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page d-134              煩悩めぐり

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京都にて、大徳寺に立ち寄った。
大徳寺と言いましても、中の敷地はかなり広い。
どこに入ろうかと迷っていたところ、
「十字架の庭」と呼ばれる閑眠庭が目に止まった。

「十字架」というと、
ほとんどなんの意味も持たずにロザリオをつけてみたり、
MIZUKIのクロスのネックレスをつけたてみたり、
と、その程度の距離感だったのだが、ある時お近づきになった。






というのも、
クロワッサンの仏語綴りは、てっきりcroixssantかと思いこんでいて、
したがって、うちのクロワさんはcroixさんだと思っていた。
が、クロワッサンの正解はcroissant。
とはいえ字体的にはcroixのが可愛いくておさまりがよくてよいわ、
と思っていて、これで通そうとしていた。
その勘違いしていた「croix」がフランス語でいう「十字架」の意味。
まさかのあのヘッポコ「croixさん」に、偶然掛詞的な深みがでてきて、
こじつけ半分としても、面白くなったのだ。



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十字架というと急に厳かになるわけだが、
そのシンボル的な意味よりも、
ふたつの線が交わっている、というところに着目したい。
それは人や時間の交差であり、「出逢い」の記号。
十字架という形を、交差点に見立てて、
たくさん人と出会って、
気持ちや感性が交差しますようにという意味を
「croixさん」の名前に込めておこう。











話は長くなったのですが、
「十字架の庭」に目がいったのはそういう事があったのもあって。

閑眠庭(という名もきれいで好き)がある端峯院へ。
靴をぬいで、靴下越しに伝わった冷やい感触が背筋をしゃんとさせた。
枯山水を目の前にして、ひとりたたずむ。
目を閉じて耳をすませた。
その建物に他の人の気配がなかった。
ああ…リアルひとり。
うわあ。なんて贅沢な孤独。



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どこに座ろうかしらね、、
浮いた心を元ある場所に戻そうととりあえず座る。
十字架を形作っている7つの石を眺めた。

脳の中に同じ庭のミニチュア版を造ってみた。
そして煩悩を表すという石を同じく7つ置いて、
その具体的内容について考えた。
あのそびえ立った石は、パン欲でしょ、
一番でっかいのは笑いたい欲でしょ……
あのまるっこいのは、バッグ欲でしょ、
そういえば今季のアニヤハインドマーチの
ナイロンバッグかわええなあ…
ポンドが安いうちにロンドンの友人にたのんで…





はっ!!「無」になれない!!
白砂の幾何学模様は、心がぶれていると線がぶれるらしいが、
その時わたしは、ぼんやりとした見かけであったにも関わらず、
実は思考フル回転で、脳内庭はヨレヨレ枯山水だったわけです。













「わたしと欲」について考えることが
頻繁に移動中やひとりお茶中の時間つぶしになるのですが、
そのテーマについては学生時代、頻繁に親友と語ったものです。(ヒマ)
悲しみや苦しみを観察する訓練をしている時に
頻繁に「すべての苦しみは欲から」と言っていた彼女の言葉が印象的です。(仏陀の言葉です)
ふたりでお茶をしていると、結局「人の闇、その根源にある欲望」、
その話になって、声のトーンを落とすわけです。


外で話す際、
社会に出ていない温室学生が、いかにも内容ありげに話している姿とういうものは、
たまに周りを不快にさせるだろうなあと思いつつも
こういう事を掘り下げて話すことで、
知識や考え方による「苦しみ、悲しみ」への防御線を紡いでいたような気がします。
こうしてわたしは頭でっかちになって、
現在、実践編なわけです。スケルツォを目指してね。
by akiha_10 | 2009-02-08 20:57 | Daily thinking
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