!気に入ってるんだもん!

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そして最近、
さんざんサンダルとの相性の悪さを体感したにも関わらず、
気に入ったサンダルがあったので買ってみた!りぼん。
しかもこれはもう従来の弱々しい三点支えじゃないぞ!
後ろぐるりストラップという強力なバックがついておるのじゃ!
いえーい。
でもよーく考えたら、
秋冬の到来が早いNY、
もうすぐそこに、ブーツの季節では…ふぇ…。




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友人カミールは今週末にフランス帰国が迫り
ラストミニッツNYと題して毎日寝る間を惜しんで繰り出している。
わたしの思うところの「アンニュイなパリジャン」の気配がほぼない
アメリカナイズされたおバカ?で憎めないパリジャン。
これだけフレンチの友人と一緒にいながら、これといって積極的に
フランス語を学ぼうとしない、だらしない自分をいつか恨むであろう。
彼らがつい仏語で話を始める時、わたしはタモリさんの偽外国語よろしく
ソワソワショソンといい感じに雰囲気だけは参加している。
必要に迫られないと、なかなか…ね…ヘヘヘ(言い訳)
来る時は来るさ!
by akiha_10 | 2012-09-08 05:50 | NY Journal

ニューヨークジャーナル 118

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ミートパッキングエリアでアイコンのひとつともいえるスタンダードホテルがいつのまにかイーストヴィレッジにもできていました。ペントハウスのルーフトップ。こじんまりしたスペースだけど開放的、ダウンタウンを見下ろし初秋の風にふかれる。

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ここで日本人女性がライヴをやっている、という漠然とした情報で誘われて行ってみたらチボ・マットの羽鳥美保さんがパフォーマンスをされていた。完全なるインプロヴィゼーションで、その場にいた音楽関係の方が、このようなノイズ系のエレクトロはまさにLowerEastSide系だというのを教えてくださった。わたしがNY的なサウンド、と把握していた最近よくお目(耳?)にかかるソリッドでノイジーな音楽、というよりアート寄りの実験的音楽はNY的というよりLES発信なんだなぁ。ここ数年で確立されたブルックリン系(一時の下北沢のような音楽発信地)は、もうすこし定義の幅がひろがり、メロディアスで音楽的なものを示すらしい。ファッションでもよく使われていますが、どこでも地域の◯◯系とカテゴライズするのは同じなんですね。そう考えると文化はロケーションベースに沸き上がるものなんだと考えさせられます。

観光で来ていた時に直感的にLESが心地よく感じ、近所に住もうと決めた。自分が爽快でいられるのでここで空気を吸っていたいと思った。昔は危ないと言われていたイーストヴィレッジの東、アルファベットシティあたりも小さなバーやカフェがあって散歩しているだけで鼻歌がこぼれる。ブルックリンブームにおされて、「クリエイティヴなことをやろうとする人がまだマンハッタンにいるなんて」とステイタス逆転という風潮すらあるマンハッタン。そんな中で、ここの辺は唯一おもしろいエッセンスが残っている場所なのかもしれない。いや、どんどん先を見越している、まことのニューヨーカーから言わせればわたしのような末端のビジターまで面白いという印象が届いた時点でもう古いのかもしれないね。まあ、大切なのは客観的にブームな場所であるかより、今の自分がどこで一番心地よいと感じるかということ。

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ダウンタウン空中でわたしの頭の中でキュルキュルとレコードが逆回転する音がした。そうだ、ちょうど音楽活動に誘われて、福岡から東京にプリプロなどをしに行きはじめた高校生のころ。ミュージシャン仲間から「明希葉ちゃんこれ興味あるかもよ」と頂いた音源がチボ・マットだった。その時聴いた「Sugar Water」を機に今も好きな映像作家のミシェル・ゴンドリーを知ることになった。わたしはあまり熱心に音楽を聴かないので音楽性がどうとかこうとかという事の印象よりも、なによりNYでなんだか面白そうなことをやっている方がいるんだな、という全体像が田舎娘にはひたすら鮮烈で、今考えると頭の片隅にぼんやりと彼女たちの存在はずっとあったような気がする。こうして図らずも10年以上も前の点と現在の点が結びついて、ノイジーなパフォーマンスは主観的にあらゆる含みのあるサウンドに聴こえた。夜な夜なのNY探検で、最近音楽関係の知り合いが増えてますますおもしろい!NYでは人との出会いがルーフトップの夜景に勝るハイライト。



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眺めのいいバーというと、友人キャサリン(右上で激しくダンシングの彼女)の誕生日会で行ったサウスストリートシーポートにあるBeekman Beer。ブルックリンブリッジを背景に、イーストリバーに臨むビアガーデン。下が砂浜になってマンハッタンでビーチ気分。たくさんデートをしているモテキャサリンの目下の悩みは「どうしてNYの男はみなボーイフレンド(彼氏)にならないの?わたしが求めているのは一夜の楽しいデートではなくて、彼氏なのに!」と最後は「I hate NY!!」とまで吐き散らしておりました。

男女間におけるCommitment Phobia(コミットメント恐怖症)という、親密になることや「わたしたちはこういう関係である」という公約を恐れる、NYの独身男女によく見られる傾向をさす言葉がある。長年つき合っているカップルが正式に結婚に踏み切らなかったりする場合を言うことが多いらしいが、デート中の男女間においても公の彼氏、彼女になるかならないか、という場面でも使われたりします。中学家庭科の授業で事実婚という概念が革命的だなぁと目から鱗をボロっと落としたわたしは、様々な形があってもいいんじゃないかなぁ、と個人的には思ったりもするんだけどねぇ。


未だに自分のバースデーパーティーを自分で主催するアメリカ文化(NY文化なの?)は面白いなぁと思う。「みんな今日はわたしのために来てくれてありがと〜!」と生まれながらの主役DNAがあってこそ。みんなパーティーが大好きだから、これをきっかけに友達や出会いづくり、と来場者のためにもなるんだね、きっと。友達の友達はみな友達文化のアメリカ、誘ってみた元ルームメイトのカミール率いるフレンチ集団もご来場。こうしてパーティーは膨れあがっていきます。来月にはパリに帰ってしまうカミール!次はきっとパリでね!
by akiha_10 | 2012-08-31 06:48 | NY Journal

ニューヨークジャーナル 117

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NYのコーヒーはおいしいのだ。
ラテもカプチーノもこだわりのお店に行くとかなりおいしい。でっかいマグの茶色のお湯、というアメリカンダイナーコーヒーから、NYでは近年の「第三のコーヒー」ブームによってコーヒーが洗練された。(第一・食卓にコーヒー文化を浸透させる/第二・スターバックスなどのチェーン店コーヒーブーム /第三・より個人的にこだわった、ワインのように楽しめる、その店の哲学のあるコーヒーの提案)




NYでのコーヒータイムがなにより好きだ。コーヒー激戦区のマンハッタンやブルックリンで、いつでも美味しいカプチーノが飲めるという環境に甘やかされていて、ニュージャージーにあるニューアーク空港(いっきに田舎の気配)でお茶をすることになった時、あまりの選択肢のなさに「カプチーノはどこよ。」と肩を落として叫んだ。いかにもアメリカのドラマに出てきそうなマンハッタンかぶれのスノッブ気取りだ。

ポートランド発のスタンプトンコーヒーや、カリフォルニア発のブルーボトルコーヒー、
フェアトレード&オーガニックなコーヒー豆を使用するThink coffee、
器と空間も素敵なLa Colombe cafe、おいしいパンも買えちゃうAbraço。
いずれも特にダウンタウンに店が密集、それぞれ豆の管理の細かさや厳しい選定基準、ミルクのフォームのこだわり用を見ていると大味なアメリカ、というイメージは一蹴されます!


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最近わたしのコーヒーリストに加わって、よく行くチェルシーにあるコーヒーが飲めるカフェHaven's kitchen
カウンターテーブルだけなので、あまりゆったりとする雰囲気ではありませんが、店内に陽がよく行き届いており、奥には料理教室があったり、上にはイベントスペース。空間やグッズが洗練されていて、コーヒーのおとものお菓子(特にピスタチオクッキー)も東京顔負けのおいしさ!
って、「東京」がいつも基準になっているところは、もう仕方がないね。


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東京ほど洗練されておいしいものが揃っている場所はないと断言。
素敵!と思う空間だって、よく考えると青山や代官山、二子玉川や自由が丘あたりに似たようなものがある。数にすると東京のほうが数倍あるだろう。清潔度でいうと圧倒的に東京はすばらしい。
東京になくNYにある洗練された美味しいものは探すのは難しく、このカフェのお気に入りのクッキーだって、東京みたい!という表現が最大級の賞賛なのであった。

歯の治療をするため数日東京に帰って、しばらく離れていたその東京の都会ぶりを確信した。NYと一体何が違うんだろうなぁ、と考えた。そこにいる人たちのパワーなのか、明るさなのか、なんなんだろう。NYは人が街をつくっているのを感じる。こういった人たちがその場所に居たから必然的にその箱ができ、その文化が生まれ、街の景色が形成されていく、といった感じに。東京は少々過保護で、先に箱(都市開発というのか?)が用意される場合も多くある。あの場所に行くにはこういう風にしよう、こう演出しよう、こんな暮らしをしよう、とスマートで勘が鋭いから馴染みも早く、人や文化が環境によって培われることも。もちろん、人が街をつくっている歴史ある東京の下町などはある意味NY的なのもたしか。NYのぎゅっと凝縮されたパワーと違った意味のパワーで、東京が持つ多面性には改めて面白みを感じたのだが。


久しぶりの東京は想像通り、楽チンだった。どこに行っても言葉が通じる精神的安定と、信頼できる店員と、蛇口をひねれば出てくる軟水と豊かな食事のおかげで、ドライな肌も髪も見事に生き返った。
改めて日本って最高だ!


しかし数日経つと、やたら話しかけてくる隣人や、地下鉄のラップもどきのチェキラな会話や、仕事をする気のないバスの運転手や、汚い薄暗いバー、レストランやショップで店員が差し出す時に必ず言う「Enjoy!」がとても恋しくなった。

成田空港のエレベーターから見えた「おかえりなさい」にも安堵して胸が熱くなったが、帰り機内アナウンスの「Welcome to NY」にも格別な鮮やかな響きがあった。わたしにとってもう憧れだけではなくなりつつあるこの街の多彩な思い出や想いが込み上げて、めんどくさい人たちと、めんどくさい日々がいとおしくなり、
NYにウインクされながら挑戦状を渡されたようだった。
そしてまたこの街にのめり込んでしまうのだね。
by akiha_10 | 2012-08-21 12:54 | NY Journal