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ニューヨークジャーナル 152

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先日女友達アイラに「ワインでも飲みに行こう」と誘われた。ユニオンスクエアあたりで会おうとなった時、わたしの頭に浮かんでいたバーを指定してきて、なんだか嬉しく思った。



アイラとは去年の夏、地下鉄の駅で出会った。地下鉄を待つ手持ち無沙汰な時間をただぼんやりと潰していたところ、同様の気配を持って隣に佇んでいたのがアイラだった。彼女があまりに自分のことをよく知っているファッションに身を包んでいたので「I like your taste」(taste=センスや趣味)と声を掛けてみたのだった。長身ですらりとした体つきに、シンプルな細身のパンツ、糊の利いた白シャツの七分袖から出る褐色の細い腕にかかった鮮やかなオレンジの革のバッグがとても素敵だと思った。どれも仕立てのよいものだと一目でわかった。彼女はそれに喜んで、わたしを上から下まで一瞥するなり「I like yours, too」とNYの常套句で返してくれたが、それはどう見てもその場の会話の流れで、まるでわたしがそう言わせてしまったかのようで恐縮してしまって、ヨガパンツの腰についているルルレモンのロゴはシャツをぐっと下にひっぱって隠しておいた。地下鉄に乗って会話がはずみ「わたしたち、一緒に飲みにいくべきよ」と番号を聞いてくれたのは彼女だった。



それから何度か飲みに行き、彼女が南イタリアで育ち、世界各国を家族と共に点々とし、ケンブリッジ大学で院まで過ごしたこと、彼女の一番好きな街はNYだけど、心の故郷はイギリスだということを知った。現在はフォーシンズホテルのスイートルームでだけ行われる、とてつもない価格のダイヤモンドの外商をまかされつつ、ビジネスパートナーと飲料水のビジネスを立ち上げて世界を飛び回っている。世界を股にかけ仕事をし、8カ国語も話せ文化や芸術に精通している彼女は洗練という言葉がよく合う。侘び寂びに欠けるアメリカ人男性には「一度も魅力を感じたことがない」と言い放ち、彼女の運命はアジア~トルコギリシャあるという。そのあたりの出身の男性は”Mistique”(神秘的)なのだそう。世界中に散らばる友人や恋人の経験データベースをもとに、その国ごとに男性の傾向を明晰に分析している様子はさすがマーケティング専攻仕込みで、彼女の話を聞いているだけで比較文化の講義を受けているような気分になるのだった。その独断と偏見とユーモアをふくんだチャーミングな毒舌がワインのペースを加速させる。




彼女のボトルワインに付き合った後「一緒に来てほしいところがあるんだけど」と連れて行かれたのはノースオブイタリー(リトルイタリーの北)、通称”ノリータ”にあるレストランだった。以前そのレストランの前を通ったことがあって、賑わっているなぁという印象が残っていた。その日もやっぱり賑わっていた。


店内に入るやいなや、そこに居た女性とアイラは大きなハグを交わし、わたしにそのプロモーターである女性を紹介してくれた。軽く談笑をしているうちに、存在感抜群の容姿端麗なモデル、一目を引く斬新なファッションに身を包んだ男女が続々とレストランに入って来た。皆プロモータの女性と挨拶するなり、ガラス張りのレストランの一番窓側にある長テーブルへ着席しはじめ、わたしたちもそのテーブルに座るよう指示された。シャンパンや料理が続々と運ばれて来て、とにかく食べて飲んで盛り上がって欲しいという。そこにいる誰もが雑誌の表紙になれそうな迫力と個性を持っていて、スキンヘッドの女性のモデルの横でそわそわしながら「なんなのこれ?」とアイラに耳打ちした。

それはレストランのプロモーションであった。わたしが、まんまとそう感じたように、通行人に、いかに店が賑っているかをガラス越しに見せ、いかにクールでエッジィな人々が集っているかを演出しアピールするのだ。無料で料理とお酒がふるまわれる代わりに、わたしたちはクールなパーティー風景のため一芝居打つというわけだった。


NYではトレンディな場所を目指しているほど客層が重要になる。そのレストランはといえば地下には踊れるクラブがあって、いかに”モデルやセレブリティ、アーティストやクリエーターが来る”ハイエンドな場所であるかを定着させるかに奔走していた。NYのレストランやバーでは、なによりそのエリアに適した、その場所が目指すターゲットの客層をマーケティングすること、ブランディングすることがビジネスのキーのようだ。



そういえば、アバクロ店員の女友達アンドレアに、NYでハイエンドと言われているミッドタウンにあるナイトクラブ「LAVO」に連れて行ってもらった時にはパリス・ヒルトンがフロアで踊っていた。彼女はその場所に顔を出すだけで何百万、時には何千万円という報酬があるらしい。こうして来てもらうだけで、セレブリティが来るクラブ、というブランディングができる上、パパラッチが来て撮影した写真とともにゴシップ誌に店名が載るがことで、圧倒的な宣伝になるのだとか。

また知り合いのモデルは「高級ホテルのスポーツクラブが利用無料で、行く度にチップをもらえる」と言っていた。グッドルッキングであることや、クールなファッシンといった表面的なことがこんなにもてはやされる街もないのではないか、と思う。それはまた、そうしたクールさが世界中から期待されるNYであり、またそういった雰囲気に弱い人々が観光客も含め、いかにNYにたくさんいるかということでもある。わたしがそうであるように、基本的には、NYはタフでミーハーな田舎者の集まりなのだ。




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くだんのクラブ「LAVO」のエントランスで繰り広げられる一部始終も、美しさとお金、というまた表面的なパワーがこの街でいかに重宝されているかというNYの真髄を見る。それは人間を含む生物界の摂理を極端に浮かび上がらせた縮図のようで、行列を待つ間、わたしは普段履かない細身の10cmヒールの靴と葛藤し、片足ずつ少し浮かせながら考えを巡らす。クラブに入場するには、まず並ばなくてはならない。リストに載っているパーティーの予約者やVIPは並ばずに入っていけ、その他大勢のゲストはバウンサー(IDチェックや入場制限を管理する強面の黒人)によるチェック、ドレスコードや女性の人数(クラブでは女性を多くいれたいので、女性が多い団体ほど早く入れる)といった審査にさらされる。


入場困難と言われている超人気クラブのバウンサーによる人選については、女性に関しては容姿ヒエラルキーが存在していると思われる。モデルもしくはモデル体型の美女、典型的であるがプロンドであればなおさら好感度が高く、頂点に君臨する。並ばずともバウンサーにすぐに入れてもらえる、もしくはパリスのように報酬すらある場合もある。その次に、ほとんどのゲストがそうだが、それなりにお洒落をして来た女性や、とにかく露出をしたセクシーな女性などが続く。間違ってスニーカーやペタンコ靴を履いて来てしまったら、もうほとんど望みはないといっていい。男性はといえば、モデルやセレブリティはのぞいて、とにかく高いボトルをいれた順に入れてもらえる、というくらい拝金主義の経済力ヒエラルキーが存在する。男性二人が入ろうとしたところ、2000ドル分ボトルをいれる事を交渉しているのを耳にしておののいた。女性が持つモデルのような美しさや若さと、男性が持つお金やステイタス、双方が持ち寄る頂点のパワー同士が取り引きされている様子を見ながら、そのわかりやすさがNY、とわたしなりのNY考をアップデートした。

そもそもここに限らず、男女関係なく(クラブではその特質上、女性の美しさという通貨があるが)アメリカではほとんどのことが「お金」によって動いているように思う。例えば、日常生活のあらゆる場面でアップグレードの選択肢を目の前に差し出される。追加チャージをすれば宅配便が速く届いたり、いい席に座れたり、予約できたり、審査を速くしてもらえたり、と「お金」によって高待遇を買う。ほとんどの場合平等に、とてもよいサービスが受けられる日本とは違う。こうして頻繁に選択を迫られる度に、まるで自身で「普通です、エコノミーです」と自分のポジションを確認させられているようで、このような日常的な追加チャージによる階層システム、競争心をあおるシステムがまたアメリカのお金に対するモチベーションになっているのかな、と想像するのだ。














与えられた時間はこの世の社会見学ができる時間。一瞬一瞬を楽しみながら、時にはその経験以上に、それら経験に基づいて、そこから浮かび上がる世の中の仕組みや人間について、わたしなりに考える時間が実は一番のお楽しみだったりする。行く前楽しい、行って楽しい、帰って楽しい、それはまさに旅の気分だ。
by akiha_10 | 2013-05-23 19:52 | NY Journal
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