<< page m-5   マンスリ... page t-19 週刊 北欧② >>

page t-20 週刊 北欧③

デザインウィークのヘルシンキにて。
印象的だったものをいくつか。

これはデザインフォーラムに置いてあった作品。a0028990_17413953.jpg
車の空間をデザイン。
ショーガールの楽屋をイメージさせる。
オーストラリアの映画の「プリシラ」でこんなの出てきた。
または基地みたい。
むかし、姉とよく布団で「基地ごっこ」をしていましたが、
すごいワクワクしたものです。
それにしても。どうして基地って欲しくなるのかな。
自分だけの、または特定のメンバーだけで共有する
小宇宙をつくって安心したいのかな。幼いながらにも。
ここではわたし、絶対的に強いんだもんね、っていう気持。
ヒミツを持ちたい願望はさ、独立願望のあらわれかもね。


アアルト設計のアカデミア書店。a0028990_17524772.jpg
吹き抜けの建物だから、自然光が書物を照らす。
本を選ぶ時にすら演出しているのね。
本の並び方もなんか不思議。
そうそう、特別ミュージアムに行かなくとも、
いたるところに面白い建築物があったり、
ちょっとした所にこだわりがあったりするのが北欧。
ヨーロッパ全体に共通する、
「街全体が美術館」という贅沢と、
そこに居る人たちの息づかい、
それだけは輸入できないものではないでしょうか。


併設されているカフェアアルトで、
言語の壁を越えた「ムシ図鑑」をペラペラめくりながら
ケーキとコーヒーをたしなむ。




どっかのミュージアム(わすれた)のa0028990_17422482.jpg
「デザインの歴史」のコーナー。
立ち止まるのはフィフティーズのコーナー。
そう、わたしは昔のものが好きらしいのよ。
50年代〜60年代とかね。インテリアは70年がかわいい。
「うりゅーってレトロフェチだよね」とある時友達に言われて
自分に対する認識がひとつ増えました。
〜らしいとか〜っぽいとか、誰かがイメージすることであって、
自分のこととかって、あんまり知らないなーと思うわけです。
自分を分析してみても、当たってるかもしれないけど、
残念ながら、思い込みとか願望だったりするかも、と思うわけです。
いつも自分と一緒にいるのに、灯台下暗し。かなしいね。

50〜60年代といえば、ヘップバーンにはじまりツゥイギー、アンナカリーナ…。
すきかも。
昔、伝統、文化、歴史、職人、クラシカル、トラッド…。
好きなものを挙げるとね、少なくとも自分の傾向くらいは分かるわけで、
わたしが京都やパリに対して胃液が沸騰するような興味がわくのも、
これを見れば納得ね、というかんじ。

でね、次にわいてくる疑問というのは、
自分がどうしてその対象に理屈のない興奮とか興味が湧くのかということ。
わたしのとって「こーゆうの好き」っていう対象になった理由。
なにが影響してるの?環境?DNA?前世?ロマンチックすぎ?
一体なにがルーツなのか、探りたくなるんです。
欲望と同じく、疑問も限りないもの。
そういえば私は基地で遊んでいたころ、「なんで?」ばかり繰り返す
ちょっとウザイ「なんでなんでチャイルド」だったかもしれない…。
回答者のみなさんありがとう…

北欧というよりも、内に内に入り込んで行くというのも、
ひとり旅の醍醐味であります。
自分で自分をデザインしようとするのは絶対無駄はないし、
それによっていくらでも人は変われると思うけど、
それは少し自己陶酔であって、
結果的にまわりが見えた形には叶わないわ、と目を細めた。

機体は無理矢理ストックホルムへむいている。
by akiha_10 | 2005-10-23 18:13 | Trunk
<< page m-5   マンスリ... page t-19 週刊 北欧② >>