<< ニューヨークジャーナル 127 ニューヨークジャーナル 125 >>

ニューヨークジャーナル 126

前述のオペラ「浜辺のアインシュタイン」にまつわるサイドストーリーがある。
a0028990_17141061.jpg


「アキハ絶対これ好きだと思うよ」とこのオペラに誘ってくれたのは、最近把握しつつある「ユダヤ人らしさ」の特徴を例に漏れず具えている、理屈と討論をなによりも好む弁護士の大好きな友人なのだが、この偶然の誘いには驚き喜んだ。ロバート・ウィルソンの作品を観る事はわたしのTo do listの上のほうに位置していて、そのきっかけとなったのは真夏のできごと。

ゲイパレードの日、友人に誘われた船上パーティー(ジャーナル116)。近くで盛り上がっていたチャーミングなゲイ集団と意気投合して一緒にわいわいとやっていたら「あなたのこと気に入ったわ!次、行くわよ!」とハンサムボーイたちがアフターパーティーに誘ってくれた。ハッピーでピースフルな彼らの誘いに悪い気はせず一杯だけ参加させてもらうことにしてみた。

次のバーに行く前に一人が荷物をピックアップするからと言って、皆でチェルシーのオフィスらしきところに寄った。美しい民族衣装や織物、陶器、アフリカ大陸もしくはアジア方面のどこかから収集されてるらしき数々のコレクションが目に飛び込んだ。大地のにおいさえ漂ってきそうな、そのほっくりとした土っぽいモノたちがマンハッタンの天井の高い、ひやりと洗練された無機質打ちっぱなしのオフィスに無造作に陳列され、その景色はあまりに不釣り合いで取合せに斬新さすら覚えた。「なに、ここ美術館みたいだね」と聞くと、そこはなんとロバート・ウィルソンのオフィスだったのだ!彼はロバート・ウィルソンの秘書で、知らぬ間にわたしはロバートのNYオフィスにお邪魔していたのである!そこからロバート・ウィルソンがオペラを創っている演出家であること、フィリップ・グラスとの共同創作の歴史を知ることになった。具体的作品の話にまで及ばなかったが(まさにアインシュタインツアー中だとは知らず)そうして話を聞いているうちに、「NYで名前を見た時には観てみるね」とその時わたしの中で興味がひとつ加わったのである。


その後移動したバーで、同じゲイ仲間のうちのもう一人と特に意気投合して、アムステルダムで過ごす彼の夏の休暇が終わったら飲みに行こう!と約束をした。わたしが目下ダウンタウンウエストを開拓中だというのを聞いて「うちの近所だから案内するよ!」と子どものようなスマイルで答えていた。NYでは「What do you do?(「なにをしているか」一般的に仕事を指すことが多い)」と尋ねると実際今生計を立てている「職業」よりも自分の情熱を注いでいる、自分のアイデンティティだと思うものを答える人も多い。だからここでは一日に何人ものミュージシャンと役者とフォトグラファーに会うのだ。彼はその時は画家(実際とても素敵な作品を描いてビジネスもしている)と答えていたのだが、同時に彼はまさに「浜辺のアインシュタイン」の舞台監督(スタッフや演者の調整・指揮・進行管理をする責任者)をやっていたことが判明した。


それは先週末に「ゲイバーに踊りに行こうよ」という彼の誘いで行ったグリニッジ・ヴィレッジのオールドスクールのゲイバーで話していて明らかになった。くだんの彼の仲間がロバートの秘書だとは知っていたが彼も関わっていたとは知らず、わたしが作品を観ていたことにまず驚き、興奮気味に感想を聴いてきた。まずは正直に「疲れたよ」と言ったら「I know it!!!」とその言葉を待っていたかのようにキラキラと笑いながらハグをしてきた。作品に直接携わっている人の話を聴けてとても嬉しかった。「あの作品はbeautiful peopleとbeautiful mindとbeautiful energyによって創られるのっ!」とやたらbeautifulを連呼する無邪気な彼が本当に魅力的で、最前線のアートカルチャーシーンはある一面でゲイのシャープな感性によって発展してきた事実はこの輝く瞳を見れば納得。彼は感性豊かで優しくて知的でさわやか、仮装大賞のスコアボードが「きゅんきゅんポイントスコア表」だとしたらほんの20分くらいで、彼のちょっとした仕草や表情、心遣いでいっきに満点に駆け上がって欽ちゃんに飛びつくところだ。はっ、危うく惚れてしまいそうになるじゃないか!「なんでゲイなの?」という口惜しさはこれかー!とこの時痛感した。


a0028990_1821784.jpg
さて、ゲイバー。女性も問題なく入れるとはいえ、週末の200人ほどのゲイの集いの中で片手ほどの女性しかおらず、「女」であることによって見事なまでに存在をスルーされるという、NYのナイトライフにして1ミクロの色っぽい駆け引きも危うさも「Hi!」すらない透明人間状態が逆に新鮮。そしてとっても楽チンだということがわかった。そもそも市場にあがってないので、まったくの素顔でいられる、誰の目も気にせずただきゃっきゃと阿呆な笑いに全力投球な同性と一緒のがごとく騒げるのだ!これは新発見の楽しさかもしれない!

a0028990_182345.jpg



さらに面白い出来事も!
バーで軽く飲んだあと予定通りダンスフロアで踊りたい、と彼。ハンサムボーイのこのキラキラテンションに追いつくには「ちょい酔い」必須だと察したわたしは短時間・少量でいい感じになれるドライ・マティーニの投入を決する。カウンターで入手しオリーブをくわえてダウスフロアに戻る頃には彼がいつのまにか若い男性をナンパしていて早速紹介してくれた。すこし談笑した後、ターゲットの彼が立ち去る後ろ姿をねっとりとした視線で見送りながら「彼キュートね」「でも彼まだ22歳なのよ(友人は30代後半)」「あらやだ、まだベイビーじゃない」とまるでガールズトーク(って言葉もう古い?)。キャリー・ブラッドショー(サラ・ジェシカ・パーカー演じるNYを舞台にしたドラマ「SEX AND THE CITY」の主人公)よろしく、なんてこった!なんて海外ドラマナイズな会話!ぜんぶマティーニのせいにしちゃえ!とミラーボールに仕込まれた第三の目がわたしを見てくすくすと笑っていた。




そうしているうちにダンスフロアで「オーマイガーオーマイガー」とちょっとしたざわつきが。次々と一階のバーに移動するゲイたちを見て、彼と「なんだろう?」と便乗して登ってみた。するとなんとサラ・ジェシカ・パーカーご本人がご来店!そのバーのあるダウンタウンウエストに住んでいるというのは聞いた事があったけど、なんてこった!華奢な身体にラフな装いという出立ちで友達と思しきゲイの方々と談笑。その遠巻きでわたしたち。NYでは目撃する機会も多いのだろうが、彼は15年も住んではじめての遭遇だと嬉しそうに耳打ち。NYアイコンの一人であり、ゲイのバイブルともいわれる「SEX AND THE CITY」のクイーンを目の前に皆、女性よりも女性らしくそわそわしていた。ただ「イケてる」NYゲイのプライドなのか、誰しもがスマートフォンに手を伸ばしてパパラッチを目論むが互いに牽制しあって「サラ?so what?」とクールを装うという空気を察知。ここでこそ観光客のずうずうしさを発揮すべきわたしはというと、ただでさえ「女」という特別許容枠で滞在している上、空気をぶっちぎってひとりシャッターを切るなんて勇気は到底湧いてこなかった。「あんた私たちのサラ様になによ、女のくせに!」といきなり低い声で野次られてもこわいよぅ。だけども、思い出していたそのタイミングでお目にかかれたという流れがビューティフルでファンタスティックでしょー(ゲイ仕込みの表現?)?

余談ですがサラの旦那さんのマシュー氏には二回ほど道端ですれ違ったことあり。(今ブロードウェイに立っているから?)これで夫婦コンプリート!?



a0028990_181113.jpg
うふふ。
最近は繋がり方が冴えている。
日々アルカイックスマイルを心がけていると
自然とわくわくしてきて、
そうしているうちに
わくわくする事が本当に起きてしまう。
スピリチュアル帯びすぎて
嘘っぽくなるのは本意ではないのですが
なんか、そういうのってどうやらあるっぽいよ。
いや、ある。

それから最近仏教の本で読んだ
「慈愛 慈悲 称讃(3つは外に対して)
無頓着(自分の欲に対して)」という言葉が好き。
いつか終始そんな柔らかい気持に包まれたい。
「わたしがわたしが!」のこの街に身を置く今
「無頓着」は蜃気楼にしか見えないが。



なにはともあれ
わたししあわせだよ、がんばるよ。
ありがとうございます!
でわまたね。
by akiha_10 | 2012-10-13 06:54 | NY Journal
<< ニューヨークジャーナル 127 ニューヨークジャーナル 125 >>