<< page d-55   時間... page d-53 ... >>

page d-54    時間差のパリ 9


a0028990_239165.jpg






a0028990_23105220.jpg

















本日も晴れ。
朝はパン屋でバゲットとクロワッサンとマカロンを買った。
バゲットは一日経つと、
美味しさ60パーセント減だと気づいて
(オーブンなんてあると復活するかも)積極的に朝購入。
パンは鮮度がいのち。
どうしても焼きたて、買いたての、
手のひらに伝わる熱に誘惑され、
袋から顔を出しているバゲットを、
今すぐ、たべたい!
でも、反対の手もふさがっていて、
ちぎって食べることができない。
うーん。
そこで、こっそり、直接口へ運んでみた。
が、バゲットは弾力があるため、
噛みちぎるさまが、
だいぶワイルド。
なんか、こう、ふりみだして、食いちぎるかんじが、縄文狩人。
ハイソな16区に、この食べ方は、ワイルドすぎではないかと、
後ろを振り返った。
おしとやかにね、せめてリスっぽく、
もうひとくちかじって(どうしてもたべたかったの)やめたよ。
こんなじゃ、パリジェンヌはとおいもんね。





エッフェル塔の見える広場まで行き、
そこでマカロン片手にコーヒーを飲む。
マカロンもね、そーとー美味しい。
パリのおいしいと言われるブーランジェリーは、
なにを買っても感動するなあ、と思った。
通りに見つけたインテリアのお店をのぞいたり。









面白い洋書はないかとパレドトーキョーに行く。
パレドトーキョーは、巨大な空間。
映像、写真、音楽、プロダクツ、絵、空間に境界をもうけず、
あらゆるアートが自由に表現されたミュージアム。
共感できるものもあれば、
難解すぎるものもある。
ひとたび、アートとはなんだろうと考えることができた。
それは、
そう思うからそうである、
そう感じるからそうである、という、
実体があるようでない、
ないようである、
ギリギリのところを行き来するものだと思う。
ピアノにすわって4分33秒何も弾かずに沈黙を保つという、
ジョンケージの「4分33秒」を知ったとき、
その発想がたまらなくいいと思った。
それは無音ではなく、
そこの会場の空気やらお客さんの咳やら、
漂うざわめき、その偶然の集合が音になって、
それが「4分33秒」という作品であるという。
なにがあろうとも「今」を輝かしく額縁にいれたところで、
彼の哲学に共感する。
塵ひとつがアートであるかゴミにすぎないか、
「それがそう思うからそうである」、
そこ一つである。
来たばかりの時に、
通りの水たまりに落ちた吸い殻と蜜柑のかたまりを見た瞬間、
痒くなった。
放っておけずに戻って写真を撮った。
そういうものだ。
非常に、胡散臭く、本能的な、気分な、凝縮された、偶然な、ギリギリな、
そういうのが、けっこうすき。
潔く「今」を受けとめること。
今から、もうひとつ、気になるところに行ってくるね。








a0028990_23163856.jpg
by akiha_10 | 2006-12-20 23:27 | Daily thinking
<< page d-55   時間... page d-53 ... >>