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ニューヨークジャーナル 102

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わたしが住んでいるローワーイーストサイドのすぐ隣はチャイナタウンで、
ギャラリーやカフェが点在するリラックスかつ気鋭な雰囲気と
中国系の雑多で庶民的な空気が入り交じって大変面白く、
わたしはこよなく地元(というにはカリソメですが)を愛している。

話は逸れるがこの「愛してる」と「love」という言葉について。
欧米で日常的に使われる「I love ◯◯」は比較的カジュアルに、挨拶のように交わされるのに
(もちろん恋人間ではそれを言う関係であるかは、結婚くらいの重みを持っているらしいが)
「愛してる」って訳すとたいそう重〜い感じがする。
たとえば女子同士で意気投合して「あなたとすごい気が合う〜」とか「ほんとあなたって面白い!」
というニュアンスで「I love you!」と何気なく使ったりするのをよく聞くけど、
これを日本の女友達に「わたし、あなたのこと愛してるわ!」というと
「ああ、明希葉もNYで随分とオープンになったのね?」と思われかねない。

また男女問わず、両親と電話で話す際必ず「I love you!」と言って電話を切るのだが、
わたしが日本語で「お父さんお母さん、愛してるよ」って
言ったらちょっとソワソワ、いやむしろゾワゾワするよね〜という話に渡米中の父ともなったのだった。
もちろん素敵だけど。
そう考えると、なにをもってして「愛してる」という言葉を重くさせているのだろうと考えてみる。
訳が単純に長いのでは?なんて。
「好き」のほうが「愛してる」より多くの人にとって等親大なのではないでしょうか。
「好き」だったらどさくさに紛れて言えちゃうけど、
長いから、それを発するのに喉の腰が重い。
いやいや、育ってきた環境でそれを聞き慣れていないし、また使い慣れていない、
日常に口にするという文化がないから、とっておき感がありすぎるんだ、きっと。
「love」の訳は本当は「愛してる」ではないような気もする。
いや、「愛してる」はある一定以上の重さを持った、
それ以上でもそれ以下の意味でもない単一の言葉として存在しているに比べ
「love」は好きという気持はもちろん、「いつも気にかけているよ」という気軽な挨拶から
親密なものまで、もっと幅広いレンジで多くのことを含ませることができる言葉なのかもしれない。
そういった、ニュアンスを訳せない言葉ってたくさんあるような気がする。
前述したように、その言葉の体重と身長と香りと触感と色がわかり、
一体どのあたりに属しているのかが一目でわかる立体辞書があればいいのになぁと思う。


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なにかと安くて美味しい中華料理は、大活躍。
意外と行った事のなかったジョーンズシャンハイの蟹小龍包も食べてきた!
胃の形に食べ物がつまって大満足です。



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ローワーイーストは古着屋さんや
インディペンデントブランドの小さなお店が
たくさんあるので散歩するだけでも毎日わくわく!
よく行く帽子屋さん。
お店の中で素敵な女性が実際につくっています。
いつか欲しいなぁ。





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近くのブティックで見つけた
Vivienne Westwood×melissaの
ハートサンダルを衝動買い。
数日前に行ったらJason Wuとの
コラボレーションサンダルもあって、
カジュアルmellisaがハイファッションと組むとは!
H&Mと同じ流れでしょうか。
昼間のニューヨーカーは
おどろくほど皆ペタンコ靴で歩いています。
ちなみにこちらの方が
日本に行ってびっくりしたことのひとつは、
東京の多くの女たちが
ヒールを履いて足早に歩き、走り、
駅の階段を駆け上がっていること、らしいです。
まったくそういう視点は持っていなかったけれど、
日常的な街のヒール人口は海外と比べると圧倒的に多いと聞きました。
by akiha_10 | 2012-04-21 05:56 | NY Journal
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