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ニューヨークジャーナル 138

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NYが一番輝くクリスマスシーズンです。
言わずと知れた五番街は宝箱をひっくり返したような(文字通り宝がたくさんある場所ですが)美しさです。人々といえば、サンクスギヴィングから続くホリディムードで、いつもにも増して楽しげ。



ソーホーで行われたクリスマスチャリティイベントに潜入してきました。有名ファッション雑誌の撮影で使われるフォトスタジオで行われるというソーホーらしいパーティー。チャリティ基金を集めるためのオークション(チャリティ系パーティーでは定番)あり、盛り上がってメイクアウト(いちゃつくこと)ありのクリスマスらしい風景!

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ゲストの多くが学生の雰囲気を残した若い層で、若いのにとても質のよいドレスや靴をお召しになっている。それが一目瞭然だったので「どうしてこんなにゴシップガールがいるの?」と友人に尋ねてみた。

いい嗅覚だと褒められたが、来客層の若さの理由はチャリティイベント主催者が若干26歳のマットだということ。そして、マットがそうであるように、ゲストの大半がウィリアムズ大学出身。マサチューセッツにあるウィリアムズ大学はアイビーリーグではないが、それに匹敵する教育レベルで、全米トップレベルのリベラルアーツカレッジらしい。見るからに、お育ちの良さそうないいところのお嬢さん、おぼっちゃんが集結している。親も由緒正しく裕福であれば、その子どもたちもまた自然な流れで待遇のよい職につくという、富が集まるところにはまた富が集まるという、自然の摂理というべきか、アメリカの格差を生む一端を垣間みる。


目的は医療機関への基金集めであるが、悪酔いをしそうなカジュアルなワインが振る舞われて参加費は85ドル(チャリティパーティーにしてはカジュアル)。NYで開かれる多くのパーティーにつく、もはや枕詞となっている'チャリティ'意欲には目を見張るものがあるのだが、もしかしたらNYでチャリティパーティーを開くこと、開けることは一人前の、サクセスしているリッチな大人の証、ソーシャライツとしての嗜みであり、主催関係者にとっても、また参加者にとっても、そこに参加することや意義もふくめ、本人達の一種のプロモーションでもあり充実感にもなっているのかな、と一方で思ってきた。どのような目論みであれ、交流の場を提供し、結果的に、より多くの方に幸せが循環するならば、すばらしい。


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ふとアメリカ人の友人が発した「ね、ブロンド率が高いでしょ」という発言は物議を醸しそうだが、これもまた根強く残る、イメージによるアメリカの標準的な意見なのだろうなぁ、としみじみ感じた。ブロンド=裕福なヨーロッパルーツの娘(映画やドラマではしばしば、ブロンド=クイーン的華やかさがあるがちょっぴりオツムが弱いキャラで描かれることも多いが)というNYらしからぬステレオタイプな考え方である。





こういった人種主義的優生学は、もちろんどこでもだが、NYではなおさらタブーである。しかし多くのニューヨーカーは、思想の強弱はあるにしてもリベラルに傾倒しながらも、移民たちがひしめき合うNYで、実はものすごく自分たちのルーツやプライドを意識しているようにも感じてくる今日このごろである。そういうものは、改めて語らなくても、何気ない発言や仕草に現れる。そして、タブーという緊張感があるからこそ、問題発言のかなりギリギリ手前の辛辣な人種系ユーモアや笑いがこの街に溢れていることにも気付く。それがスレスレセーフであるほと面白いのだ。


ちなみに実のところ、アメリカには本当のブロンドはとても少ない。上記のようなイメージを知ってか知らぬか、また『紳士は金髪がお好き』というマリリン・モンローの映画にもあったように、女性の美しさの象徴としてブロンド信仰は未だ根強いのか、もとはブラウンやブルネット(焦げ茶)の髪の女性でも、わたしたちが美容院で髪を明るくするのと同じ感覚で、女性達はかなりの確率で金髪に染めているのだ。


女優のジェシカ・アルバ(もとはブラウンへアー)が役のために金髪にした途端に、バーやレストランで信じられないほどいい待遇を受けてモテモテだった、というインタビューを読んで印象的だった。ちなみに、普段の何気ない会話で「デートしている子、どんな子?」と男性に聞いた場合、その女性がブロンド(または偽ブロンド)である娘に限ってのみ、「うーん、すごく素敵な子で背が高くて、ブロンド」と髪についての言及を付け加える傾向にあることに気付く。

ブロンド率は全世界で2%にも満たないこと、プロンドは劣性遺伝(遺伝能力が弱く、父母ともにブロンドの遺伝子が必要)という事実を見ると、単純に生物界に存在する自然な欲求、希少なものへの憧れ、また生物として、雄として、熾烈なサバイバルの中で、より希少性価値の高いパートナーを獲得するという男性本能に訴える要素のひとつとして「ブロンド」なのか、というふうに取ることもできる。(ちなみに女性が男性に対してブロンドをより好む傾向はあまりない。まあ、これも男性が女性に対してより外見に求めるものが多いということの現われなのでしょうか。)これは、美の基準としてブロンドが一番ということ(人によってははっきりとした好みを持つ人もいるが)、そういった順位の問題ではなく、ただブロンドはやはりちょっと特別な印象を残すということは事実のようだ。



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パーティーファッションチェック!
個人的に気になっていた素朴な疑問。真冬時のパーティー、ドレス(英語ではどんなものであれワンピースはdressと言います。ハイブランドでもユニクロでもひとつなぎのものは、ドレス!)の下にストッキングやタイツを履くのだろうか?

というのも、ドレスによってはストッキングを履いた途端にとてもやぼったくなる。そして パーティーに映えるお高めなパンプスはストッキングを履くと滑って脱げてしまうものが多いような。でも、寒いよね?みんな、どうしてるの?

で、ゲストの脚に注目してみました。a0028990_4383939.jpg


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完全に脚フェチの怪しい人。
真冬でも素足多数!
高級パンプスを履いた日に、寒い外なんか歩くもんですか、xo!なんだね、と勉強させていただきました。









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男性方のファッション。クリスマスシーズンになるとやたら見かける、やぼったーいダサイ柄のセーターを着た方々。雪だるまどーん、となかいどーん、といった模様の、おばあちゃんの家のタンスから出てきた、防臭剤の臭いがしそうな超カントリースタイルのこのセーター。映画やドラマでもよく見かけます。



実はこの類のセーター、数年前からのトレンドなんですって。「どこで見つけたの?」というような、いかにダサイセーターを着るかという謎のトレンド。もともとは、毎年クリスマスパーティーで大勢が集まった時に、誰か一人はやばいセーターを着ている、「ピーターのセーターだっさっ!」というような冬の風物詩だったようですが、それを逆手に取って、自らダサダサにキメこもうという流れのようです。「Ugly Sweater Party」や「Ugly Sweater Contest」とダサさを競う催しもあるくらいなのですが、わざわざ競わなくとも、もともとダサめのアメリカなんだけどなぁ、と個人的には思う次第であります。

アメリカ人男性の中では、お洒落はゲイのもの、のようになっていてストレート男性は粧し込むことを敬遠する傾向にあります。というのは実はエクスキューズで、ビールを飲んでフットボールを見れば幸せなアメリカ人男性にとって、お洒落なんてただただ面倒くさい、というのが本当のところでしょう。わたしが日本のメンズ雑誌をアメリカ人に見せたところ開口一番「これ、ゲイ雑誌?」と聞かれたことはインパクト大です。わたしは男女ともに日本人全般に見られるお洒落さ、清潔感を誇りに思っています。



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にや。
漆黒に伸びゆく黒髪ジャパン。海外にいる日本人女性の多くが黒髪ロングになるのって、なにも狙ったものではなく「どこの美容院がいいのかな」ともたもたしているうちにタイミングを逸して知らぬうちにロングに、黒々しくなっているのではないか、と今実感として思う。前髪を自分で切るのにも慣れてしまった。って無頓着なわたしだけかな、、、ぬーん。
by akiha_10 | 2012-12-23 05:12 | NY Journal
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