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page t-162        カリブワープ 9

 GOHAN。
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世界遺産でもあるオールドハバナ、メインの通りのオビスポ通りに佇む小さなレストランEL COCOが気になった。その店は道にどっしりと根付いていた。旅のにおいがした。翌日の夕暮れ、はやめの夕飯をとってみた。「家庭キューバ料理」らしい。ワンプレートディッシュにカクテルがついて8キューバペソ(8ドル)くらい。NYとリゾート価格のカンクンで物価の高さにさらされていたので随分気楽に感じたが、キューバ人一人あたりの月収は15ドルくらいという事を後になって知った。オールドハバナのレストランはツーリストしかいないのかもしれない。もしくは地元客と値段が違うのか。キューバの主食はコングリという米と豆を一緒に炊いたもの、黒米のようなものだった。雑穀豆好きなので嬉しかった。バナナ(甘くない)を薄くスライスしたフライも定番で、お肉やお魚をシンプルに味つけたものを食す。甘ったるいキューバリブレとリモーネカクテルはほぼデザート。
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アメリカによる経済制裁によって、アメリカとの国交を断たれ未だに物資が乏しいキューバ。キューバオリジナルのコーラしかない、と聞いていたが、アメリカの象徴と言えるコカコーラを何度も見た。明らかにアメリカやヨーロッパから入って来たアイテムも目にはいった。市街を案内してくれたキューバ人のガイドさんは「もう社会主義国とは言えなくなって来ている」と言っていた。特に観光地で言えることだが、日々入れかわり立ち代わり、たくさん訪れる観光客が持っているスマートフォンや、パソコン、常に新しいテクノロジーや物資を目の当たりにしている若者にとって、社会主義政策はどう映っているのだろうと想像した。資本主義も問題はたくさんあるが、「皆平等」という保護と規制によって、元気と明るさと野心を持て余した特に若者は、どこに自分の「落としどころ」を見つけるのだろう。あてもなく彷徨うパワーやストレス、どこかしら不健康な空気を感じなかったわけではない。ほとんど外の世界を知る機会がないのならば、まだ平穏だっただろう。「音楽と笑顔に溢れた」キューバも確かにそこにあったが、ちょうど時代の過渡期なのだろうか、観光地だからだろうか、底抜けの明るさというよりは薄膜が一枚かかった陽気さのようにも感じられた。

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スペイン植民地時代の名残でスペイン料理屋さんもあります。パエリアとキューバの定番モヒート。
オールドハバナの多くのレストランでは毎夜、キューバンジャズやサルサの生演奏が繰り広げられています。演奏の完成度がかなり高い!




現在カストロ議長は社会主義政策だけによる経済振興に限界があることや、民衆の心は理想論だけで押し切れるものではないと理解しはじめ、米国との国交の軟化を一歩ずつ進めているらしい。オバマ政策になってからはキューバ系米国人のキューバへの渡航制限と送金制限の撤廃、米企業のキューバ通信事業参入など、緩和する動きがあり、着実に歩みよっているとのこと。

国の経済や文明という視点ではなく文化芸術や言語の観点から見ると、独自に進化していたから優れていたもの、心安らかに取り組めていた事、変わることにより失われるものもあるだろう。変化に対して強い拒否反応もあるだろう。刻々と時が流れていることだけは誰にも止められない。国という概念を考える今日このごろです。
by akiha_10 | 2012-09-20 09:45 | Trunk
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