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ニューヨークジャーナル 135

NYで過ごしたはじめての誕生日。

かねてからよく耳にしていた日本食レストラン「Morimoto」にアメリカ人の友人達が連れて行ってくれました。NYのデザイナーやフォトグラファーなどクリエイティブ関係の片仮名職業(英語となっては全部カタカナか!)の方から支持されているという印象があります。このモダンアーティスティックな建築物は安藤忠雄氏のデザイン。プロダクトデザイナー ロス・ラブグローブ(Ross Lovegrove)氏が手掛けたという店内の椅子や17,400本ものTyNantのボトルにLEDを使って作られた"光の間仕切り"も一見の価値あり。確かに入った瞬間に「お粧しして来てよかった」という気持をくすぐられる空間でした。「ここはamazingだから!」とニューヨーカーの心をぐっとわしづかみにしているようです。

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豪勢にもTasting menuという、「シェフのおかませコース」を楽しませていただきました。美味しさよりも面白さが先立つ、もはや料理がオシャレ過ぎて味が迷宮入りするという新しい体験をさせていただきました。スターターに運ばれて来た「まぐろパレット」は、ねぎトロのように刻まれたまぐろに思い思いにトッピングをまぜて、もんじゃ焼きで使うミニコテ(はがし?)を使って食べます。ただただ、ざんしん。トッピングは、わさび、マヨ、ごはんですよノリペースト、アボカド、お茶漬けに入っているポンポン、と一体この店はファンシーなのか庶民派なのかわたしを惑わせる。

まぐろカルパッチョピザ。ほとばしるクリエイティヴィティ。薄いピザ生地にまぐろマリネとぺパロニ、カイワレ、パクチーがのっている、後からほんのりタバスコ風味。是非とも彦摩呂さんにコメントをふってみたくなる、奇想天外味。


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なんといっても真骨頂はこの店のスペシャリティ「カキのフォアグラ、うに乗せ、照り焼きソースがけ」。





もう、どうしたらいいんだー!!




侘び寂び皆無に豪華食材を全部のせちゃえ!という大胆さはさすがアメリカ。
「一度に口にふくんでくださいね」というサーバーの助言のもと「ほんとに?ほんとに?」とカキの殻を持っては何度もためらったが、えいやっ!とミラクルワールドに飛び込んでみる。


うーんうーん。気持をどこに持って行っていいかわからないよぅ。それぞれが「おまえとは交じりたくない」と言っとるよぅ。口の中で牡蠣は牡蠣を主張するし、ウニはウニたるプライドを断固手放さないし、フォアグラはといえばジューシーな脂をもって繊細な魚介たちを征服しようと躍起だ。なんにしたって始めから余韻まで一番のインパクトは上にかかったTERIYAKIソースだったという事実。


この後も「季節野菜バーニャカウダ西京味噌アレンジ」や「オリエンタル刺身」など、次の皿が待ち遠しくなる不思議体験が続いた。確かに、amazingである。こんなの食べたこともないし、とにかく楽しませてくれる!食後に「おもしろかったー」という感想がまず出てくるとは新鮮ではないか。確実に、アメリカ人むけの味のような気もするが。友人によるとLAにink.という話題のレストランがあって、そのコンセプトは「見た目と、味や触感が全く違う」というものらしい。つまり、お刺身の上に乗ったぷるぷるしたジュレが、フォークで触れた瞬間、実は固く、口に入れたらコンソメ味ではなくワサビを固めたものだった、というようなこと。その上おいしいらしい。オーガニック無着色時代と逆行してどれだけ化学を駆使するのでしょうか。アートフード、エンターテイメントフード、ということでしょうか。一体どこにいくんだ、アメリカの飲食業会。こんな面白そうな店、これは行くしかない。

友人達よ、たのしい経験をありがとう!!





a0028990_74465.jpgさて。NYでは自分で「誕生日パーティー」を開くことが主流です。気合いをいれた方だと一ヶ月前から計画し出欠確認をするという力のいれよう。そして充実ニューヨーカーたちの週末はというと2,3件のバースデーパーティーをはしごする、なんていうのもよく聞く話。NYには「人気者のわたし、充実したわたし」というパフォーマンス任務を背負っている(特に)女性が多く、そしてそれを自然にこなせるだけのヴァイタリティにわたしはいつも圧倒させられている。




どちらかといえばわたしは親しい仲間とひっそりと食事をするほうが性に合っているので、パーティーについてはまったく考えていなかった。ところが、仲良しのイーシスが全く同じ誕生日ということもあって、イーシスが開くパーティーに途中で交じって合同で祝おうという話に。

というのも急遽開催日二日前に決まったこと。25名くらいの友達を招待したところ10名くらいの「行く、行くかも!」という反応を頂く。ディナーの約束はしていたのでわたしは11時半からイーシスのパーティーに交じる旨を、事前に連絡。

しかし!ディナーの途中でイーシスから、早い時間にも関わらず、そのバーに彼女すら入れないとの連絡が。誕生日会は、ドレスコードもなく誰でもすんなり入れるようなスポーツバーのような場所でやるか、場所を貸し切りの勢いでおさえておくか、というのが確実なようだが、彼女はお洒落なスピークイージーバー(禁酒法時代のもぐり酒場、日本で言う「隠れ家」のようなニュアンスで使われている)をパーティー会場に指定していた。


バウンサー(ドアでIDチェックをする迫力のある人)が年齢IDチェックだけでなく、身なりまでチェック(イケていればOK)する類のところ。週末いくつも開催されているパーティーの中で、いかに魅力的な場所や催しを企画するかということは、予定でいっぱいのニューヨーカーに来場してもらうにも大事なことなので、そのセンスはよかったのだが。


彼女達がドレスコードでひっかかったというより、人数的に収容もできないばかりか、そうした大きなパーティーはお断りだったよう。事前に貸し切りにしていれば確実だったのだろうが、彼女の仲間達もそこで立ち往生となった。

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わたしはというと、場所が変わるということの旨イーシスから連絡が入り、斬新なディナー中も実は気が気じゃなかった。自分でパーティーに呼んでおいて、その場に本人がいないってない!とまったくもって落ち着かない。普段熱心に携帯を見るタイプではないが、この時ばかりは「とりあえずそこには行かないでくださいね~」と焦って友人たちとコンタクトを取ったのだった。



そんな焦燥に駆られたわたしを見るなりアメリカ人の友人達は「大丈夫だって、みんな場所も時間も変わるのなんて慣れてるから!」となだめる。実際、NYで指定された時間にはじまるパーティーなどほとんどない。着いたと思ったら急遽場所の変更なんていつものことだ。木枯らし吹く秋空の下、きっちりと時間通り指定のクラブに着いて、外で1時間待った時には「だいたい予定の1時間後以降がNY時間なのね」と学んだわたしだった。遅れてちょうどいい。パーティーもクラビングの延長で、わたしの予定も未定だから、あなたの予定も未定でOK、というお互いにスーパーフレックスという共通認識を持っている。そういえば学生時代に英語の先生が「アメリカではホームパーティーに呼ばれた時、指定の時間のちょうどや前に行くのは失礼なので、遅れるくらいがいいですよ」と言っていたのが今でも印象に残っている。郷に入れば郷に従え、日本ではちょっと注意しないと友人を失いそうね。



自分がおおいに振り回されるぶんにはむしろ楽しいくらいだが、自分がそうするのは向かなかった。声をかけた友人の中には日本人の友達もいたので「パーティーボーイ、パーティーガールはいいけどさ、日本人の友達の中には11時半といったらきっかりその場所に来る人がいるんだよー!きちっとしてるんだよー」と実感する感覚のギャップ。


結果としては「来れたら来てね」という淡いお誘いの仕方をしていたので、さして問題にもならず。準備万端に「あきはの誕生日!」と胸を膨らませて待ってくれる人もいなくて逆によかった。あれ、誰も気にしていなかった、たいして友人もいなかった、というなんだか自意識過剰のような結果に?あれー?



中途半端な計画はやめる、やるなら徹底的にやる、やらないならやらない、と学び多きバースデーに感謝!




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今年齢も引き続きいつも笑顔で切り拓きます!果敢に飛び込んで、あらたな冒険へ。周りの方々の支えやアドバイスのおかげで今のわたしができています。。日々健やかな自身の心身と、未だ恋をさせてくれるNYと、見守ってくれているあなたへ。いつもありがとうございます。
わたしの人生のモットーを心に刻もう。
Eating Kissing Singing Laughing♥
by akiha_10 | 2012-12-09 08:42 | NY Journal
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