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ニューヨークジャーナル 167

NYで今年18年目をむかえるSanta Conに参加してみた!
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NY滞在年数と共に様々な事に慣れてきて視野や感動の幅が狭くなりがち。いつも気持は観光客の気持でワクワクしていたいものだが、順応力という誰にでも備わったすばらしい力は同時に、見るもの全てが新しかった世界を、なんでもないような日常のように感じさせるという副作用も持ちあわせている。

そんな事を友人と話していた中で、今年は冬のNY二大イベント、いつも横目に見ていたハロウィンのパレードと、サンタコンに参加することを決意。老若男女関係なくパーティーに参加できる場所、それがNYの最大の魅力!いざ、知ったかぶり眼鏡を外して参加したサンタコン。


サンタコンは当日朝にSNS上で集合場所が発表される。サンタの恰好をして集まり、写真などを撮影した後はNYの街を練り歩き、昼間っからバーのはしごをする、と要するにお祭り好きの浮かれたイベントである。大量のサンタが出没している街の風景は馬鹿馬鹿しくて、なんだかかわいくて、それなりの見応えがある。
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ハロウィンでも毎年感心させられるコスチュームだが、通常サンタ服では物足りない者は、おのおのツリーや小人、トナカイといった、クリスマス関連キャラのコスチュームをこの日のために製作して登場。ニューヨーカーがパーティーに注ぐ情熱、気合は魅力のひとつだ。


話は逸れるが前述の通り、海外滞在に慣れてきて長くなると、誰しもその土地や人に対する印象が変化してくる。特に何かしら一緒に仕事、作業をして改めて思うことがある。主にこのようなイベント、パーティーなど楽しいシチュエーションで接していた頃は、ニューヨーカーは陽気でフレンドリー、楽しい事が大好き、細かいことを気にしない(もちろん人による)などといった印象があった。なにかと細かい日本の気質と比較しては、そうした明るさをざっくりと好意的に思っていたのだが、いざ彼らと何かをやり遂げなくてはいけないシビアな状況になると、その「気にしなさ加減」にツッコミどころ満載となる。


よく言われるように、アメリカ人(欧米人といって良いだろうか)は個人、プライベートを重視している。何があっても自分が人生の主役であることを一時も彼らは忘れていない。そういった人生観はわたしも同調するが、僅かでも、場面に合わせて協調性やプロフェッショナルな仮面が欲しいなと思う事もある。彼らは仕事の仮面より素顔が前面に出ている。NYから久々に帰国した日本でわたしは感じた。カフェやお店、何かしらの受付に行くと、そこで働く人々が一様に同じ、パターン化されたようなプロフェッショナルの仮面を被っていて、画一的な表情、言い回し、声質で接客してくれる。それはおそらく世界的に評価されるサーヴィスで贅沢は言えないが、なんとなく妙、というか寂しいものを感じた。NYでは例えばカフェでも、「店員」というより、MarkやNancyといった素顔が分かるような態度、言動が見られる。というか、ほとんどの人が素でいる。仕事時間であろうが、プライベートの自分を基本的に常時持っている。銀行やホテルなどの、かしこまった場所でさえそうだ。いかに昨日のフットボールの試合が良かったか、今朝の地下鉄での出来事がいかに面白かったか、などを同僚と、または客に対し初対面であってもどんどん喋ってくる。コーヒーをいかに早く出すかよりも、むしろお決まりの”How are you doing?”の後のフリートークにこそ接客の技量が試されており、そしてその何気ないフリートークが店員と客を結びつけるもの、と考えられているのではないかとさえ思う。わたしは、はじめはそうした状況を、初恋で相手の全てが肯定的に思える時のように好意的に思っていた。ところがリアルな生活の中でいざ彼らと共同作業で関わっていくとなると、その印象も変わって行く。いやいや先に作業やろうよ、と素顔も出しどころがあるのでは、などと条件付きになったりする。


ディープに知って行けば行く程、NYのリアルな長短が見えてくる。ただ、そういった事に落ち込んだりムシャクシャしたりもしながらも、葛藤する度に傍観者の時とは違った充実感を感じたりもするから面白い。”I want to be a part of it - New York, New York” シナトラに重ねて口ずさむ、小さな関わり方ではあるが、わたしはこの街で生きていることを感じる。そして、それでも懲りずにこの街が好きなわたしは、半ば取り憑かれているのだろう。





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バーもサンタばかり!例年サンタ達がバーに押し寄せてバカ騒ぎすることが度々問題になっていたらしい。サンタに来てほしくない店は「サンタお断り」札を出すなどして対策をしてたらしいが、今年は逆にサンタウェルカムなサンタコン公認店を公式HPが発表。安心してサンタたちが入店できるというわけだ。

昼過ぎにはサンタパーティー集合会場が発表された。230 5thという、エンパイアステートを目の前で眺めることのできる、観光地としても人気なルーフトップバー。会場は真っ昼間からクラブのように盛り上がっており、クリスマスソングがかかる度に皆で大合唱!トナカイ女子にも遭遇。







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あっちもこっちも、なかまたち!












a0028990_1642626.jpgみどりのマフラーでコーディネートがきまっているダンディサンタも!余談ではあるが”マフラー(muffler)"という呼び名はあまりこちらでは使われていない。辞書上ではマフラーは襟巻という意味が確かにあるのだが、日本でマフラーと呼ばれているものは、こちらでは"スカーフ(Scarf)”と呼ばれている。未だにとっさに、マフラー忘れた!などと言ってしまうのだが、誰も分かってくれない。長細いウールの巻物を手に取って”スカーフ”(シルクなどの薄い生地のイメージ)という名前が瞬時に出て来ず、毎回えっと、マフラーじゃないやつ、、、と機敏に動かない脳に毎回ポンコツテレビのように叩きたい気分になる。





最後に、日本とは一味違ったクリスマスムードについて。クリスマスは言うまでもなく宗教行事であるから(NYは多宗教なのでクリスマスをしない方々も多くいるが)この時期になると、そのキリスト教的教え「他人に救いの手を差し伸べ、隣人を愛しましょう」といったテーマが間接的に、時には直接的に街中に溢れ出す。冷酷で奇跡を信じないスクルージおじさんの経験を道徳観の主軸に据え、寛大さを問われるような場面を多く見る。たとえば、慈善的なこと、ボランティアを促す広告が増える。キリスト教の団体による慈善事業「サルベーション・アーミー(要らなくなった物、服を寄付して再度販売するリサイクル店を展開している)」の店員さんが街頭で鈴を鳴らしながら募金を呼びかける姿は、「ああクリスマスだなぁ」と思わせる風物詩だ。そしてこの季節、いつにも増して明らかに増えるのが、地下鉄車内の物乞いの方々。NYの地下鉄車内では唄やダンスなどのパフォーマンスなどでチップを稼ぐ人々、身体の不調を訴えてサポートを求める人々、そして圧倒的に多い、いかに自分が不運な状況に置かれているかをスピーチをする人々などがいる。またその寛大さを育むような「愛とは何か」を問う、家族の幸せや繋がりを再確認させるようなあたたかいクリスマス絵が、まるで幸せじゃないと罪、と言わんばかりに、やや食傷気味になるくらい大量に流れる。実際にこの時期仕事もスローになる方が多く、楽しいホリデームードが人々をにこやかに、優しくさせているのを感じる。色々あったけど、また来年もよろしく、という日本でいうところの年の瀬感であろうか。サンタやプレゼント、イルミネーションといったハード面だけでなく、クリスマスの根底に流れている精神性により触れられるのは、アメリカに居てこそだと思う。



出会いと学び、しあわせを感じられる心に感謝。
Very Merry Christmas!
by akiha_10 | 2014-12-23 16:49 | NY Journal

ニューヨークジャーナル 166



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エリザベスの結婚式に呼んで頂いた。アップステイトと呼ばれる、NY州の中でも北にある場所へアムトラック(列車)で約2時間。うつくしい教会、この教会でエリザベスのお父様、そしておじいさま、のみならず親族のほとんどがこの場で愛を誓ったというから重みがある。






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新婦がお父様とバージンロードを歩いて来る時、Groomsmen(新郎側のブライズメイドのようなもの)と共に祭壇の前で待つ新郎の口元がほころぶ表情を見て目頭が熱くなる。 アメリカでは挙式当日まで新婦のドレス姿を見ては縁起が悪いと言われていて、この日本当にはじめてドレス姿を見ることができるのだ。



神父が念を押して諭す”Unconditional Love(無条件の愛)”というキーワードについて考えを巡らす。家族間のみならず、他人に対しても”Unconditional Love”を差し伸べなさい、というのだ。無条件の愛について考えはじめたら、だんだん自分の身勝手さが浮き彫りになっていくようで、上から見下ろす天使たちは”そんなわたしもお見通し”なのだろうか、妄想の脇道へと逸れるのであった。



宗教観(NYは他宗教なの で一概に言えないが)なのだろうか、アメリカの「人のために無償ですること」が美徳と扱われているのは日本のそれ以上である。NYで人が優しいな、と思うことがよくある。それは元の期待値が低いという理由が多分にあるが、日本にいれば、わざわざその優しさを恩着せがましくアピールせずとも、当たり前に無償で受けることのできる”サービス(おもてなし)”だったりもするから、どちらが人にやさしいのかと言えばどちらも結局同じかもしれない。ただ普段アメリカには当たり前にはないものを、無償の心遣いですよ、というラベルを貼って頂き「ああ、やさしくされたな、ラッキー」と思うアメリカと、もともと期待し期待され、それがなければ不満を持ってしまいがちな日本では、どちらがいいのだろう、と思ったりもする。”心遣い”はアメリカでは美徳、日本では常識 なのだと思う。NYでそうした気配りの出来る方と話してみると、その多くが何かしらその動機付けとなる宗教観や自分なりの哲学、スピリチュアルなもの(人に与えると 自分が幸せ、と言ったようなこと)を信念として心の内に持っているのだが、日本はどうだろう。社会通念として多くの方が持っている、平均値が高いこの心遣いはどこから来ているのだろう。ある程度は仕事に対する意識の違い(こちらでは適当に仕事をする人もたくさんいるので)から来ているとも言えるが、それを越えたシンプルなレベルで言う人間同士の思いやりなどになってくると、これほどまでに宗教色のない日本で、なぜその心遣いが民族的に根付ているのだろうと考え出すと、海外から日本の道徳観が注目される理由もわかるような気がする。「当たり前のものとして、周りがそうして来ているのを見ているから」という答えしか浮かばないが、そう考えると慣習を代々受け継いできた日本の道徳観、これは先祖に感謝すべき事なのかもしれない。


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お式では終始弦とフルートが奏でる上品な賛美歌やクラシックが鳴り響いていたが、退席時にビートルズのAll you need is loveが演奏された。この教会で代々式を挙げている親族の方が「おじいさんが聞いたらびっくりだろうなぁ」と当時不良の音楽が、まさかこの厳かな教会に響き渡っている事に、時代の変化や月日の流れに感慨深くなられたようだった。

厳粛な儀式も終わり解放感。
パーティー会場である自宅へ向かうバス内から早速酒宴!












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「貴族だったの?」はじめてお宅にお邪魔した時、冗談でそう聞いたことがある。広大なお庭にプール、テニスコートのある”お屋敷”といっても過言ではない自宅に、一週間前から建てたという特設テント。まわりにはイベント業務用トラックが何台も止まり、そのアメリカンスケール、本気さに小さな島国から来たわたしは笑いすら出てくる。「ごはんは自信があるから!」と前々から厳選したらしいケータリング。着席する前のオードブルタイムで、ウェイターがちょこちょことサーヴしてくれるフィンガーフードのそのどれもが美味しかった。そして巨大なお寿司ブースも!ここでお腹がいっぱいになりそう。




夜も深まり、パーティー本会場(別テント!)へ。


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フルバンド待機。何度か結婚式に行っているが、アメリカ人のウェディングパーティーで一番肝となるのはどうやら、いかに食事後のダンスフロアが盛り上がるか、ということらしい。音楽は非常に重要になってくるわけで、どれだけシンプルなウェディングでも生バンド、もしくはDJが必ずいる。日本でいう「みなさんに楽しんでもらう結婚式」というおもてなしは、ここではいかに楽しく踊れるか、であるようだ。


皆が着席しはじめた頃、両家ご両親と、グルームズメンとブライズメイドが陽気に登場。ここで盛大な拍手を送ることで、今までプラン、準備をして来た事への労いの意味があるそう。そして夫婦となった主役が登場してファーストダンス。アメリカでは結婚式のためのファーストダンスのためのレッスンなどもある程、形式的にだけでなく”魅せる”ダンスをするカップルもたくさん居る。そして、最初の恋人ともいうべきだろうか、新婦は自分の父親と、新郎は自分の母親と踊る時間。多くの父親は、自分が結婚式で奥様(彼女のお母様)とダンスを踊ったことを思い出しては年月の早さにしみじみとするのだそう。新郎マットのお母様がとってもチャーミングで、練習して来たな、と思われるジャズダンスをマットと華麗に踊っていたのがとっても素敵。



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お食事の終盤、お決まりの、グラスをスプーンでチリンチリンと鳴らしてスピーチ。日本でもスピーチを頼まれるプレッシャーはよく聞く事だが、こちらでも同じく。ユーモアを盛り込みながら(これは日本よりも期待されているように思う)時には辛辣なウィットを交えながら、心がじんわりと温まるエピソードでフィニッシュ、まるでその人の手腕を試されているようで大変そうだなぁ、と思いながら毎回聞いている。ちなみに、アメリカでは人前でプレゼンテーションやスピーチをすることへの技術習得は幼い頃から重要視されていて、訓練するスピーチクラスなども小学校からあるそうだ。アメリカに来た時、薬局やカフェの店員であっても、説明したい事、もしくは(聞いてもいない)自分のことをまるでスピーチタイムのように大袈裟に、または毎度楽しませながら話す姿を見て、アメリカ人にはおどおどした人はいないのか?と不思議に思ったものだ。移民だらけの国で、自己主張が常に求められている背景に加え、教育環境もあるのか、アメリカに暮らす人たちの人前で話す技量は明らかに長けていると感じる。


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そしてメインイベント?のダンスタイム。バンドはTOP40などの皆が知っているポップス、両親世代が喜んで踊り出す選曲で盛り上げる。友達である我々世代が弾けるのはもちろんだが、70-80年代、ディスコで踊り慣れた両親世代が、昔の気持を取り戻したかのように無礼講。いつもアメリカ人の親子関係を見ていて日本と明らかな違いを感じるのは、親子という役割の”仮面”の薄さである。親として必要とされている要素の違いなのか、アメリカでは親としての顔、というものはあまり意識されていないと感じる。日本であれば、親としての振る舞いや発言が、どれだけ子どもが大きくなっても多少なりともあると思うが、子どもが幼少期から家族であっても独立した個人として扱われているからか、友人とその両親のやりとり等を見ていると、親は「本来の自分」と「親である自分」を使い分けていない。だから、学生時代を取り戻したかのような姿も子どもの前で堂々と振る舞うし、それを子どもも、まるで楽しい友達を眺めるかのように見ている。日本ではあまり子どもには話さないだろうなぁ、といった内容でも普通に子どもに相談していたりする。日本基準でいうと、ファンキーなお父様お母様だらけである。



a0028990_01001009.jpg素敵な心遣い、ピーンヒールで湿った芝生の上(小雨が降ったので)を歩くとずぼずぼと沈んでしまうので、ヒールカバー。そして、用意された”Dancing Shoes”と書かれたビーチサンダル。実はアメリカの結婚式参列の必需品はダンスタイムになって履き替える用のペタンコの靴。ほとんどの女性が必ず鞄に潜ませている。もしくは、代わりの靴など気にせず、素足になって踊ることも多々。

話は逸れるが、NYでも仕事を終えた女性が夕方の地下鉄ホームなどでいそいそと鞄からビーチサンダルを取り出し履き替える姿を頻繁に見るのだが、一言いいたい。靴をそのまま、ビニール袋などに包まず鞄にいれているのが、日本人のわたしとしては、本当に理解ができない!友達に聞くと、地面に触れるソール部分を合わせて入れているから汚くないというのだが、これだけは本当にわからない。他の衛生観念がだいぶワイルドになってきたわたしでも、鞄に直靴は、ないっ!









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                                    素敵な夜をありがとう。
                                    Congrats エリザベス!

by akiha_10 | 2014-09-30 23:33 | NY Journal

ニューヨークジャーナル 165

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NYでどうしても行きたかったイベントのひとつ、The Jazz Age Lawn Party。20'sのファッションに身を包んで、禁酒法時代/ジャズエイジを再現してピクニックをしよう!というコンセプト。マンハッタンの南端から出ているフェリーで10分ほど揺られて辿り着く、ガバナーズアイランドで開催される。ガバナーズアイランドは夏季限定でオープンしている島で、とてもNYとは思えないほどの芝生と木々に溢れ、島全体が公園のようになっている。ゆったりとした気分を味わえ、ピクニックには絶好の場所。




今年9年目をむかえる当イベント。頻繁に覗くヴィンテージ店のおばさまに「あなた絶対好きだから」とこのイベントを教えてもらったのが2年前。なかなかタイミングが合わず、今年は春からHPをチェックして日程発表を今か今かと待っていた。毎年7月と8月のどこかしらの週末の4日間開催される。毎年このイベントの前には、ヴィンテージショップが少し賑やかになるらしく、店に入ると「20'sを探しているんでしょ?」と言われたのににやっとした。


実は驚いたことに、先日カフェで会ってひょんなことから話が弾んだジャックリーヌとそのパートナーが、なんとこのイベントの主催者グループの一員だった。「わたし、そのイベントのビッグファンで行ったのよ!」と言うと色々と話を聞かせてくれたのだ。素敵な事もたくさん、そうでない事もたくさんあるNY生活で「居る甲斐があるな」とすべてを帳消しにしてくれるNYマジックがたまに起こる、こういったミラクルな出会いは(狭い)NYでしかないと思う。このイベントはジャズ・エイジのオーケストラ率いるMichael Arenella氏が数人の友達とファン、50人ほどで始めたもの。それが年々話題となり、今や何千人と集るチケットはソールドアウト、20'sフリークなら知らない人はいないほどのビッグイベントになっている。ガバナーズアイランドの利用規則が厳しく、人数を限ることや、音楽を出していい時間、セットを持ち込めるのが一日前しか許されないなど、調整がテンテコマイだとジャックリーヌが話していて、まるで舞台制作のようだと思った。

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マンハッタンからガバナーズアイランド行きのフェリーに乗った瞬間、すでに20's!20's!20's!フリンジ、レース、パール、クロシェ、パラソル!右も左もフォトジェニック。気合いの入ったピクニックセット(机や椅子)を持参されている方、バスケットや食器までアンティークで揃えている強者など、映画のセットのよう。お互いのスタイルを撮影しあったりして、これはドレスコードは違えどコスプレイベンドだなぁ、などと思ったりもした。本来はもっとのんびりと音楽やダンス、お酒を楽しむ「ピクニック」が目的だったのだろうが、今は規模が大きくなり過ぎて参加型のショーと言ったほうがよさそうだ。


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NYにおける20'sブームというのは、10年前くらいからジワジワとはじまったようだ。わたしがNYに積極的に行ったり来たりし始めた3年前、「Speakeasy/スピークイージー(もぐり酒場のこと)」スタイルのバー、つまり禁酒法時代に違法で経営していた、という設定の看板のないバー、日本で言うところの「隠れ家系」バーのトレンドが既に台頭していた。アパートの一室の部屋のインターンホーンを鳴らして入ったり、ホットドッグ屋店内にある公衆電話の中にある扉から入ったりと、演出も様々。古めかしい内装(お洒落な内装が多い)、薄暗い空間にミクソロジストと言われる、ハーブやフルーツをふんだんに使用して個性的なカクテルを調合するバーテンダーがおり、「カクテルも奥深いなぁ」と味の探究心を満たしてくれ、トリップ感を提供する空間が「Speakeasy」と呼ばれるバーに期待できることだ。


かつて住んでいたローワーイーストサイドにあったMILK&HONEYはタイムトリップしたような情緒があり、一番印象的なバーであった。メニューはなく、好みの味や気分をミクソロジストに伝えて作ってもらうということが、飲物を飲むというバー以上のエンターテイメントであった。そして必ずハズレないカクテルが出てくるので、一緒に行った友人は皆その後ファンになった。人気になって事業拡大、フラットアイロンに移った新店舗に行って少しがっかり。基地のように狭く、やや汚なめな、薄暗い、危険な香りのする空間がよかったのだが、高い天井と、古く見せかけた真新しい什器に興冷めしたのだった。ここ数年で「Speakeasy」とうたうバーはもの凄い数で増え続け、実際に行ってみるとMILK&HONEYの新店舗同様、古く見せかけたハリボテ感漂う空間が多く肝心な親密感、秘密感、場末感、背徳感がゼロ。友人がDisneyfication(ディズニフィケーション)という造語を教えてくれたが、ディズニーランドのごとく、それっぽい時代や空間を演出すること、それでいて本来その時代や場所にあった危なさや汚さなどのネガティヴな面は排除して、エンターテイメントとしてクリーンで安全な環境を創り出すことらしい。そこにカルチャーや歴史が生まれる様子はなさそうなクリーンさの事だ。最近のSpeakeasyは大手資本の力を感じる、まさにディズニフィケーションされたものばかり。Speakeasyとは本来アンダーグラウンドに隠れていてこそ機能するのに、こうにも公に何軒もSpeakeasyが出来始めると、段々と”Speakeasy”というスタイルも響きも時代遅れのように聞こえてくるから不思議だ。頂点を極めたトレンディな文化は、言葉と共に往々にしてこういった運命を辿るものだ。





20'sブームはここ数年の話題のエンターテイメントにも現れていた。未だ人気の体感型ショー「Sleep No More」の演出や時代設定もそうだ。わたしはこのショーが行われる架空の幽霊ホテルのラウンジではじめてアブシンス(幻覚や錯乱状態を起こす、という噂で昔は厳しく禁酒されていたお酒)を使ったカクテルを飲んだが、Speakeasyでアブシンスは、禁酒法時代の代名詞的お酒として取り扱われており、多くのバーでよくフィーチャーされていることに気付いた。「Sleep No More」の少しアンダーグラウンド版、ローワーイーストサイドで行われたショー「SPEAKEASY DOLLHOUSE」では、もぐりの酒場で急に取締が入って来ても取り膳えるよう、当時ティーカップでお酒を飲んでいた事を、そのまま再現していたのも面白かった。このショーがあった会場は、The Backroom Barという名前で普段もSpeakeasyのバーとして営業している。



20年代の狂乱を再現するかのようなバーレスク(芝居+コメディ+ダンス+ストリップのショー)もNYで人気だ。バーレスクといえば、ローワーイーストサイドにある「THE BOX」はバーレスクの極み(いろんな意味で)だと聞いた。一度機会があるなら入ってみたいと思いながら、予約する際にはツテでもない限、4-5人が集えるテーブルサービスを2000ドル(約20万)以上で買わなければいけないとか。NYらしい、豪遊できる大人のためのエンターテイメント。噂によると、その内容もクレイジーらしく、通常のバーレスクより内装やアクロバット、ダンスなどの華やかさがスケールアップするだけでなく、セクシーを越えた「見たいような見たくないような」ネタもエスカレートすると聞いた。ノーマルの刺激では物足りない大人達向けに、笑える「滑稽」のその先、「アブノーマル」の域にやや足を踏み入れるのだろうと推測する。今年春先に行った「Queen of the Night」もバーレスクを織り込んだショーで、Speakeasyを思わせる妖しさ、演出が衝撃的だった。NYでしか観られないものとして、今一番おすすめするショー。


また、2010年に始まったマーティン・スコセッシ製作のテレビドラマ「Boardwalk Empire」や昨年の映画「華麗なるギャツビー」なども手伝って20'sブームは頂点を迎えたような気がする。ちなみに、このピクニックイベントに「Boardwalk Empire」の協賛がついたそうだ。以前も書いたことがあるが、「Boardwalk Empire」の20's衣装クオリティ(すべてのクオリティが高いが)は一見の価値がある。女性達が着用している服も可愛らしく、ヴィンテージレースなどをふんだんに使っており(それがレプリカだったとしてもすごい)、マフィア達のカスタムメイドと言わんばかりのジャストサイズのスーツの生地やしつらえは、観ているだけで豊かな気分にしてくれる。それが例えマフィアドラマよろしく血飛沫にまみれた残忍なシーンでも、わたしは血に染まったネクタイにうっとりとしている。小さな仲間達からはじまったイベントが、今や大手テレビ局がスポンサー。「エキサイティングでしょ!」とジャックリーヌは肩をすくめて微笑んだ。




ビッグバンドとダンスフロア。ダンス!ダンス!ダンス!この時代一世を風靡したダンス、チャールストン。
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a0028990_00380930.jpgそれを眺めるカメラマンやブロガー。












家族でジャズエイジ!
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この時代、日傘がファッションとして特に流行したようで、販売もされていた。私たちからすると、日本がオリジナルではないかと思うような和紙製の傘もたくさん!わたしが持つと、ジャズエイジというか、なんというか、がんばっても大正ロマン。






by akiha_10 | 2014-08-19 23:08 | NY Journal

ニューヨークジャーナル 164

今アーティストやミュージシャンの友人たちが数年前から続々と移り住んでいるブッシュウィック。サポートをしているバンドのメンバーもこの辺に住んでおり、リハで来る機会が多くなったこの頃。先週は年に一度開催される、ギャラリーやスタジオが公に公開されるBushwick Open Studio(BOS)に行って来た。
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ブッシュウィックはブルックリンにあるウィリアムズバーグ東一帯にひろがっている。
この10数年でウィリアムズバーグは様変わりしたようだ。ウィリアムズバーグの興隆も、はじめはマンハッタンのソーホーやイーストヴィレッジから流れて来たアーティスト達が住みはじめたことがはじまり。オーガニックフードや手作りクラフトもの、ヒップスターファッションや音楽からアートまで、”ヒップ”なブルックリンブランドを創りあげてきたのは主にこのウィリアムズバーグである。かつて都落ち感のあった「マンハッタンからのブルックリン移住」を「横浜に住んでいる」くらいの、ちょっとした洗練ささえ帯びた響きに変えたのもウィリアムズバーグであろう。ちなみに、ブルックリンブランド全体に通ずる、ほっこり感やかわいらしさ、ナチュラル感や個性的なエッジィ感覚は、ひたすらセクシーさと勢い、刺激とスケール感を追い求めているマンハッタンのセンスよりも、日本人感覚のセンスに合う。だから、日本から来たカフェや雑貨、カルチャー好きの友人には迷わずウィリアムズバーグをお勧めする。



そんなウィリアムズバーグも、今や大手資本によるカフェや洋服屋が建ち並び、すっかり商業的に。決定的に観光地化させたのは数ヶ月前に建った大型クラブ。週末の夜ワイスストリートを歩いてみたら、そこのいる女たちはこれまでの、古着ワンピースにビーチサンダルといったようなヒップスターブルックリンガールではなく、タイトなミニワンピで胸を寄せ上げ12cmのヒールをコツコツと鳴らしながら、忙しなく携帯をチェックし狩り場を探すミートパッキングガールそのものになっていた。クラブに横付けされたギラギラとしたリモはこれまでにない風景。”わたしたちのペースで、らしく生きる”と生き方の指針を共有しあっていた、ほっこりしていた場所も、すっかり夜のズーに浸食され、マンハッタン的ビジネスに取り込まれてしまった。(とはいえファッション的にはいろんなテイストがミックスしていて、それはそれで面白い。)


そうして、数年前から新たな聖地を求め東へと開拓されていたのがブッシュウィック。そういえば今年はじめに日本で会ったアメリカ人の女の子が言っていた。NYと東京を行ったり来たりしている彼女に東京の良さを聞いたら、「東京は住環境が数倍マシ。”ブッシュウィック”(両手ピースマークの指関節を折り曲げて囲いながら)の狭いアパートでルームシェアなんて、もう嫌だ」と言っていた。それはいかにも、ブッシュウィックがNYで夢を掲げた若者が葛藤する場所代表のように話されていて印象的であった。



ブッシュウィックがウィリアムズバーグ的進化を遂げるのかということに懐疑的な意見をよく耳にする。
個人的憶測ではあるがウィリアムズバーグのケースは、アーティストたちが誰にも語られることなく移り住み、ある程度街が形成されてから「ウィリアムズバーグ=ヒップ」という称号を得たような気もする。ブッシュウィックの場合、すでに「次なるウィリアムズバーグ」といった形でメディアに取り上げられ過ぎていて、新たな独自な文化が生まれる前に、ウィリアムズバーグの焼き増しを求められているようなところがある。人が街を創る前に、街という箱が人を呼んでいる感。そこに移り住むことは、自分がヒップである前に自分をヒップに演出するような、または自分がアーティストである前にアーティスト的でありたいと思うような、トレンディ感が既に先行していて、ウィリアムズバーグの時のような鮮烈な文化形成になるのかはまだわからない。単純に家賃の安さで移住していく者もたくさんいるが、ブッシュウィックと単語を発すると時に意地悪な薄ら笑い感がつきまとうのは、そういった事情もあるのだと思う。

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そんな街全体の文化やアートシーンの形成の進行状況はともかく、今回行ったブッシュウィックのアートイベントでは、伸び伸びとした自由な環境を求めて移り住んだ個々人の爆発的なパワーは存分に感じられた。(半分以上は外から来た人だろうが)。少なくとも、わたしがなぜNYが好きなのかを確かめるには充分な活気であった。BOSは今年8年目を迎えるイベントで、ブッシュウイックにスタジオを構えるアーティストたちが個人のスタジオ(ギャラリー/アトリエ)を週末限定で公開する。わたしたちはプログラムに書いてある住所と地図を探して訪ねるというもの。イベントをはじめたばかりの頃は、参加アーティストは数えるほどだったらしいが、今や600以上のアーティストが参加。イベントに便乗して、街ではライヴパフォーマンスあり、フード屋台あり、とお祭り状態。アートに興味がなくても散歩するだけでその雰囲気を楽しめる。




a0028990_9502958.jpg色々な場所を訪ねてみて、普通のギャラリーでは味わえない楽しみ方も見つけた。スタジオを制作場所、兼住居としているアーティストもいて、必然的にそのアーティストの暮らしぶりの一片をうかがい知ることができる、というものだ。


寝室やキッチンも出入り自由で公開されているものだから、詮索するのは悪趣味だと思いながらも、ニョキニョキと生える好奇心のアンテナが様々なものをとらえる。置かれているクッションのファブリックの柄や今朝使ったのであろうバターナイフやマグの一つ一つが引き金となって、ついストーリーを紡いでしまい、ひとりだけのお楽しみに浸る。初めて彼女/彼氏の部屋に入った時のセンサーってこういうのだよね、とドキドキさせた。どこのスタジオでも生活と作品の関連性が興味深く、総じてインテリアの趣味がよく、気持をふわりとさせた。








a0028990_9511369.jpg居住スペースと、制作スペース(仕事場)を7:3くらいの割合でしっかりと分けているところもあれば、制作場所にかろうじて寝食の場所を確保している、というスタジオもたくさんあった。全体の8割が作業場を占める部屋を見て、わたしの心の扉がノックされる。生活の中にアートやクリエィティヴな部分があるのではなく、アートやクリエイティヴの中に生活がある人たち、人生そのものをアートの中に置いて生きている人たちへの羨望。




わたしは、社会的物差し(お金や名声)に関係なく、”それだけ”やっていれば基本的に幸せ、または充実感を感じられる、という人、またはそういったもの(趣味)がある人は、とても幸せな人だと思う。欲望のサイクルが健康的に自己完結し、幸福感を自家発電できるからだ。しかもその”それだけ”で、なんとか生活ができていれば、それは人生の8割の幸せを占めているといえる。わたしがNYが好きな理由のひとつは、”それだけ”をやっている人がたくさん居て、そんな人々を許容(放任)する街だからだ。それで生活できるできないに関わらず、社会通念どこ吹く風、おおいに偏った愛すべき人たち、素直すぎるほどに思い切って生きる人たち、それを時に手厳しく、時に温かく取り扱うこの街がわたしを元気にさせる。自由というものには責任が付きまとうという事が、年齢と共に手応えのあるものとして感じられるようになった今、ここに生きる人たちの人生の取捨や覚悟がさらに伝わるようになって、その潔さに改めて感動を覚えるのだ。わたしがここに居て居心地がよいのは、自分もそうであるからと言いたいところだが、そういう人たちを側で見ていたいという、彼らに対する永遠の憧れがあるからかもしれない、とも思った。


一体わたしはこの街で今何と戦って、なにを取捨しているのだろう、自分や人生になにを期待しているのだろう、そして期待する事とはなんと体力と精神力が要って、孤独なことなのだろうか、と想いは様々なベクトルに飛び火し、角にあったかわいらしいカフェでスムージーを吸い込みながらアンニュイ気取る。ブッシュウィックのせいだ。エネルギーを持て余した解放的な雰囲気がわたしだけ取り残して、自分の凡庸さや勢いだけではなくなったわたしを浮き彫りにして一瞬だけ憂鬱にさせる。


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ファッションもおもいおもい、元気いっぱい!










a0028990_1064647.jpgこのスタジオは、門司に住んでいた祖父が生前いつもこもって作業をしていた基地のようなアトリエ(個人趣味用)を思い出させた。自分でつくったかのような木造の四畳くらいのスペースで、そのほとんどが机と物置に占領され一人がやっと通れる狭さだった。天井が低く、雨が降ると直に頭上で水の塊の打ち付ける音が聞こえた。薄明かりにぼんやりと浮かぶ、たくさん並べられた彫刻刀や筆、よくわからない金具、インクや糊の匂いがいつもした。まだ小さかったわたしはこの部屋にロマンを感じていた。祖父は折り込みチラシや飴を包んでいた紙などの皺をのばして大切に保管し、それらを使ってオブジェらしきものをつくっていた。そうして基地で出来上がった苦心の作を周りに披露しても、真面目な祖母をはじめとし「またこさえてぇ、置くとこないよっ」と一蹴され評価を得ていなかったのを、幼心にも申し訳ない気持で見ていた。それでも翌日玄関先などにちょこんと飾ってあるのを見ると、ほっとしたのだった。今会ってみたいなぁ。おじいちゃんにはニューヨークなんかが合っていたと思う。世間体どこ吹く風のマイペースさで浮世離れしていて、洒落た事が好きでいつもニコニコしていた。わたしは、鬱蒼とした気分の時には自分なりにおしゃれをして気持のいいカフェにひとりでお茶をしにいく、という処方薬を持っているのだが、祖父もよくキメこんでひとりで小倉の喫茶店に行っていたのだという。もしかしたら、おじいちゃんも、おじいちゃんなりにそうして気持の整頓をしていたのかもしれないと想像すると勝手に結束感が強くなる。もっといろんな話をしてみたかったよ。 ブッシュウィックの空を仰ぐ。
by akiha_10 | 2014-06-10 12:43 | NY Journal

ニューヨークジャーナル 163

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サンクスギヴィングからニューイヤーまでのホリデイシーズンは、パーティーやお呼ばれが多くなる。今年も大好きな友人のお宅にお招きいただいた。なんといっても彼女のインテリアのセンスのよさは抜群!!わたしはこの空間が好きでたまらない。友人といっても、自分の母親世代という年の離れた友人だが、元旦那様が外交官時代に、共に世界中を旅して多くの美しいものを見て吸収したという、洗練されたセンスがこの空間につまっている。エスニックなものとヨーロッパなもの、アンティーク調度品、思い入れのあるアート、ひとつひとつを取ってみると異質なものが、おそろしく美しく調和して、行儀よく配置されている。そのどれを取ってみても美しいという審美眼、全体としてそれらをコーディネートするバランス感覚にわたしは「ハァァ」とうっとりと、ため息をつきっぱなしであった。この空間に居るだけで素敵な人になれそう。いつかわたしもそういう空間づくりをしたい。





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お花の色選びから生け方まで、ディティールがわたしの目をとらえる。「家にお客様を招く機会が頻繁にあって、やらなくてはならなかったからよ」と彼女はなんでもないことのように言った。彼女はアメリカ育ちアメリカ人であるが、お母様がフランス人で、刻まれたDNAなのか、育ちの中で継承したフランス的感性なのか、その空間的センスのみならず、エレガンスとはなにか、豊かさとはなにか、人生の楽しみ方を語らずとも醸し出してくれる、「女」の先輩である。








人生におけるわたしの最大の執着は、この世に生きている間にどれだけ美しいモノ、コトに触れる事ができるかである。おもしろい、かわいい、おいしい、素敵、琴線に触れるものはすべて「美しい」と讃えられる。英語の「Beautiful」が、味や面白み、心情、状況、その振る舞いなど、広範囲の形容に使われているように。それら美しさに触れて、感動の「わお!」と満悦の「うふふ。」をどれだけ収穫できるか。そして、どれだけ人に与えることができるか。理屈抜きに心が震える「わお!」と、自分の心の中で悦に浸る「うふふ。」。「わお!」も「うふふ。」も日常的に探し求め、気付くことによって自分でも創れる。特に「うふふ。」メーカーは、一度スイッチをいれるとぽこぽこと量産してくれる。甘いの食べてうふふ、好きな色のセーターを着てうふふ、おいしく米が炊けてうふふ、スチームアイマスクでうふふ。思うに、女の楽しみのほとんどはこの「うふふ。」関連だ。



わたしは好きなものとそうでないものがはっきりしている。客観的、絶対的な美しさがどうであっても、わたしの心が躍るのであれば、それがわたしにとって「美」である。美しいものとは、つまりは大好きなもの、と置き換えることもできる。小林秀雄のいうところの、「美しい「花」がある。「花」の美しさといふものはない」というのはこういうことであろうか。



ところで、このお宅で久しぶりに会った友達がヒゲを生やしていた。「あれ、ヒゲを伸ばしはじめたんだね」と言うと「そう聞かれるが目的なんだよ」と”Movember”について話してくれた。Movemberとは口ヒゲの”Moustache”と11月の”November”をかけた言葉。11月の一ヶ月間、口ヒゲを伸ばしてそれに気付いて指摘されたら、前立腺がんなど男性特有の病気について語り、皆で理解を深め、チャリティー活動への喚起、早期発見を促す啓発運動なのだそう。ヒゲを話題の切り口にするなんて、多少無理矢理だけど、なんてユニークなアイデア!と目からウロコ。実はオーストラリアからはじまったという運動だそう。今年はNYでも妙に口ひげ男子が急増していたような。









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a0028990_7482323.jpg大好きなものに戻ろう。わたしはヴィンテージジュエリー、アクセサリーを集めているのだが、先日ペンシルベニアにあるアダムスタウンというアメリカ最大級のアンティークタウンに行って来た。NYから車で3時間ほど。パリのクリニャンクールを広大なアメリカの地に持って来たようで、楽しすぎて大興奮。ジュエリーや小物、大物家具まで、そのエリア一帯にたくさんのアンティークショップが建ち並んでいる。荷物と予算のことを考えなければ買いたいものはたくさんあったが、現実的になるように自分を抑えた。冬らしいブローチとクリスタルのブローチ。雪の結晶のようなブローチはモロッコの空港、またはアルハンブラ宮殿の二姉妹の間(写真)を思い出させた。ずっと欲しかった50年代のプラスティックバッグもついに入手した。50年代当時、プラスティックという新材料が斬新で爆発的に人気となり、NYをはじめとする上流婦人を魅了したバッグ。はじめは手作りだったものも、その後型抜きで大量に安物が出回るようになり、10年も満たないうちに衰退したいう、50年代を代表するアイコニックなバッグである。実はふたつ買ってしまったのだけど(小声)少しずつ集めていきたい(一体どこに置くんだー!)。その他にも大好きな20年代のレースのヘッドアクセサリー、上品なパナマ帽子、ファーのついたレザーコートを買った。そのどれもが、NYのヴィンテージショップで買うより大幅にお得!!NYに来る度に”買い出し”に足をのばそうと心に決めた。








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こちらは少しモードめ。最近バッグで注目しているのはMANSUR GAVRIEL。初秋のNY、ダウンタウンのSteven Alanで見たBucket Bagのそのシンプルさ、クリーンさ、実用性に、こういうのが欲しかった!ステキッ!とウィッシュリストの中でほくほくと温めていたところ、もたもたしているうちにどうやら、今「かなり」人気になっているようで現在プレオーダー待ち。

数年前にデザイナーがフィービーになってからのCelineのデザインの美しさ、配色、ミニマルさはわたしの心をわし掴みにしたが、デザインはCelineに通ずるものがある(特にトートはかなりCabasインスパイア)。クオリティも高く、値段は安くはないがハイブランドほどではない。



チラリと見える裏地の色が可愛いのだが、わたしが見ていたBucketタイプの黒/レッド、その色の質感は、女が無条件反射で反応するエクスタシー色、なんだかルブタンソールを彷彿させる赤である。カジュアルにも持てるし、きちんとした席でもおさまりそうな、万能使いできそうな賢いバッグ。うーん、よく計算されている。にくい。

ふたりの若いアメリカ人女性がたちあげたブランドMANSUR GAVRIEL。来期からは外の革の色、中の裏地のカラー組合せの選択肢を大幅に増やすようで、これはますます世界中で人気になりそう!うーん、色違いも欲しくなるねぇ。










物欲ほとばしる形で締めとなりましたが^^:。

来月は日本です!2014年1月15日(水)に開催される、舞台『Paco~パコと魔法の絵本~ from「ガマ王子vsザリガニ魔人」』製作発表イベントで唄います!ただ今200名様の観覧者を募集中です。ぜひご応募くださいね!詳細


今年もたくさんの方々、こと、に支えられて、健やかで充実した一年を過ごさせて頂きました。来年も、自分の「好き」を粘り強く探求しながら、美しいものをたくさん見て吸収して、おおいに笑って、表現、創作共に、楽しく真摯に続けていこうと思います。お付き合いくださいまして、本当にありがとうございました!

皆様の来年が「わお!」と「うふふ。」に溢れた笑い多き一年になりますように!
素敵な年末年始をお過ごし下さいね!

瓜生明希葉
by akiha_10 | 2013-12-30 06:31 | NY Journal

ニューヨークジャーナル 162

その日、映像の最終打ち合わせでWest Villageのカフェに行った。
数年前から「街+フード+音楽」をコラージュさせた創作や活動ができないかと考えていた。具体的にHungry Kittyの構想がかたまってきた今年の春、「誰かキャラクターを動かせる人いないかなぁ」と探していたところ、いけちゃんを紹介してもらった。会うとすぐに意気投合した。好きな監督や映像の話でいつも打ち合わせが長引いた。いけちゃんもアニメーションや映像をちょうど勉強しているところで、創作意欲に溢れていて、それはわたしにとっても理想的だった。まずはモチベーションを共有する事が最優先だったからだ。テクニックや知識はとても重要だが、よい創作とは、創作への欲望とそれに向かう情熱、楽しさが先立つものだと信じているからだ。




「こういうシーンを創りたい」という浮かぶヴィジョンとアイデアを追いかけるように、具現化する方法を共に研究した。ただ「映像編集ソフトを上手に使いたい」という目的では学習速度は何倍も遅かっただろう。それは「英語をただ喋りたい」という目的で学習するよりも、「あのレストランでメニューを頼めるようになる」だとか「あの蚤の市でうまく買物ができるようになる」という自分の真なる欲望に突き動かされ、必要に迫らせた方が格段に上達が早いのと同じだ。うまくいかずに何十回も書き出したり、データのやりとりがスムースではなく行ったり来たりを繰り返し、いちいち細かくつまずいたが、少しずつ学んだ。不器用な箇所もたくさんあるが、今年の夏お芝居に書いた「40Carats」という曲の映像が出来上がった。アニメーションだけでなく、いけちゃんが「最近いいカメラ買ったけど撮ろうか?」と提案してくれたことで映像部分もぐっとクオリティが上がった。タイムズスクエアや5番街のティファニーの前で、極寒の早朝5時からノースリーヴを着て撮影した、冗談みたいな本気の遊びはエキサイティングだった。素人ながらに、欲しい絵、アングルを考えるようになって、不思議と映画を観ていて着目することが増えた。すべてのアングルに意図があり、それをどう描写したいのか、と映像が一枚一枚の絵の連続のように見えるようになった。
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https://vimeo.com/82052806






そうして頭が映像モードになっていたところ、面白い出来事があった。ちょうどその打ち合わせの帰りに大規模なロケをしている現場に遭遇した。NYではよく映画やテレビドラマの撮影をしているので、そんなに珍しいことでもないが、ちょうど自分の意識が映像に向かっていたものだから、どのように撮影されていて、それがどう映っているかなど、いつもとは違った視点で気になった。数分観察していると、そこで演じているのはキャメロン・ディアスやジェイミー・フォックスだということがわかった。数年前にもこのブログで書いたが、以前「The Holiday」のプロモーションで来日していたキャメロン・ディアスとジュード・ロウとパークハイアットのエレベーター内でたまたま一緒になったことがある。満員電車のような距離感でおふたりが前にいた。スターふたりと、わたしと友人以外はボディガードというシチュエーション、50階から地上へ上品に下降していく密室で少しだけお話もできた。たったそれだけのことだが、そのロケ現場でキャメロンを再び観た時、妙に親近感と縁を感じたという自分のどうしようもない図々しさは申し分なくNYに適合していると思う。




NYでは地下鉄でもカフェでも道端でも、誰それ構わず話しかける人が多いのだが(それは福岡で起こるシチュエーションに似ており、祖母がまさにその道のエキスパートである。)わたしもそれにならって「これ何の映画か知ってる?」とちょうど隣に居た人にたずねた。来年クリスマスに公開予定のミュージカル「Annie」のハリウッド映画版だった。主人公は黒人の女の子、音楽はJay Zと、現代版Annieだそうだ。NY的な定型文通り、会話の途中で急に思い出したかのように自己紹介をして、ジョーという名の白髪まじりの男性とその場でしばらく雑談をしていた。わたしの背後にあったテントにはモニターがあって、撮影している目の前の現場と、実際にカメラに映った映像を逐一観察することができた。「今、わたしもアマチュアながら映像をつくっているんだけど…」と編集ソフトについて話をしていると、ジョーはその手の話題に妙に詳しかった。すると「こっちに来たら面白いよ」と導いてくれ、ジョーはクルーのエリアに連れて行ってくれた。ジョーはAnnieクルーの一員だったのだ。



そこからは夢のような体験だった。ジョーはすべての映像を管理しているエンジニアで、いつどこで撮った、というものを全て記録して管理している。度々衣装さんや小道具さんが、時間軸に沿って装いに矛盾がないか、過去に撮影した映像を確認しにジョーのもとへやってきた。ジョーはクルーデスクで今撮っている何カメがどの映像で、何カメがどの映像で、という説明や、今まで撮った中で面白い映像などを観せてくれレクチャーをしてくれた。役者たちのリハ風景や、NG場面、「これ見ていいのかなぁ…」と思うところまでオープンに見せてくれたのだった。映画の現場は半分以上が待ち仕事、と聞くがやはりそのようだった。次の撮影のための日没待ち、役者待ち、照明待ちなどと、たった何秒の撮影に至るまでに膨大な作業と準備を要するようだった。その待ち時間でジョーはハリウッド映画事情や様々なことを教えてくれ、歩き回ってクルーツアーもしてくれた。たった数分前に出会ったわたしを、衣装さんや、照明、宣材カメラマンなどに紹介してくれて、その夜中クルーの中でハングアウトさせてくれたのだった。皆「明日もきっついな〜」と肉体的にハードなスケジュールに嘆きながらも、一人残らず、とてもいい顔をしていた。その日は寒く、身体を暖めたくなって「ちょっとコーヒー買ってきますね」と言うと「あまりおいしくないけど”ムービーコーヒー”あるよ」とジョーは言って、クルー用ケータリングテントにまで通してくれた。その薄味の”ムービーコーヒー”は格別においしく感じ、気付けば待ち時間にやってきたフードトラックからクルーに支給される、ワカモレチップスを勧められるがままに一緒に食べていた。
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有り得ないような出会いが日常にあり、求めれば、開かれ、与えられる。NYの醍醐味、アメリカの懐の深さに再び感激した。真摯に興味を持って進めば、手を差し伸べてくれる人がいる、しかもそのスピード感は他の場所で早々ない。これはわたしだけでなく、NYで意識を持って過ごしている人なら多かれ少なかれ誰でも体験していることだと思う。



クルーの人々の、"Stranger"であるわたしに対するフレンドリーさ、親切さにも驚いた。NYにおける「人との距離感」はパーティー文化、土足文化、さらには多民族との共生で鍛えられた「家の開放感」がその距離を縮めていると推測する。それが時折、文字通り「土足で踏み込む」デリカシーの欠如にもなるが、そのオープンさに着目するならば、日常的に自分の家に気軽に、土足で、他人をあげることは、家ならぬ心の扉の開放の表れともいえる。たとえ表面的であったとしても、常に受け入れ態勢がととのっている。家を開放しているから心が開くのかその逆か、どちらが先かは分からないが。NYに来てサブレットやシェアで学んだ彼らの「家」というものへの概念の違いはわたしにとって新鮮だった。NYにおける個人の境界線や、喜んでシェアするものの多さは、この家の境界線に由来するものではないかと思う。ニューヨーカーは一所に留まらず、物理的にも精神的にも柔軟で臨機応変だ。当然、別のところではとても頑固だが。



その夜、わたしはまるで社会見学に来た小学生のようになっていた。ジョーは「今からまだ数日ロケがあるから」と、マンハッタン内で何日にどこで撮影があるかという”コールシート”というロケ予定表をメールしてくれたのだった。もちろん、行った。いい大人が今更、”映画少年”のように夢中で通った。中でもミュージカルならではの大掛かりなシーン、メインキャスト、ブラスバンドやダンサー、エキストラなど100名以上が道で踊り唄うシーンは圧巻だった。監督のいる中枢のテントに招いてくださり、一番前に腰をかけるよう勧めてくださった。”ムービーコーヒー”を片手にキャメロン・ディアスの芝居を観た。数年前に間近で拝見した時も、実物のキャメロンの気取らぬ普通っぽさは好印象でありながら「スクリーンで観るとさらに綺麗よね」と友人と話した印象は今回も変わらなかったが、再び確信した。目の前で踊っているキャメロンと同時にモニターを見比べていたが、モニター画面にキャメロンの顔が映っただけで、鳥肌が立つくらい、その画面全体に魔法がかかったようにパアっと華やかになるのだ。既に世界中が知っていることではあるが、それはもう美しく映える。カットがかかった後も、自分がモニターに映ってスタッフが観ているのを承知でふざけて演技を続け楽しませる彼女に、周りが口々に笑いながら「Such a star!」とこぼしていた。なるほど、これが「ハリウッドスター」なんだな、と妙に納得した。




テント内には、ビルの上につり上げられた風船を操るエフェクトスタッフ、何台もの巨大なカメラを操作するスタッフが集まっていた。オートクレーンカメラというのはラジコンのように遠隔操作ができるようで、それを見事な手さばきで操作する職人スティーヴが隣にいた。衣装や大道具、小道具さんも熱気のこもったそのテント内でモニターをチェックしながら現場を見守る。監督の「アクション!」の合図と共に、それぞれがインカムで「もっと右右!」などと熱く指示をしながら、撮影が進む。2−3分に渡る大掛かりなシーン、それぞれのエキスパートの集中力が結集しているのを感じた。わたしは長いこと唇をかたく結んで、それをしないようにしていた。今までにあった葛藤や、執着、悔しさ、喜び、それら感情の鋭く尖った部分を、日常というヴェールの下層から呼び起こして、身体の隅々を一巡して摘んでまわって、一点一点を線で繋ぎ、すべてが繋がっているかのように信じはじめること、偶然を奇跡と取り扱ってひとり勝手に感傷的になることーはどうしたって起動してしまったのだ。曲の最後のサビまわしで、ラストシーンにむけて気持をひとつにするかのように、スタッフが一緒に「Tomorrow」を大合唱しているのを観て、感動を受けとめるバケツがいっぱいになってしまって、全身の細胞がパチンと弾けてしまって、大量の風船がビルから落ちてくるタイミングで、ついには液体となって目からぶわっと温かいものが溢れ出てしまった。その席に招いてもらった者として、それはあまりにも素人じみていて、田舎くさくって、すぐに涙を拭ったが感動が止まらなかった。それは1mにも満たない距離で、キャメロンやジェイミーがこちらを向いて踊っているからではなく、このシーンは、わたしが毎晩ずっと夢見ていたものだったからだ。「Tomorrow」というあまりにも疑いのない希望に溢れた音楽に、降参した。



わたしはNYに来た時にから「一流の映画の撮影現場を観たい」とずっと周りに言っていた。それは、自分が映画が好きだからでもあり、音楽でも舞台でもCMでもプロフェッショナルが集まった制作現場が好きだからであり、NYに来る当初から心がけていたことが「一流に触れること」であったからだ。アメリカの一流といえば「映画」は間違いなくその一つだ。その他にも、音楽、舞台、アート、レストラン、バー、洋服、そして人。自分のできる範囲で、それらの良いものに触れることを心がけていた。分不相応なことがほとんどだったが「明日は生きていないかもしれない」をエクスキューズに随分背伸びもした。もちろん、なにが良いものかを知るために、結果的にはそうではなかった事もたくさん試した。NYのすばらしいところは、一流に触れるチャンスが気軽に多くあり、また開かれていることだ。20-30ドルで一流のライヴを楽しむことができ、朝から並べばオペラだって20ドルで観られることもある、多くの美術館が無料開放日を設けているし、気合いひとつ、興味を持ってあたってみればかなりのことができる。ノリだけで飲むBud Light(若者に人気な、味も風味も値段もライトなビール)三本の代わりに、一杯の希少なグラスワインを飲み、なんとなく行く飲み会の代わりに一流フレンチレストランのランチにひとりでも行った。同じ100ドルの予算であれば、大量生産された服を買う代わりに、ヴィンテージショップで仕立てのよいクリスチャンディオールのブラウスを買ってみた。日常的なことを批判しているわけでは全くなく、一流を一度でも「知ること」がわたしにとって重要なのだ。そうして、ご活躍されているビジネス界の方やアスリートの方、クリエーターの方々となぜか直接お話できる機会も巡って来た。今回のプロフェッショナルなクルー、キャストによる映画製作現場の風景は、わたしがさんざん脳内に焼き付けていた映像のデジャヴュであった。




ジョーは薬剤師になるための大学をドロップアウトし、かねてからの夢であった映画関係の仕事を目指し、思いつく術をすべて試してこの業界に辿り着いたと言った。West Villageで彼のキャリアを一通り聞き終わるころには”ムービーコーヒー”はすっかり冷めきっていた。次の撮影準備が整いはじめ、監督が腰をあげるのを見計らって、根を生やしていたジョーもおもむろに立った。去り際に白い息と共に"Anything can happen."とそう残して。わたしはかたまった。それは、わたしが敬愛しているMary Poppins(ミュージカル版)に出てくる、もう何百回も聴いているだろう楽曲、どうしても心がうまく起動しない時に聴く、おまじないの曲のタイトルであった。


"Anything can happen if you let it" -自分次第でなんでも叶う。
監督の「アクション!」という声とともに、胸のあたりでまたなにかがじゅわっと弾けた。





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Tomorrow! Tomorrow! I love ya Tomorrow! 
Merry Christmas!
by akiha_10 | 2013-12-25 15:17 | NY Journal

ニューヨークジャーナル 160

ケーブルテレビをひいた事は前回書いたが、それによって色々なコマーシャルを観られるようになった。実はCMこそ面白かったりして今のトレンド感、世相を映していてつい観てしまう。宣伝コピーもなかなか面白い。短いその一言がなぜ面白いのか、気の利いたコピーなのかは、ネイティヴレベルでないと分からない事もたくさんあるが、ダブルミーニングや、洒落がきいていたりするのは日本のコピーのそれと同じである。英語も知っていくと奥深く、短いセンテンスで無数の広がりがあり、イマジネーションを喚起させる力を持っているが、個人的にはセンテンスの持つ色の濃淡、温度感、キャラクターは遥かに日本語のほうがバリエーションがあると感じている。敬語や文末の処理の仕方ひとつで変わる空気感、漢字かひらがなかで変わるセンテンスの持つキャラクター、根本的に文法ルールによる決まった順番、型のある数学的、男性的な英語に比べて、倒置可能な流動的な日本語はひらりひらりと言葉が舞っているようで、女性的でうつくしい。日本語は非常に高度な言語だと思う。



ところで、TV(英語の映像全般)鑑賞は実は効果的な英語習得法だと実感している。「じっとTVばっかり観ないよ!」と母親が子どもにいう常套句にも「勉強しているんですっ!」というエクスキューズがここでは本当に使える。ひたすらネイティヴの友達を作ったり、飲み歩いたりという、とにかく外へ出る英語学習法は個人的には効果的だったが、話す機会を設ける他に、ドラマや映画、なんてことのないテレビ番組を観る事はそれと同等くらいに力がつくと思う。これはどこの場所に居てもできる。DVDであれば英語字幕を出せばよいし、アメリカにいるならばテレビ番組はリアルタイム字幕機能があるので、今聞こえてくる英語を文字にして映してくれる。起こっている状況と、耳から入る英語と、文字で観る英文、すべてが一緒になって入ってくる。「こういう時ってこういう表現するんだ〜」と発見ができ、なにより記憶のとどまり方がいい。映像とセットのフレーズ。年々縮小化しているわたしの記憶メモリーでも、音や英文だけを眺める時よりも、映像セットで入って来た単語や言い回しのほうが残っている確立が高い。きっとノートなどを作ると、なおよいのだろうけど、リアルに勉強臭を漂わるよりも、TVを楽しむついでに案外勉強になったな〜、くらいのほうが続く。数回だけ超真面目に取り組むより、100回気楽に、少しだけ意識をむけているほうがいい。続けることが大事。真面目に頑張れ、と言われたならその瞬間にぞっとしてやる気がなくなるわたしは、続けるにはそこに楽しさを見出すことがキー。


約二年(実質滞在期間)のNY滞在で、コミュニケーションのための英語は習得できたが、最近日々限られた動詞しか使っていないような気がする。生きて行くためだけの動詞は数個で足りてしまうのだ。ボキャブラリー不足もそうだが、全てのセンテンスに少しずつある、時制や前置詞、可算不可算、という間違いが気になる。記述であれば用心できそうな中学基礎英語レベル程度のことでも、早い会話の中ではつい抜け落ちる。最近は「魚」について学んだ。fishが単数であることは遠い昔の記憶の中に残っていたが、二種類の魚を買った時にわたしは"fishes"と言って指摘された。辞書には可算”fishes”を使うこともあると記載されているが、日常会話でfishesと使っている人は聞いた事がない、とネイティブ。でも、一種類の魚の切り身でなく、ホタテとエビという二種類の魚を買った時には複数にしたくない?魚が数えられないなんて全然納得いかにゃいよ!魚はいっぱいあってもfish。さかなはひとつ、さかなはひとつ。楽しく気長に研磨しよっ。


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TVを流し見していたら、ウィル・ファレルの映画「Anchorman 2 (邦題:俺たちニュースキャスター)」のCMに。あ、これ撮影現場観た!と春の出来事を思い出した。一作目サン・ディエゴで活躍していた彼らがNYに来るストーリーになっている!



よくNYが舞台の映画を目にするが、NYロケは年々増え続けているのだそう。これだけNY舞台の映画、ドラマがあり、いつ撮影してるんだ、というところだが、たまに撮影現場に遭遇します。周囲の反応を見ていると、ニューヨーカーのプライドなのか、表現者やクリエーターが集っている街で、街全体に漂うものづくりへの参画意識のようなものが手伝ってか、滞り無く撮影できるよう温かく見守る印象にある。ただ、写真は皆バシバシ撮っているけど。それを止める人もおらず、ただ撮影に影響が出ないよう「No flash please!」という整備員の声。NYに来た当時、ライヴや芝居などでも、映像写真撮り放題なオーディエンスにびっくりしたが、SNSやYou Tubeの急成長で、情報や撮影をコントロールして規制するよりも、ライヴでも映画撮影場でも、どんどん撮ってもらって宣伝して話題にしてもらう、という逆の発想で許容しているのだろう。


今回はマンハッタンのど真ん中、エンパイアステイトビルがちょうどフレームインするフラットアイアンエリア。ここまで大きなセットを見たのははじめて。一部封鎖した5番街に60-70年代の可愛らしい車が30台くらい並んでいて、同じく70年代レトロクラシック(色調がかわいい!!)のファッションに身を包んだエキストラ通行人がわんさか。ウィルが車の間を縫って全力疾走するシーンで、この大掛かりな作業にして、使用するシーンはたったの何秒というレベルなんだろうなぁ、としみじみとしてしまった。30台の車の一台一台のなかにも運転手役、乗客役のエキストラが乗っていて、当たり前の事だけど、別次元に感じられるハリウッド映画もこうして人の手によって地道に創られているんだなぁ、と妙に感動してしまった。



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ウィルのコメディおばかムービーはよく観ていたのでちょっと嬉しくなって、念のため(なんのため?)ウィルと同じ画像にフレームインしておくことに♥右端の小さい赤紫の男、ウィル。ちっちゃ (´・ω・`)。









この予告編に出てくるNYを観ても思ったことだが、NYの友達、”先輩”がNYを再び好きになるために頻繁に海外に出る、と言っていたが、本当にその通りで、心の底からNY愛が溢れ出る瞬間というのは、実際のNYでせわしなく過ごしている時よりも、少し離れた時だったりする。どこか別の場所から帰って来る飛行機で上空から見下ろす、光で滲んだマンハッタンや、映画の中にあるNY、ブルックリンから眺めた対岸のマンハッタンが改めてわたしを心を高鳴らせる。「ああ、わたしはやっぱり好きだなぁ」と恋しくなるのだ。「Anniversary」という自分の曲で「側に居るときよりも 例えば見知らぬ街で 思い出したあなたが いたく恋しい」と書いたことがあるが、大好きなものとたまに離れる。渦中からいったん出て、引きでそれを見つめてみる。それがいかに好きかを確かめるために。
by akiha_10 | 2013-11-16 00:20 | NY Journal

ニューヨークジャーナル 159

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もはやメジャースポット(ちょっぴり観光地)になってしまったが、ハーレムにあるRed Rooster Harlemがよい。昨年の夏にミュージシャン友達に連れて行ってもらったのがはじめてだったが、月曜と水曜に開催される、バーエリアの隅で演奏される地元の人々によるライヴがものすごくよい。あったかくて、情熱的で、いつもいい気が湧いている。内装インテリアもハーレム文化を継承しながらモダンかつアットホームに仕上げていて、すごくセンスがよい。たまに一人でも一杯飲みに行っている。最近は、ステージと客席があるパッケージされたライヴよりも、表現している人の生活の一部を切り取ったような延長線上で、その人の素に近い形で、表現者の人生が映るかのような演奏をしている人を観るのが好き。

危うさあってこそのNYと、昔のNYを愛する人たちには残念な事かもしれないが、昨今のハーレムは、近寄るなと言われていた頃のハーレムではなく、非常にクリーンになってきていて高級コンドミニアムもたくさん建ってきている。そのエリアにスターバックスができた時点でエリア独自の個性を失う、と批判する意見も分かるが(ハーレムもスターバックスができて変わってきた)洗練されたRed Roosterのレストランは確実にハーレムに明るいイメージの灯を与えた。


レストランを仕切るのはスターシェフMarcus Samuelsson。カクテルも料理も非常に創意的で美味。興味深いのは、シェフはスウェーデン育ち。ハーレム文化(黒人文化)に敬意を表し、アメリカ南部料理(サザンフード、またはソウルフードと呼ばれている)にスウェディッシュ料理のエッセンスをフュージョンしている。南部料理といえばワッフルにクリスピーチキン、ビスケット(スコーンのようなもの)が代表的。それらに少し工夫をくわえて提供したり、新しいソースの提案をしたりして、どこかしらヨーロッパな香りを漂わせているのが面白い。そういえば夏に行ったスウェーデンでレストランを巡り、どこに行ってもハズレがなかったのが印象的。 味だけでなく、人との距離のとり方、衛生観念、笑顔の作り方、スウェディッシュの感性は日本に近いと感じた。「スウェーデンは"ヨーロッパの日本"と言われているくらい、人間的気質や感性が近いんだよ」と突然話しかけてきてくれたスウェーデン人が言っていた。


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サザンフードで思い出したが、マイアミでも美味しいサザンフード食べた。Yardbirdというレストランで、こちらもスターシェフ Jeff McInnisが切り盛り。印象に残る美しいインテリアも、考えてみたらRed Roosterとコンセプトが似ている。お洒落サザンフードレストランはちょっとしたトレンドなのかもしれない。クリスピーチキンにマカロニチーズにビスケット…うーん、なんかたのしくなる。ファットフードって人を無邪気にさせるよね!


よくこちらで使われる”スターシェフ”という言葉、なにをもってスターなのかというと、リアリティ番組”トップシェフ”という料理トーナメント番組の優勝者、またはファイナリストであるかだ。日本でいうところの「鉄人」のようなもの。「料理の鉄人」もまた"Iron Chef"("鉄のシェフ"ってそのまんまやないかいっ)というタイトルでアメリカ版が数年前まで放映されており、「ここは"Iron Chef"のお店だよ」という描写もたまに聞く。


ところで、最近アメリカにおけるリアリティ番組の多さにびっくりした。というのも、もともとテレビはあまり観ないので、アメリカに来てケーブルをひいたことがなくTV事情には疎かった。アメリカのTV環境は、ケーブルテレビと契約してはじめてまともに番組を観ることができる。TV線を繋いでデフォルトで、無料で観ることのできるチャンネルは主にニュースをやっている2,3チャンネルと、質量共にかなり乏しい。アメリカで話題になるドラマやリアリティ番組、スポーツ中継はほぼ全て、月額を払って観るチャンネルばかりだ。NYにおけるスポーツバーの異常なほどの需要の高さは(テレビのあるバーの多さたるや!!)、単にスポーツ大国であるだけでなく、一緒に騒ぎたいというムードの共有だけでなく、単純に家ではケーブルに繋いでいないから店に行って観る、という現実的な理由もあったりする。わたしはネット環境を変えたタイミングでついてきた、期間限定のキャンペーンで一瞬観られるようになったのだが、色んなチャンネルをザッピングしていると、かなりの確立でリアリティ番組にヒット。アメリカンアイドルや、プロジェクト・ランウェイなど、スターはリアリティ番組から、という道筋は未だ健在のよう。わたしのお気に入りはフードチャンネル。一日中、24時間、料理対戦や料理番組を放映しているチャンネルで、これはもう本当に危険。危うく契約延長しちゃいそうだ。人気のないレストランをどうやって復活させるか、といったような番組、一日中観れてしまう。わたし、レストラン、だいすきだ。Uryuフードチャンネルも充実させます!のぞいてくださいね!
https://www.facebook.com/akihacurieux




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おまけ。
マイアミを散歩していて遭遇したアンティーク市で一目惚れした英国の骨董。アンティークレースの入ったガラス台と鏡、ブラシ。朝見つけて恋に堕ち、でも予算オーバーで退散、昼もう一度見に行って、でもやっぱり予算オーバーで退散、夕方最終確認に行ったら、市を開いていたおばさまが、何度も通っていたわたしに呆れ笑って「そんなに好きならいいわよ」と予算内で譲ってくださった思い出のある品です。

「旅の各地で見つけたとっておきのモノを、いつの日かコレクション棚に飾って、ぽわっ〜とするんだ」と夢を抱いているが、プチプチに包まれたまま保管されている数々の旅のカケラたち。ここ数年仮暮らしのような生活が続いており、落ち着いた家でそれらを拝む日はいつ訪れるのだろうか、とふと思う。
by akiha_10 | 2013-11-11 11:30 | NY Journal

ニューヨークジャーナル 158

しばらくブログを書いていないと思ったら、すっかりひと夏スキップしていたのですね。
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この夏は日本で芝居の音楽を書かせて頂いたり、北欧を探索したり、めまぐるしく過ぎ去ってしまった。少しずつ思い出を掘り起こして書き留めていこう。

コネチカットに住む友人が近所のコミュニティで開催されるホットチリ料理コンテストに出場するというので遊びに行ってみた。郊外に行くと、可愛らしい家やよく手入れの行き届いたガーデン、工具がたくさん置かれたガレージ、といかにもアメリカらしいゆったりとした風景に出会う。NYはアメリカというより、どこにでもある大都市の風景にパッと見似ている。愛着の目で見ると、どの都市でもないNYだけのアイデンティティをどんどん発見していくのであるが。

ホットチリ(チリコンカーンのことを言っているらしい)とはメキシコ料理で、よくタコスやホットドッグの上にソースとしてかけられている。チリコンカーンは挽肉、トマト、唐辛子、タマネギや豆を炒めたものがベーシックで、ハーブや香辛料、チョコレートを入れてみたり、というアレンジで味があらゆるベクトルへと変化する。なにを入れても外れはない、という創作実験意欲を受け止める柔軟性かつ包容力のある料理というところでいうと、日本のカレーのようだ、という印象を受けた。

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参加者は12組で、レストランから近所の子どもたちまで参加し個性豊かなチリをふるまう。入場は20ドルで、チリを食べて周り、地ビールもついてくる。そして一番好きだったチリに投票。ご近所さん達で行う小さな集まりのイベントだったが、この長閑な風景はNYで日々違ったハブリングや出会いを楽しみ、時に消耗させなが追求しパワーを持って生きる(なければならない)大都市にいる自分と鮮やかなコントラストとなって、似非シティガールは想いに耽る。



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とうがらし着ぐるみ…
The Spice Guys…
わたしが思うアメリカっぽさ。

コーヒーパウダーと無糖チョコレートでコクをつけた
という友人のチリは三位に入賞しました!







フードといえば。
フードコラージュムービー「Hungry Kitty2」をアップしました。フードへの情熱、フードある空間への愛を形にしていきます。なぜわたしは表現や創作をしたいのだろう?という事を考えた時、その根幹には生きる楽しみや味わい深さ、生きる不思議さ、「生きる甲斐」のある美しい瞬間や幸せを、周りの人と共有したいという思いがあるからなのです。わたしは小さい頃から「なぜ生きているのか」という永遠の命題から逃れられずにいます。この世を見るため、味わうため、笑うため、美しいものに触れて心を震わせるため、とわたしなりの考えを信念として持っています。人によっては、何かを成し遂げる、名を残す、子孫を残す…と答えはそれぞれでよいと思うのです。そもそも答えなどなく「なぜ生きているのか」考えることそれ自体が生きる目的なのかもしれませんし。その疑問に至らない人生もまた、天然にふんわりと過ごせるラッキーな状態かもしれませんね。

そうして「楽しむための人生」を掲げた時、食べる事は一日なんと2,3回も(間食もいれたらもっと!)わたしに生きる楽しみを与えてくれている、時に救われている。美味しいものを食べている人の顔を見るのが好き、そこでひろがるホクホクした空間が好き、おいしい食べ物の前で人は無防備になる。その瞬間がたまらなく好きなんです。わたしの楽しみ、好奇心のコアである食や食文化に、新しいアプローチで寄り添っていきたいです。

去年の暮れから米国アーティストVISAアプライの準備を自分で始めて取得することができたり、真剣に考え抜いて新しい事を始めた体験を通して感じていること。目標を掲げ、それにむかう行動の大切さ。「舞台の制作に関わりたい」と掲げた中学生時代、北九州の田舎でえいっと出したデモテープがきっかけで、今こうして関わらせて頂いているのも、あの時の行動があったからこそ。自分の未来は今の自分がつくっている。行動のひとつひとつは「これはちょっと違ったかな?」という事でも、それが判断材料になって次に試す方法が芋づる式に自然と浮かんでくる。これはただボヤっと考えていただけでは起こりえないこと。トライ&エラーとはこういうことなんだ。コレ!というものを見つけるために、進んでエラー(かもしれないもの)を踏んでいく。エラーの方法を全部試したら、消去法で正解は炙りだされる。エラーをおそれない、恥をおそれない。ワンチャンスの自分の人生、悔いのないように。楽しいことが大好きなニューヨーカーが、遊ぶことが大好きなアメリカ人が、時にエクスキューズ混じりに口々にする”Life is short”、まさにその通りだからね。

気長に楽しく続けますのでどうぞ応援よろしくおねがいします!
Hungry Kitty Facebook


by akiha_10 | 2013-11-01 01:59 | NY Journal

ニューヨークジャーナル 157

ご縁があって、NYで活躍する少年少女合唱団YPCが唄う日本語歌唱指導のお手伝いをさせていただきました。
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YPCは1988年に創立され海外ツアーなども盛んに行い、そのユニークなプログラムが注目され「NY市の宝物」とも評されているコーラス団体です。わたしもはじめて拝見した時には、世界中の音楽や民俗音楽を声だけで表現するといった芸術性、実験性の高い試みにも惹かれましたが、なによりも子どもたちの純粋なパワー、意気込み、音楽のすばらしさに、理屈なしにぽろぽろと涙を流してしまいました。


今YPCはアジアツアーに出ていますが7月29日(月)、19時から新宿文化センター大ホールで開催される日本公演のチケットがまだあるそうです。当日券(4000円)でも買えますが、お取置き(3000円)の予約もお電話でできるそうです。日が迫っているのでお電話での受付は今週日曜くらいまでのようです。ぜひニューヨーカー中高生のパワーをご覧下さい!

https://sites.google.com/site/ypcofnycjapan2013/-ri-ben-gong-yanno-ri-cheng/xin-su-wen-huasentanoo-shenshi-ruminitsuite



わたしも中学時代は合唱部に所属していました。朝練や放課後の練習も体育会系並で、全国大会に出場したりと、唄と共に青春を過ごしました。きっとその時の自分とも重なって、こう、ぐっとくるのでしょうね。年齢を重ねて涙もろくなるのは、本や映画、芝居や音楽を観劇する際、自分の体感した感情と結びつく映像(経験)がそれだけ蓄積されていくからなのでしょう。さらに、年齢と共に許せることが増えたり、愛情の形が増えて深くなることも手伝って、もうなにを見ても、いいなぁ、ってなるのでしょうね。って、まだわたしはそこに行き着くには倍の歳月をかけてもいいと思うけども。



今回NYの子どもたちと触れ合って、わたしは子どもや、教えることが、とても好きだなぁと改めて思いました。学生時代から家庭教師もやっていましたが、いつも指導後に元気をもらっていた。去年は元生徒さんがNYに会いに来てくれたのですが、これが先生冥利に尽きるということか!と嬉しかったです。

NYの練習スタジオにて。日本語曲の練習で「ふるさと」の唄の指導になって「ふるさとはHometownだよ、みんなもあるでしょ〜ふるさと」と聞いたときに、みんなが口を揃えて「Here!」「NY.....」と返してきたのが印象的。そう、この合唱団のほとんどのメンバーが生まれも育ちもNY市という、リアルニューヨーカーなのだ。

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「お、お、おっけい…」と後ずさりしながら、その瞬間わたしは、NYのアッパーウエストにある練習場のスタジオからピンっと指で地球議上に弾き出されて、でっかいアメリカ大陸から東の果てのかわいらしい島国、にっぽんの東京に「あ〜れ〜」と飛ばされて、さらにピンっと、関門海峡にパシャーっと打ち付ける波を越えて北九州に弾き飛ばされるアニメーションを脳裏に見た。この子たち、わたしが経てきた九州の田舎娘”上京物語”も、にっぽん女子”単身ニューヨーク物語”も、この年にしてすべて、なんなく飛び越えているんだわっ!!な、なにこのクール感!!と感慨深く思うと同時に、人生はすべて経験と思えば、そんなひとつひとつのドラマも、キャーもワーも、田舎者のわたしも愛おしく思えてきた。(負け惜しみかなぁ?)

話は逸れますが、NYにいるアメリカ人の中でもオハイオだとかミネソタから来た田舎から来た者ほどミーハーで、いかにもNY的なことに興味があったり、お洒落であったり、色々と成し遂げちゃったりする印象にある。NY市にこれほど近いのに、”田舎”の揶揄の定番であるニュージャージー州出身のアーティストもしかり。地方からわざわざ住みにくい都会に来るというステップには目的意識も必須になるし、コンプレックスから来る情熱や野心もついてくる。これは、上京してまずはじめに思った、地方出身者のほうがよりミーハーで東京に詳しく、めきめきと何かに目覚めて◯◯デビューしていくのに対し、東京出身者の多くがなにかとクールで動じない、という印象とまったく同じだ。生まれも育ちも千駄ヶ谷の友人が大学時代「裏原ってなに?行ったことない」と言っていたその余裕に完敗した事を思い出す。同じ場所に行き着くとしても、その過程において真のシティボーイ/ガールはギラギラせずともスマートにやってのけるのだ。


ニューヨークの若者のパワーとその音楽に触れることができた機会に感謝します。ぜひ生のパワーに触れてみてくださいね。
by akiha_10 | 2013-07-26 23:02 | NY Journal